第28話 ウエストマークへ
「では行ってくる。留守は頼んだよ」
「畏まりました。みなさん、ご武運を!」
同盟成立の二日後、俺たちは軍備を整えて王都への進軍を開始した。
俺たちが留守の間は文官の青年が指揮を執ってくれる。カーベリオン軍が味方に付いたので攻撃される可能性は低いが、念のためだ。
「わたしが来ても良かったのでしょうか……?」
「シエナは立派な軍医だからな。期待してるぜ! お前の近くには敵味方問わず、誰一人として近寄らせないから安心しな!」
「お兄様、それでは治療も出来ませんよ」
兄妹のやり取りを見て、周囲の兵士たちがほっこりと和んでいた。
「兵士たちも一日休んで体力万全のようですね」
そう言うイーリスもゆっくり休めたようで、少しテンションが高い。
「カーベリオン軍はここまで強行軍でしたからね。ちょうど良い休息になったようで何よりです」
「ええ、本当に。……初めての共同作業ですね?」
それを言うなら共同作戦では?
俺がそう指摘する前に、フィーナが会話に入ってきた。
「イーリス女王はご自分の部隊に戻られてはいかがですか? あなたが居ないと兵の士気が下がってしまうのでは?」
「お気遣いありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。うちの部下たちは優秀ですので、私が居なくても大活躍です。フィーナ王女こそ、味方の士気を高めるためにも前線で指揮を執るべきでは?」
「わたくしはクライム様の軍師ですから、クライム様の隣こそがわたくしの居場所です!」
「俺たち3人は大将と軍師だから全員本陣だよ。二人とも、仲良くしてね?」
早くも先行きが不安だ。
「……わたしが居ることを忘れていませんか? 勝手に3人だけの世界に入らないでください」
「ごめん」
ペコルタにジトっとした目を向けられ、俺は素直に謝罪した。
数日間進軍を続け、俺たちは王都の西にある都市、ウエストマークに到着する。
ウエストマークは俺たちが領地に赴任する際、王都から乗合馬車で移動してきた街だ。
周辺で一番大きな都市なので、王国西部の交通と交易の中心になっている。
「ここ、ウエストマークは西側の脅威から王都を守るための要衝です。領主はゴールトン派ではないので、わたくしたちが先着していれば都市に入れてくれると思います」
「都市の門は開いているが、どうだろうか」
部下の一人が様子を見るために都市に入っていく。
ゴールトンの手が及んでいないようなら、領主と面会して協力を得たいところだ。
しばらく待つと部下が戻って来た。
「ウエストマークの領主様が面会に応じてくださいました!」
「ありがとう。……よし、行こうか!」
俺、フィーナ、イーリス、ペコルタの4人は、ウエストマークの領主の屋敷に向かった。
従者に案内され、屋敷の応接室に入る。
中には二つのソファが向かい合って置かれていて、奥のソファには領主が座っていた。
領主は中年の男性で、俺たちに値踏みするような視線を向けている。
俺たち4人は入り口側のソファに並んで座る。
それから互いに自己紹介を済ませ、会談が始まった。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか。……カーベリオン王国の女王までご一緒になられて」
領主が引きつった顔で尋ねてくる。
この領主、イーリスが名前を出す前と後で態度が全然違う。
偽名とはいえ、フィーナが挨拶したときもふんぞり返っていたのだから恐ろしい。チラッとフィーナの顔を見たところ、目が笑っていなくてゾッとした。
「領主様はゴールトン様のクーデターについて、どう思っていますか?」
俺がそう問うと、領主は少し考えた後、言葉を選ぶように話し始めた。
「正直、クーデターが正しかったかどうかは分からぬ。誰が君主であっても、ワシや領民が豊かに生活できるのならそれで良いと思っておるからな。ゴールトン様はいけ好かぬ男じゃが、陛下よりも国を豊かにできるのなら、あの人に付いていくつもりじゃ」
つまり、現時点では中立ということか。
すぐに味方に引き入れるのは難しいかもしれない。
しばらくの間交渉を続けていると、領主様の部下が血相を変えて飛び込んできた。
「旦那様! 一大事です!」
「騒々しい! 今は客人が来ておるのじゃぞ!」
「それどころではありません! メディオ・センドールが攻め込んで来ました!」
「何じゃと!?」
