第27話 イーリスの苦悩
グリファード王国の女王であるイーリスの言質を得たが、それを喜べるような空気ではなかった。
イーリスは半泣きで、彼女の仲間たちは親の仇を見るような目で俺を睨んでいる。
味方であるはずのフィーナとクロウも『やりすぎだ』と非難するような視線を向けてきた。
イーリスがへそを曲げ、すぐに同盟が破棄されてしまうのはマズい!
そう思った俺は、すぐにイーリスに謝罪し、深々と頭を下げる。
「イーリス女王、大変申し訳ございません。俺のことはどのようにしていただいても構いませんので、どうか同盟破棄だけはご勘弁を……」
その言葉を待っていたのか、イーリスの目がキラリと光る。
それはまるで、獲物を見つけた肉食獣のようだった。
「言質は取りました。ねぇ、ペコルタ?」
「はい。女王様」
ヤバいと思ったが、一度発してしまった言葉は無かったことにできない。
俺は判決を待つ罪人のような気持ちでイーリスの言葉を待った。
俺が震えている横で、イーリスとフィーナが主導となって同盟の条件が決まっていく。
「では、同盟期間は無期限で構いませんね?」
「ええ。それでお願いします」
「領地の割譲が不要というのは本当ですか?」
「はい。ただし、ゴールトンを討伐した暁には、旧ゴールトン領をクライムさんの領地にしていただきたいのです」
ゴールトンの領地はカーベリオン王国と広く接していて、人の行き来も盛んだ。
特に、カーベリオン王国との国境付近にある街、ヴェスフリオは西からの侵攻に備えて出来た要塞都市でありながら、カーベリオン王国の要人が訪問してくることも多いと聞く。
つまり、俺がゴールトン領を継げば、カーベリオン王国の貴族たちと交流することになるだろう。
「……さすがにそれは内政干渉ではありませんか?」
「それが嫌なら同盟はお受けしませんよ? 私としては、素晴らしい同盟になると思っていたのですが……」
フィーナとイーリスの間にパチッと火花が散る。
どうしてこんなことに……。
ペコルタを見ると、彼女は複雑な表情でイーリスを見ていた。
やがて、二人の王族による調整が終わり、同盟が成立する。
「ではこの条件で。この同盟が、両国に繁栄をもたらしますように」
フィーナはそう言うと、イーリスと固く握手を交わす。
「さすがはグリファード王国の王女ですね。あなたが味方になってくれるのは心強い限りです」
「わたくしも同じ気持ちですよ」
そう言いつつも、二人は警戒感を含んだ目で互いを見つめている。
……同盟が成立したはずなのに、なんでこんなにピリピリした空気なんだろう。
「ふふっ。クライム様の部下として、このような大役を務めあげることができて良かったです」
「はい? あなたは王女ですよね? 国王の名代としてこの場に居るのでは?」
フィーナは『してやったり』という表情を見せ、イーリスは眉をピクピクさせている。
「わたくしは故あって王家を出た身ですので、今は王女ではありません。クライム様に拾っていただき、部下として仕えています。……将来、もっと親密な関係になるかもしれませんが」
「は?」
イーリスが今日一番低い声を出し、ぎこちない動きで俺の方を向く。
フィーナの立場は曖昧で、実は俺も良く分かっていない。
追及を避けるべく、俺はイーリスから目を逸らした。
その後、話題は世間話に移行していく。
イーリスはフィーナに出し抜かれたことで機嫌が悪そうだったが、同盟の撤回を告げてこなくて一安心だ。
ここは好きな食べ物の話題で機嫌を直してもらおう!
「『天使のおやつ』ですが、イーリス女王のお気に召したようで何よりです」
「あれは素晴らしいお菓子ですね! 優しい甘さにサクサクとした食感。それなのに噛まなくても溶けていって……。初めて食べたとき、衝撃を受けました」
イーリスはキラキラとした表情で『天使のおやつ』の魅力を語る。
彼女の笑顔と称賛の言葉を、『天使のおやつ』を伝えてくれたシエナにも届けてあげたいと思った。
「イーリス女王はお菓子がお好きなのですか?」
「はい! ですが、普段はお菓子を食べられないのです……」
さっきまでの輝くほどの笑顔から、一転して悲しげな表情に変わる。どういうことだろうか?
「実は、カーベリオン王国ではお菓子の生産と輸入を禁止する法律があるのです」
「そんな法律があるんですか!?」
酒類の製造禁止令なら聞いたことがあるが、お菓子は初めて聞いた。
「はい。父――先代の国王が制定した法律です。……私のために」
「イーリス女王のお体を気遣って、ということですか?」
イーリスは力無く首を左右に振る。
「先代や領民は、私がお菓子好きだということを知りません。それどころか、甘い食べ物が嫌いだと勘違いしているのです」
イーリスが嫌いなものを国内から排除するための法律らしい。問題は、イーリスは甘いお菓子が大好きだということだ。
つまり、イーリスのためを思って作った法律が、逆にイーリスを苦しめているのだ。
俺たちが絶句していると、イーリスはぽつりぽつりと語り始めた。
「父上や領民たちは、私のことを合理主義で真面目な女だと思っています。最初は周囲の期待に応えるべく振舞っていましたが、いつしか彼らに幻滅されるのが怖くなり、本当の自分を出せなくなっていました」
イーリスの部下たちもつらそうな顔で俯いている。
3人もこのことを知っていて、何とか彼女の力になりたいと思っているのだろう。
「私は幼いころからずっと父上や領民を騙し続けているのです。その罰が領地でお菓子を食べられないことならば、むしろ軽いぐらいかもしれませんね」
イーリスはそう言って力無く笑う。
果たしてそうだろうか。人間、誰もが周囲からよく見られたいと思うものだ。
イーリスの行動もその気持ちによるもので、騙したうちに入らないのではないか。
「今からでも法を変えて堂々と食べれば良いのではありませんか? あなたほどの方を、領民たちが見捨てるとは思えません!」
「私が法を変えると、過ちに気づいた父上はご自分を責めるでしょう。私は父上にそんな思いをさせたくありません」
イーリスは、自分が我慢すれば全て丸く収まると考えているようだ。
「それに、我が国の法ではお菓子を食べることまでは禁止していません。ですので、国外に出れば食べられるのです」
そう言って、彼女はいたずらっぽく笑った。
どうして女王自らが出陣してきたのか、何故『天使のおやつ』を大量に購入していたのかという疑問への答えだった。
その話を聴いたことによって、目の前で気丈に笑う不憫な女の子の助けになりたいと思った。
「イーリス女王、まずはゴールトンを倒しましょう! そして、あなたが国民の前で堂々とお菓子を食べることができる未来をともに創りましょう!」
そう言って深々と頭を下げる。
しばらく待っても返事が無いので顔を上げると、イーリスは真っ赤な顔をしてぼんやりと俺を見つめていた。
「イーリス女王?」
「――はっ! し、失礼しました! 喜んでお手伝いします」
こうして俺たちは、イーリス女王から援軍を借りることができた。
隣に座るフィーナは、今日も密かに俺の足を踏んでいた。




