第22話 死中求活
その日の夕方、俺は政務室の窓から夕陽に照らされた領地を見ていた。
街では領民たちの変わらない日常が続いていて、みんなが充実した表情で行き交っている。
「この街は、俺はどうなるんだろうな」
領地が隣国――カーベリオン王国の手に渡るとすれば、住民や部下たちはどうなるのか。せっかく発展させた俺たちの居場所が奪われてしまうのだろうか。
それに、この地に身を寄せている国王陛下たち、何よりフィオネリス王女殿下を敵に差し出すというのか。
「それは、嫌だな……」
かといって領地の引き渡しを拒めば、この地が戦渦に巻き込まれるだろう。
抵抗せずに明け渡せば、少なくとも領民の命は助かるはず。
俺の判断一つで多くの命が喪われることになるのだ。
「これが、領主の責任なのか」
苦しくても考えるしかない。この街の全員が、より幸せに生きていける未来を掴むために。
しばらく悩んでいると、政務室にノックの音が響いた。
「どうぞ」
「失礼します」
入ってきたのはフィオネリス殿下だ。
久々に国王たちと再会したのだから、家族水入らずで過ごすようにと伝えたのだが……。
「殿下、良かったのですか?」
「はい。陛下の供応はクロウたちにお任せしました。わたくしには、もっと大切な殿方が居ますので……」
その言葉にハッとする。どうして今まで忘れていたんだろう。
フィオネリス殿下は以前、『心に決めた人が居る』と言っていたのだ。
きっとその相手は殿下の婚約者で、今も王都で危険に晒されているに違いない。
そんな状況で気が休まるはずがなかった。
「配慮が足りず、失礼いたしました」
俺が謝罪すると、フィオネリス殿下が怪訝な表情で首を傾げる。
「……何か勘違いされているような? まあいいでしょう。それより、何をされていたのですか?」
「少し考え事を。俺はこれからどうすれば良いのかを考えてたんだ……考えていました」
殿下は「はぁ」と小さくため息をつき、半眼でこちらを見てきた。
「クライム様、どうか今まで通りに接してもらえませんか? あなたによそよそしくされるの、嫌なんです。わたくし、寂し――」
フィオネリス殿下――フィーナは顔を赤らめる。
彼女の声は徐々に小さくなっていき、最後まで聞き取れなかった。
だが、フィーナが今まで通りに接してほしいと思っていることは伝わってきた。
「分かった。フィーナ、これからもよろしくな?」
「はい!」
フィーナは赤い顔をしたまま、花が咲いたように笑った。
二人の距離は、フィーナの正体を知る前に戻った。
俺たちはソファに座り、フィーナが淹れてくれた紅茶を口にする。
戻ってきたいつもの味に涙が出そうになるが、グッと堪えた。
先ほどまで一人で考えていたことをフィーナに伝える。
「そうですか。そんなことをお考えに……」
フィーナは難しい顔をした後、言葉を選ぶように話し始めた。
「クライム様の優しさには感服いたします。ですが、この局面を一人の犠牲者も出さずに乗り切るのは不可能でしょう。クライム様、どうか最小限の犠牲で済む道をお選びください」
頭に血がのぼる。フィーナが勧めてきたのは、それだけは絶対に選ばないと心に誓った選択肢だった。
「断る! 俺は王族を売るような真似は絶対にしない!」
「ですが、これならば領民は守ることができます! それに、悪名高い王族を差し出せば、あなたは英雄です。この地を安堵されるかもしれませんし、領地を増やしてもらえる可能性もありますよ?」
「そんなの関係ない! フィーナが居ない世界なんて、生きている意味が無い!」
「え……?」
フィーナの目から一筋の涙が伝い落ちた。
「落ち着いた?」
「はい。失礼しました」
「改めて言うけれど、この街はフィーナの居場所だ。きみを犠牲にして守るのは本末転倒だし、そんなことをしたら俺は一生領民に顔向けできなくなる」
「はい。もう言いません」
何故だろう。フィーナの目に覚悟が宿った気がする。
誰も犠牲にならない解決法を必死に考えているように見えた。
「時間があればゴールトンの悪事を暴き、貴族たちと連携して王都を攻めるんだけどなあ」
「軍備が整う頃にはカーベリオン王国の部隊が国内に侵入しているでしょうね。その被害を受けるのは西側の領地です。……それに陛下のおっしゃるとおり、王都の民に罪はありません。できれば王都での戦闘は最小限にしてほしいです」
フィーナの感情を抜きにしても、王都を戦渦に巻き込みたくない。
王都が被害を受けて喜ぶのは敵対国だけだし、混乱に乗じて四方の隣国が攻め込んで来たら王国は多くの領土を奪われるだろう。
「何とかして、カーベリオン王国を俺たちの側につけられないかな?」
「それができればゴールトンは孤立しますので、形勢が逆転しますね。問題は、カーベリオン王国を味方につけるのが可能かどうかですが……」