俺たちは顔を見合わせた。
領主は家臣たちとの軍議に向かい、俺たちは応接室で戻ってくるのを待つことになった。
「メディオ・センドールはウエストマークの東に領地を持つ、ゴールトンの親族です」
「ということは、奴もゴールトン派だな。しかし、強硬策でゴールトン派の領地を増やそうとしているのか?」
どう考えても悪手に思えるが……。
「もともとウエストマークの領主とメディオは仲が悪いことで有名です。この機会に、領主様を除いておきたかったのかもしれませんね」
「つくづく救えない奴だな……」
一度話した印象と併せて考えると、メディオは明らかに領主の器ではない。
「ゴールトン派にこの都市を押さえられてしまうと厄介です。私たちの手で阻止しましょう!」
イーリスの言葉に、俺たちは力強く頷いた。
「はぁ……」
1時間ほど待っていると、領主がぐったりとした様子で戻ってきた。
心配になって思わず声をかける。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ああ、スマンのう。どうか気にしないでおくれ」
「そう言わずに、良ければ私たちに話してくれませんか? 何かお手伝いできるかもしれませんよ」
さすがに隣国の女王であるイーリスにそう言われると断れなかったようで、領主はゆっくりと話し始めた。
「メディオがワシの領地に軍勢を送り込んできたのじゃ。奴らは略奪を繰り返しながらウエストマークに向かっておるそうで、略奪を止めてほしくば降伏せよと言ってきおった」
「なんと卑劣な……」
「家臣たちも抗戦を主張しているが、軍備が間に合わぬ。こんなことなら常日頃から備えておくべきじゃった」
「今は悔いても始まりません。メディオ軍は今どちらに?」
「今日の夕方にはこの街に着くようじゃ」
メディオの領地はウエストマークから東側に半日ほど行った場所だ。
その気になれば一日でウエストマークに攻め込むこともできる。
クーデターに合わせてこの街に侵攻されていれば厄介なことになっていた。
「イーリス女王の軍勢が来たことで、この街を東西から挟撃できると思って攻めてきたのかもしれませんね」
領主に聞こえないよう、イーリスに耳打ちする。
声の加減を誤ったのか、彼女は顔を赤くして「ひゃっ」と身震いするが、気を取り直して答えてくれた。
「た、確かに、私たちがルインハムを攻撃したことは把握しているでしょうから、私のことを味方だと勘違していそうですね。この好機を生かさなければなりません」
俺は領主に向き直り、手助けを申し出る。
「領主様、俺たちに領民を守るお手伝いをさせてもらえないでしょうか?」
「おぬしたちにか、ううむ……」
「先ほど申し上げました通り、俺たちはゴールトンを倒すために立ち上がりました。奴の子飼いが王国を荒らしているならば、討伐しなければなりません」
「じゃが、あんな男でも陛下が任命した領主じゃ。非常事態とはいえ、陛下の臣たるワシらが王令も無く討伐するわけには……」
こんな状況だからこそ、筋を通す必要があると考えているようだ。
良い結果をもたらす行動であっても、正しい手続きを踏まなければ正義とはいえないし、支持を得ることもできない。
傲慢で優柔不断な男だと思っていたが、意外と芯の通った男のようだ。
「その件なら大丈夫です。私、グリファード王国の王族とちょっとした縁がありますので、すぐに王令を出してもらえますよ。ね?」
「はい。恐らく今日の夕方、メディオが来るまでには用意できると思います。濫用ではないことを示すため、被害の詳細を教えていただく必要はありますが……」
「分かった。領地を、領民を守るため、あなた方の力を貸してくだされ」
領主は深々と頭を下げた。
領主との会談を終え、俺たちはウエストマークの東側に布陣する。
後はメディオ軍が現れるのを待つだけだ。
「フィーナのおかげで王令もスムーズに用意できましたね。ありがとうございます」
「あなたの為に用意したのではありません。……ですが、力を貸してくれてありがとうございます」
フィーナが頬を染めてイーリスにお礼を言っている!
ついに仲良くなったのかと、嬉しい気持ちがこみ上げてくる。
思えば、フィーナとノエルも出会った頃は仲が悪そうだったが、今では随分と親密になった。
時々『シェア』とか『ローテーション』とか話しているので、同居する計画を立てているのかもしれない。
目の前の二人もそれぐらい仲良くなってほしいものだ。




