エピローグ
ゴールトンとの戦いからしばらく経った。
混乱していた王都も、今では平穏な日常に戻っている。
王族や避難していた貴族たちは王都に帰還し、ゴールトンが制定した悪法は全て撤廃された。
ゴールトンに惑わされていた住民たちも目を覚ましたようで、王家やフィーナを批判する声は聞こえてこない。
クーデターの首謀者であるゴールトンは、フィーナの攻撃が急所を外れていたため、奇跡的に一命を取り留めた。
だが、彼は反逆罪に問われているので、近々処刑されるだろう。
既に爵位と領地は取り上げられている。
俺はゴールトン討伐の功績を認められ、なんと伯爵に陞爵し、ゴールトンが治めていた領地をそのまま与えられた。
これはカーベリオン王国と同盟を結ぶ条件になっていたので、国王たちが実現のために動いてくれたのだろう。
貴族や民衆から異論の声が上がらなかったのは意外だったが……。
俺は新たに与えられた領地にやってきた。
今居るのはヴェスフリオという都市で、カーベリオン王国からの侵攻に備えてつくられた街だと聞いている。
「ここがヴェスフリオか。意外と長閑なところだな」
国境の都市なのでガチガチな要塞をイメージしていたが、実際はのんびりとした時間が流れていそうな街だった。
「うちとグリファード王国は同盟こそ結んでいませんでしたが、攻め合うような間柄ではありませんでしたからね。互いにそこまで軍備をしてこなかったのです」
イーリスが俺の疑問に答えてくれる。
彼女は王都で歓待を受けていたが、ひと段落ついたので国に戻るようだ。
いろいろお世話になったし、領地のことが落ち着いたら、お礼を兼ねてイーリスたちをヴェスフリオに招待したいところだ。
「あ、そうだ。カーベリオン王国についてですが、近々遷都しようと思います」
「へ?」
俺と、イーリスの隣にいるペコルタが素っ頓狂な声をあげる。
ペコルタですら初耳だったのか……。
「場所は国境を挟んですぐ向こうの都市です。これでいつでも『天使のおやつ』を食べに来ることができます!」
「女王様! 何をおっしゃっているのですか!」
ペコルタが顔を真っ赤にして抗議しているが、イーリスを止めることはできないだろう。
国に帰る二人を見送り、ヴェスフリオの街に入る。
俺はまず、診療所に向かった。
この街の診療所はルインハムのものとは比べ物にならないぐらい大きい。医者も数人居て、交代で働いているようだ。
「こんにちは――あっ、クライム様!」
俺に気づいたシエナがパタパタと駆け寄ってくる。
この街の医者は白衣を着ているので、今のシエナは『白衣の天使様』といったところか。
「……クライム様、今変なことを考えてませんでしたか?」
シエナの目が鋭い光を放つ。何で分かったんだろう。
「そ、そんなことないよ。それより、クロウたちは元気?」
クロウの名前を出すと、シエナは優しい表情に戻る。
「はい! お兄様も、兵士のみなさんもずいぶん回復されました。お会いになられますか?」
俺はうなずき、シエナの案内で病室に向かった。
「おお、クライム様! 出世おめでとう!」
病室で休んでいたクロウと部下たちが起き上がって出迎えてくれる。
クロウはメディオ領で、部下たちは王都の戦闘で負傷したが、みんな元気そうだ。
王都では親衛隊と俺の部下、さらにルミエル様たちが数的不利の状況下で戦っていたが、奇跡的に犠牲者は出なかった。
敵の兵士たちがゴールトンに対して不満と疑念を抱いていたため、積極的に攻撃してこなかったらしい。
「クロウも頑張ったのにな」
実は、クロウも爵位を貰えるだけの功績を立てていた。
しかし、メディオを殴った罪を償っていなかったため、それと相殺されることになった。
「オレはメディオへの罪で処刑されるはずだったんだ。生かしてもらえただけで十分さ。まだまだ生きて、シエナを守り続けろってことだな」
そう言ってクロウは楽しそうに笑う。シエナは顔を赤くしつつも嬉しそうだった。
シエナやクロウたちとは診療所で別れ、街の片隅にある空き地にやってきた。
今はまだ何もないが、ここにお菓子工房ができる予定だ。
「あっ! クライム店長!」
「スパラとエルシアも来ていたんだな」