「カーベリオン王国の王様がどんな人物か知ってるか?」
「最近代替わりしたので、わたくしもまだ会ったことはありませんが、わたくしたちと同世代の女性だと聞いています。それに、お堅い女性だという噂を聞きましたよ」
俺たちと同世代の子が国のトップに立っているとは驚きだ。
よく考えるとフィーナも王女様なんだよな。彼女もいずれ、この国の女王になるのだろうか。
フィーナが女王になった時、俺はどこで何をしているのだろうか。
「クライム様?」
名前を呼ばれて我に返ると、フィーナがジトっとした目で俺を見ていた。
「いや、これは違うんだ!」
「その反応! さては女王のことを考えていましたね!」
フィーナの言う『女王』と俺の考えていた『女王』は別人だと思うが、それでも返事に窮してしまう。すると、フィーナの目がさらに鋭くなった。
「クライム様! あなたという人はどうして……。同世代の女の子なら誰でも良いのですか!?」
「ご、誤解だ!」
フィーナの追及はいつもに増して凄まじく、永遠に終わらないかのように感じるほどだった。
フィーナに詰められているさなか、政務室の扉がノックされた。
「大事なところなのに……。クライム様、また後で聞かせてもらいますからね?」
助かったと思ったが、問題が先送りにされただけだった。
少し先の未来を想像して憂鬱になりながら、来客を招き入れる。
入ってきたのは、ノエルだった。
ノエルは俺とフィーナを交互に見ると、何かを察したように笑った。
「ふーん、そういうことか。フィーナ、おめでとう」
「あ、ありがとうございます?」
二人は何の話をしているのだろうか。よく見ると、フィーナも怪訝そうな顔をしている。
ノエルはフィーナに近付き、耳元に顔を寄せると、そのまま何かを耳打ちする。
「ひぃっ!」
するとフィーナは真っ赤になり、「3人……3人?」とうわ言のように繰り返し始めてしまった。
その反応を見たノエルは苦笑しながらフィーナの側から離れる。
よく見ると、ノエルも少しだけ顔を赤く染めていた。
「ノエル。フィーナに何を言ったんだ?」
「別に? ただ、ウチにもその準備と覚悟はあるって伝えただけや」
ノエルが何を言っているのか分からなかったが、何となく深入りすべきではないと思った。
「それで、ノエルはどうしてここに?」
フィーナが顔を赤くしたまま固まってしまったので、ノエルの分の紅茶を用意しながら尋ねる。
「王都の方で政変が起きたと聞いたから、お菓子の販路について相談しようと思って来たんや。それどころじゃないのは重々承知やけど、この街の生命線の一つやから……」
「ありがとう。正直、そこまで考えが及んでなかったから助かるよ」
この街で作っている『天使のおやつ』だが、街に来る旅人が減少してからは王都方面のいくつかの都市にも出荷し始めた。
包装と保存の問題で王都には届かないが、王都の近くまで出荷している。
「仲の良い商人に教えてもらったんやけど、王都とウエストマークの間は徐々に治安が悪化してるみたいや。『天使のおやつ』も、販売先を見直した方がええかもなぁ……」
「ルインハムより西に出荷できないか?」
この街から西側に行くには山を越えるか迂回しなければならないので、これまでは出荷を控えていた。
しかし、今の状況ではそんなことを言っていられない。お菓子の売り上げは、この街の財政を大きく左右するのだ。
「西側……。山越えは無理やから迂回することになるけど、フィスル家の領地の近くまでなら行けそうやな」
フィスル家というと、ゴールトンの領地か。
「そっちの治安は大丈夫なのか?」
「今のところ目立った混乱は無いで。カーベリオン王国の侵攻までは大丈夫やと思う」
クーデターを起こしたにもかかわらず、領地やその周辺に混乱が起きていないのはさすがだ。ゴールトンの能力の高さがうかがえる。
「よし。しばらく西側を中心に出荷して、様子を見ようか」
ノエルは任せろとばかりに頷いた。
「ノエル、訊きたいことがあるんだ」
「何やろか? ウチに答えられることなら何でもどうぞ」
「ノエルが本気を出せば、食料や物資をどれだけ用意できる?」
それまで笑顔も見せていたノエルの表情が、スッと引き締まる。
彼女は聡明だから、俺の考えを察したらしい。
「半月ほど、かなあ」
「半月ですか。それだけ足止めできれば、細いながらも勝ち筋が出てきますね」
いつの間にかフィーナが復活していた。彼女の知謀は頼りになるから心強い。
「隣国の軍を俺の領地で足止めしつつ、俺たちの陣営についてもらうための交渉を進める……か。期限は約半月」
「他に良い案が無いか、色々と検討してみましょう」
俺たち3人は遅くまで作戦を考えた。




