第20話 飛び火の予兆
メディオの領地で情報収集してから数日。スパラとエルシアの二人が政務室を訪ねてきた。
「クライム店長。今日、お客様から妙な噂を聞きましたので、報告に上がりました」
「妙な噂?」
スパラが俺のことをいまだに『クライム店長』と呼んでいることも気になったが、今はそれどころではない。
彼女が神妙な顔をしているので、その噂が良くないものであると察しがつく。
俺は覚悟を決めてスパラの言葉を待つ。
スパラは言い辛そうにしていたが、ゆっくりと話し始めた。
「噂によると、王都では民衆たちが王家に対して非難の声を上げているようです。彼らの言い分は『クライム・マーシーという前科者に爵位を与えた王家も任命責任を取るべきだ』というものです」
この場に居る全員が思わず絶句する。
俺憎しで王家まで批判し始めるとはさすがに予想できなかった。
「それ大丈夫なのか? その、色々と……」
「父う――国王陛下は言論を弾圧するようなお方ではありませんので、ただちに民が罰せられることは無いと思います。もちろん、度が過ぎれば投獄されるかもしれませんが」
フィーナの言葉を聞いて少しだけ安心する。
しかし、民、それも王都の住民が公然と王家を非難するのは異例のことだ。
今の国王は善政を敷いていて、民が不満を口にしているのを聞いたことが無い。
俺たちの噂と同様、これも何者かが仕組んだことではないか。
「他にも『王家はクライムに弱みを握られているんじゃないか』『クライムに爵位と領地を与えたのは、コネ人事ではないか』といった噂もあるそうです。邪推にも程がありますね」
「弱みとかコネとか、あるわけ無いじゃないか。なあ?」
「ソ、ソウデスネ」
フィーナに同意を得ようとしたが、彼女は目を逸らしてしまった。
その反応は不安になるからやめてほしい。
「王女殿下の噂もずっと燻ってるからなあ。はっきり言って、最近の王都は異常やで」
「……王女殿下の噂?」
俺とフィーナだけでなく?
思わず聞き返すと、全員が『えっ?』という顔をして俺のことを見てくる。
それはまるで、流行を把握できていない人や常識を知らない人を見る目だった。
「クライム様、王女殿下の噂を知らんの?」
「あ、ああ。これも最近出てきた噂か?」
「何言うてんの。その噂が出てきたんは半年以上前やで。いくら何でも世情に疎すぎるやろ」
「ええっ!?」
自分の情報感度の低さに愕然とする。
半年以上前といえばまだ王都に居たはずなのに、そこで起きていたことすら知らなかったとは……。
「まあ、あの時期のクライム様は外出を制限されてたから、知らんのも無理ないかぁ」
「……随分詳しいですね?」
あの時期はノエルともほとんど会っていなかったはずなのに、何でそのことを知っているんだろう。
「何でも知ってるのが商人や」
ノエルが不敵に笑う。その表情を見て、何故か背筋が冷えた。
その日の夜。俺は政務室に残って考え事をしていた。
フィーナと王女の噂、その両方が同時期に同じ王都で発生した。
これらの情報が一本の線に繋がりかけた、その時――
「クライム様! 失礼します!」
フィーナがノックもせずに、政務室に飛び込んできた。
ここまで慌てているフィーナも珍しい。何かあったのだろうか?
「落ち着いて。何かあったの?」
「ルミエルさんから手紙が届いたんです!」
「ルミエル様から? 何か大変なことが書いてあったのか?」
「はい。クライム様の悪評の発生源が分かったそうです」
「何だって!? ……詳しく話を聴かせてくれ」
二人分の紅茶を用意し、向かい合ってソファに座る。
フィーナは嬉しそうな顔で紅茶を一口飲むと、手紙の内容を話し始めた。
「結論から先に申しますと、悪評の発生源はゴールトン・フィスルという男です」
「ゴールトン・フィスル……」
聞いたことのある名前だ。公爵だったと記憶しているが、領地についてはうろ覚えだ。
「ゴールトンはこの街から見て西側、隣国であるカーベリオン王国との境に領地を持つ貴族です。優秀な人物ですが、野心家なのが玉に瑕ですね」
国境を任されていることから、優秀で国王からも信頼されているのだろう。
そんな人物が、陰で俺の悪評を流していたとは……。
「王女殿下の噂もゴールトンの仕業だという可能性はないか?」
「ええ、わたくしもそれを考えていました。クライム様の噂と状況が似ています」
ゴールトンは王女の噂を流して何を企んでいるのか。
「そういえば、王女殿下はどこで何をしているんだろうな?」
「さあ? 噂が広まってから表舞台に出てきていないみたいですよ」
「そうか……。窮屈な生活を強いられていなければ良いが」
「大丈夫じゃないですか? 案外、幸せに生きているかもしれませんよ」
フィーナはまるで見てきたかのように話す。
俺を元気づけるための根拠の無い言葉のはずだが、不思議と心が温まった。