ルインハムの店は別の従業員に引き継ぎ、二人はここに建設する店の、店長と副店長を務めることになった。
本店はルインハムの店舗で、この店は2号店になる。二人にはそのことを伝えたが『ヴェスフリオに行く!』の一点張りだった。
「ここに新しい店が立つんですね。楽しみです!」
「クライム店長、この店って前の店より大きいですよね?」
スパラは、ルインハムの頃より敷地の面積が広がっていることに気づいたようだ。
「工房の窯の数を増やして生産量を増やそうと思っている。これでカーベリオン王国からの観光客を増やすのが目的だ」
カーベリオン王国の貴族や領民たちに、この街のお菓子を領地に持って帰りたいと思ってほしい。
それでお菓子の輸入と生産を解禁すべきという機運が高まれば良いと思っている。
「カーベリオン王国からの観光客による収入が増えれば、新しいお菓子を開発したいですね」
「私も賛成です! 今から楽しみになってきました!」
二人が楽しそうに笑う。この笑顔を守っていかなければならないと思った。
その後、俺はヴェスフリオの市場にやってきた。
治安は良さそうで清掃も行き届いているが、活気はもの足りなく感じる。
「まだまだ発展の余地がありそうだな」
「そうやね。ウチらの腕の見せ所や」
いつの間にかノエルが隣に立っていた。商人として、市場を見に来たのだろうか。
「ノエルはこれからどうするんだ? 王国を旅して商売するのか?」
彼女はゴールトン討伐での活躍を認められ、報酬として爵位と領地を与えられる予定だった。だが、ノエルはそれらを辞退し、代わりに商売における税金免除の特権を受けることになったのだ。
「特権もあるからそれも考えたけど、やっぱりこの街を拠点にするわ。ウチがおらんようになったらクライム様が寂しがるからな」
「確かに、ノエルが居ない人生は寂しいだろうな。……どうした?」
小さな声が聞こえたのでノエルを見ると、彼女が真っ赤な顔をして俯いていた。
「……そういうこと、誰彼構わず言うもんちゃうで?」
「当たり前だろ。こんなこと、ノエルにしか言わないよ」
「そういうところや! ……ほんま、罪な男やわ」
「???」
街をひと通り見た俺は、ヴェスフリオの政庁にやってきた。
誰も居ない政務室に入り、ルインハムより一回り狭い室内を見回す。
「なんか広く感じるな……。って、机と椅子が一組減ったから当然か」
フィーナは国王や王都の住民たちに懇願されて王城に残った。フィーナを厳しく追及していた住民や貴族も、真相を知ったとたん、手のひらを反すように彼女のことを称賛している。
正直思うところはあるが、フィーナの名誉が回復されたのは素直に嬉しい。
……寂しくなるが、これで良かったのだ。
感情を紛らわすべく政務に没頭していたところ、いつの間にか夜になっていた。
「今日はそろそろ休むか」
そう言いながら立ち上がり、その場で凝り固まった身体をほぐしていく。
――コンコン!
室内に少し強く慌てたようなノックの音が響いた。急用だろうか。
「どうぞ」
そう返事をしながら扉の方へ歩いていく。
勢い良く扉が開き、誰かが室内に飛び込んできた。その人物は目にも留まらぬ速さで俺の懐に収まる。
慌てて下を向くと、金色の輝きが目に入ってきた。
「フィーナ? どうして?」
王女に戻って生きていくのでは無かったのか。
誤解も解け、王都の人たちは彼女を受け入れてくれるはずなのに。
「わたくしの居場所はあなたの隣しかありません。ですので、陛下に無理を言ってあなたの部下として赴任してきました」
「そんな! 王女殿下が部下だなんて――」
俺の言葉を遮るようにフィーナが首を振る。
「あの冷たい雨の日、グリファード王国の王女フィオネリス・グリファードは死にました。ここに居るのは、あなたのことが大好きな女の子、フィーナ・スワナです。わたくしはこれから一生、あなたの隣で生きていきます」
フィーナが極上の笑みを浮かべる。
俺は、フィーナがどこにも行かないように、強く、強く抱きしめた。
(Fin.)
数ある中からこの作品をお読みいただき、本当にありがとうございました。
みなさんが読んでくださることが、執筆活動の大きな励みになります。
またどこかでお会いできることを願っています。




