第19話 百聞は一見にしかず
「メディオ・センドールの領地を見に行かないか?」
政庁に戻ると、俺はフィーナにそう提案した。
メディオとは一度会ったが、彼の領地については伝聞でしか知らない。
彼が俺の悪評を流しているのは間違いないだろう。噂との戦いは長期戦になると思うので、敵の実力と評判を理解しておくのが得策だと感じた。
「分かりました! すぐに出立いたしましょう!」
「……何でそんなに慌てているんだ?」
俺としては明日の朝に出発するつもりでいたのだが……。
彼女には今日中に出たい理由があるのだろうか?
「話は聞かせてもらったで」
「げっ」
その声とともに政務室の扉が開かれ、ノエルが入ってくる。
彼女は足早にフィーナの前までやってくると、腕を組んで余裕のある笑みを浮かべる。
「まったく、油断も隙も無い。どうせ破廉恥なことでも考えとったんやろ?」
「そ、そんなこと、考えてませんよ!」
「……目が泳いでるで。一見清楚なお嬢様も、頭の中はピンク色なんやなあ」
「ひ、人聞きの悪いことを言わないでください! クライム様、決してそんなことはありませんからね!」
「わ、分かってるよ……」
キッ! と強く睨まれ、思わず気圧されてしまう。
日頃の行いから、フィーナが真面目な女の子だということは良く知っている。
なので特に気に留めず、ノエルの話を聴くことにした。
「ノエルはどうしてここに?」
「た、たまたま通りかかったから挨拶でもしとこうかなーと」
ノエルの目が泳いでいる。何か隠しているのだろうか?
隣でフィーナが「頭ピンクはどっちですか……」とつぶやいているのも気になる。
「そ、それより! あの悪徳領主のとこに乗り込むんやて?」
「えっ? 乗り込むというか、単に領地に行って情報収集するだけだぞ。領主に会うつもりも無い」
「それやったらウチが手伝ったるわ。二人は領主に顔を知られてるから、変装してウチの部下ということにして領地に入ればええ」
なるほど。それはありがたい申し出だ。
フィーナは難しい顔をしていたが、俺はノエルの力を借りることを決める。
数日後、俺たちはノエルの部下たちと共にメディオの領地にやって来た。
「……ここの領民たちは元気が無いですね」
王都やルインハムで活気のある領民を見慣れているので、その落差に驚きを隠せない。
「みんな表情が暗いな」
領民に太った人がほとんどいないどころか、多くはやつれている。満足に食べられていないのだろうか。
前に会った時、メディオは『お金は領民からいくらでも取れる』と言っていた。もしかすると、本当に領民に重税を課しているのかもしれない。
「商売してたらその街の景気が大体分かるんやけど、ここは王国で5本の指に入るほど酷い。何と言っても嗜好品がほとんど売れへん。多分、領民はぜいたくする余裕すら無いんやろな」
「何てこと……」
「フィーナ?」
隣を見ると、フィーナが悔しそうに歯を食いしばり、手を強く握りしめていた。
それだけ彼女がここの領民の生活を憂えているのだろう。
俺たちは通りを歩いていた男性に声をかける。
色々な人から話を聴くつもりだが、まずは比較的身なりの良い人を選んだ。
「すみません、ちょっとお時間をいただけますか?」
「構わないよ。どうしたんだい?」
「友人がこの街への引っ越しを考えているのですが、ここでの暮らしはいかがですか?」
男は周囲を見回すと、声を潜めて答える。
「正直に言うと、やめておいたほうが良い。絶対に後悔するぞ。……まさか、友人ってお嬢ちゃんじゃないよな?」
「ええ。わたくしではありませんよ」
男はフィーナの答えを聞いて、明らかにほっとした。
「うちの領主は無類の女好きで、お嬢ちゃんみたいな別嬪さんを見たらどんな手を使ってでも手に入れようとするんだ。お嬢ちゃんも、領主に見つからないように気を付けるんだよ」
「ご忠告、ありがとうございます」
男はフィーナの返事を聞くと、一つ頷いて去って行った。
「……これは色々と出てきそうやね」
「だな。もっと苦しんでいる領民と話すのが怖くなってきたぞ」
比較的良い生活をしている人ですらあの言いようだからなぁ……。
早くもげんなりする。
「ふふ……別嬪。ふふふ……」
「フィーナは嬉しそうやなあ」
彼女が美人であるのは誰が見ても明らかだが、面と向かって伝える人を見たのは初めてだ。意外と言われ慣れておらず、耐性が無いのかもしれない。
ノエルはそんなフィーナを冷めた目で見つめていた。
俺たちはメディオ領での情報収集を終え、帰途に就く。
やはり、生活に苦しんでいる人の口からは辛辣な言葉が出てきた。
今日一日、多くの領民に話を聴けたが、誰一人としてメディオのことを良く言う人は居なかった。
「ここまで評判の悪い領主も珍しいですね」
「よく暴動が起きないよな」
「ウチやったら我慢できんわ」
メディオの領地から出たのを良いことに、口々に感想を言い合う。
領民から話を聴くだけでなく、自分たちで領地を見て回れたのも良かった。
「街の衛生環境も良くなかったし、道や施設の整備も行き届いていなかったな」
「税が重い割にサービスが不十分でしたね。領主が相当散在しているか、自分の懐ばかり潤しているのかもしれませんね」
本当に領民が可哀想だ。領主であるメディオに対する怒りもわいてくる。
とはいえ、他人事ではいられない。領主という立場は俺も同じなのだ。
悪政を敷いて領民の心が離れれば、俺も同じように言われることだろう。
「俺たちはあんな政治をしないように気を付けないとな」
「しっかりと民の声を聴いて、民のための政治をしましょう」
「二人とも、収穫の多い視察になったみたいやな」
「ノエルのおかげだよ。本当にありがとう」
商人ならではの見解も聴けたし、彼女の伝手で話せた商人や役人も居た。
フィーナも照れくさそうに感謝の気持ちを伝えていた。
誰かからの伝聞だけではなく、自分自身で得た情報と併せて判断する。真偽を断定できない情報は発信を控える。
みんながこの意識を持ってくれていれば、フィーナはあの日、路地で自身にナイフを向けずに済んだのだろうか。
……それこそ断定できないことだ。確かなのは、彼女は隣でこうして生きているということだ。
今は過去ではなく未来のことを。
どうすればフィーナが幸せに生きていけるかについて考えるべきだろう。




