第21話 犬笛とクーデター
その一報は突然だった。
「クライム様、不審な一団がこの街に向かって来てるらしい!」
クロウの報告に、政務室に緊張が走る。
「詳細を教えてくれ」
「物見の報告だと、ボロボロの馬車2台が、東からこの街に向かっているそうだ。馬車は損傷が激しく、明らかに乗合馬車や商人の馬車ではないとのこと」
「山賊に襲われた? あるいは何者かの罠か?」
全員で考えたが、実物を見ないことには何も分からない。
「見に行こう。クロウ、部下たちを集めて現場まで案内してくれ」
「分かった!」
俺たちはルインハムの街を出て東へ向かった。
「あれか」
前方に報告にあった馬車の姿が見えた。
まだ距離があるので、人の姿まではよく見えない。
「何か、幽霊馬車のようだな」
「こ、怖いことを言うのはやめてください!」
クロウの例えにフィーナが青い顔をして抗議する。
だが、馬車は真っ黒な配色で、車体だけではなく装飾もボロボロになっている。乗客には失礼だが、クロウの言葉は意外と的を射ているように感じた。
馬車の後方を確認するが、誰も居ない。
あの馬車が山賊の仕掛けた罠ということは無さそうだ。
「馬車の乗客に会いに行こう」
「わ、分かりました……」
「フィーナ、怖いなら無理しなくても良いぞ?」
「行きます! 置いて行かないでください!」
俺たちは馬車に向かって歩き始めた。
馬車の前に到着すると、御者の男性に声をかける。
「こんにちは。俺はここの領主のクライム・マーシーといいます。もし良ければ、何があったか教えていただけますか?」
「ええと……」
御者はチラチラと馬車を見るだけで何も話そうとしない。
どうしたものかと思案していると、馬車の中から「私が話しましょう」という声が聞こえてきた。
馬車の扉が開き、中から男性が出てくる。
男性は疲れ切った顔をしていて、服も所々汚れている。だが、彼の瞳は爛々と輝いていた。
そして、俺はこの男性に見覚えがあった。
「こ、国お――」
「父上!?」
俺の言葉は、途中でフィーナの声でかき消される。
フィーナが放った言葉は、俺の耳にもはっきりと届いた。
頭の中が真っ白になり、呆然と立ち尽くす。そんな俺の目の前では、父と娘の会話が続いていた。
「フィーナよ、元気そうで安心したぞ」
「クライム様のおかげです。父上はどうしてこちらへ?」
「話せば長くなる。それに他の者も来ているから、街まで案内してもらえないだろうか」
「それは構いませんが……」
俺が固まっている間に、国王たちがウチの街に来ることが決まる。
もちろん、国王の頼みを断るという選択肢は無い。呆けていた俺に代わって話を進めてくれたフィーナに感謝しなくては。
しかしフィーナ――フィオネリス王女殿下の父親、か。
その後、俺たちは国王たちを護衛しながら街に戻る。
陛下は俺とフィオネリス王女殿下だけに『ここでは正体を伏せて、グリアム・スワナと呼んでほしい』と告げてきた。
お忍びで領地を視察しに来たのであれば良いのだが、数々の情報がその考えを否定してくる。事態は俺が考えている以上に深刻かもしれない。
政庁に到着した俺たちは応接室で国王と面会する。
この場に居るのは国王とフィオネリス王女殿下、俺の3人だけだ。
国王と共に王妃や王子たちも来ていたが、彼らの供応はクロウたちに任せることにした。
「どうぞ」
フィーナ――フィオネリス殿下がいつものように紅茶を淹れてくれる。その姿を見て、俺は自らの失態に気づく。
「フィオネリス殿下、気が利かなくて申し訳ございません」
王女殿下にお茶を淹れさせてしまったことを謝罪する。本来は俺が用意しなければならない立場なのに……。
「――っ」
だが、王女殿下は泣きそうな顔になり、それを見た俺は頭が真っ白になった。
何か声をかけなければと思考を巡らせていると、「あの」という国王の申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
後ろ髪を引かれる思いを抱えながら国王に向き直る。
王女殿下が俺の隣に座ったのを確認すると、国王に歓迎の意思を伝えた。
「陛下、本日はようこそお越しくださいました。領内一同、陛下のご来訪を心より歓迎申し上げます」
「うむ。感謝する」
「それで陛下。今日はどうしてクライム様の領地に? まさか王都で何か……?」
王女殿下は父娘という関係性があるからか、遠慮なく尋ねる。
訊きづらいことだったので、正直助かった。
「それが、王都でクーデターが発生したのだ」
俺も王女殿下も絶句してしまう。
「王都では最近、様々な噂が流れていた。フィオネリスの件から始まった噂は、次第に政権の批判に変わっていった」
「はい。それはわたくしたちも耳にいたしました」
「ある日、王都の民の一部が暴動を起こしたのだ。我々は民を手にかけずに鎮める方法を協議したが、その間にも暴動は王都全域に広がった。王城は包囲され、我らは闇夜に乗じて王都を脱出せざるを得なくなった」
「王城が占拠されたのですか!?」
「おそらくは」
首肯する国王の表情からは、いかに無念だったかが伝わってくる。
善政を敷き、民のために必死に尽くしてきた国王が、どうして民に誤解されたまま王都を去らなければならなかったのか。
「許せない。噂に踊らされて暴動を起こすなんて……」
気が付くと、怒りの言葉が口からこぼれていた。
そっと、フィオネリス殿下が両手で俺の右手を包み込む。
彼女の行動で、俺は自分が痛いほどの力で拳を握りしめていたことに気付いた。
フィオネリス殿下の手で優しくゆっくりと、固く握った拳と怒りがときほぐされていく。
国王は微妙な表情で俺たちの様子を見ていた。
俺の感情が落ち着いた頃合いを見計らって国王が穏やかな目を向けてくる。
「クライムよ、そなたの考えは間違っておる。我らが怒りを向けるべきは民ではなく、民を煽動した者たちだ」
暴動に加担した者も同罪ではないか、そう言いたくなる気持ちを押し殺して頷く。
「父上、首謀者に心当たりが?」
「うむ。公爵のゴールトン・フィスルだ。あの男が王都の住民を扇動して暴動を引き起こし、混乱に乗じて王都を占領したのだ」
「ゴールトン・フィスル……」
ここでもその名前が出てきたか。
彼は初めから王位の簒奪を狙っていたようだ。そしてそれは概ね達成されてしまった。
「ですが、父上に忠誠を誓う者やゴールトンのやり方を快く思わない家臣も居るはずです。彼らを相手取って王都を維持できるでしょうか?」
「確かに、王都とゴールトン領の兵士だけでこの国全土を相手にするのは困難ですね」
王女殿下と俺の言葉に、国王は力なく首を横に振る。
「ゴールトンの奴、隣国であるカーベリオン王国を引き込みおった。密偵によると、王国領の一部を割譲することを条件に出兵を依頼したそうだ」
「そんな! どこまで堕ちているのですか!」
そこまでして王位が欲しいのか、あるいは領土を渡すという約束を反故にするつもりなのか。
いずれにせよ、ゴールトンは目的を達成するためなら手段を選ばないようだ。
「割譲予定の領地について、何か情報はございますか?」
カーベリオン王国は俺の領地の西側にあり、国境までは歩いて5日ほどの距離だ。嫌な予感がしたので訊いてみる。
「それも密偵がつかんでおる。ウエストマークより西を明け渡す約束のようだ」
「それって……」
隣で王女殿下が息を呑む。俺も血の気が引いていくのを感じた。
「うむ。クライムの領地は全てカーベリオン王国のものとなる」




