第14話 『すき』
ある日、俺とフィーナが政庁で仕事をしていると、ノエルが訪ねてきた。
「クライム様、ちょっとええやろか?」
「ノエル? どうしたんだ?」
俺たちは仕事の手を止め、ノエルと向かい合って座る。
いつの間にか、フィーナが俺たちの前にお茶とお菓子を用意してくれていた。
「それで、今日はどういった要件だ?」
「小麦の話や」
「小麦?」
まさか値上がりするのだろうか。
この街では小麦を生産しておらず、全て外部から購入している。価格が上がると非常に困るのだが……。
ノエルは「ちゃうちゃう」と首を振り、俺の考えを否定した。
「住民も増えてきたことやし、そろそろクライム様の領地でも小麦を生産するのはどうかな? いざという時に備えて、領地の食糧自給率を上げておくべきやと思う」
確かに、ひとたび飢饉や紛争が発生すれば、小麦の価格は大きく上がる。
領地で小麦を作ることで自給率を上げておけば、価格上昇の影響を緩和できるというわけだ。
「よし、俺たちの領地でも小麦を育てるか。フィーナ、少し街の外を視察しようか」
「そうですね。どこを畑にするかを決めないといけませんからね。……そういえば街の外に行くのは初めてですね」
「これまでは街の中で精一杯だったからな……」
この街に来てからの出来事が、走馬灯のように駆け巡る。
「なんか二人だけで行く雰囲気になってへん? ウチも行くで」
「……ノエル、仕事は大丈夫なのですか? わたくしとクライム様が居れば十分ですから、どうぞご自分の仕事を優先してください」
「これも仕事のうちや。顧客の状況を知っとけば、必要な商品を仕入れることができるからな」
二人の間に『パチッ』と火花が散った気がした。
3人連れ立って街の外にやってきた。
「こちらが街の西側ですね。正面に見える、あの山までがクライム様の領地です」
西門から山までが500mぐらいだろうか。
「この広さだと、それほど収穫量は期待できないかもしれないな……」
「それに、何年も放置されたせいで雑草だらけですね。これを整備するのは大変そうです」
「この雑草を全部手で抜くのか……。気が遠くなりそうだな」
その光景を想像してげんなりした気分になる。
だが、部下たちは建築作業を手伝っているので、俺たちが率先してやるしかない。
「クライム様、『すき』や」
「へ?」
「はああああああっ!?」
ノエルの唐突な告白に、思考がフリーズした。
フィーナは絶叫した後、ノエルに恨めしそうな視線を送っている。なんで?
ノエルは少ししてから自分が発した言葉の意味に気付いたようで、顔を真っ赤にしながら慌てて手を振り始めた。
「ちゃうちゃう! そういう意味とちゃうで! ウチが言いたかったのは『犂』。土を掘り起こす道具のことや」
ああ、そういうことか。安心したような、残念なような複雑な気持ちになる。
ノエルは可愛いし、性格が良くて仕事もできる。何より彼女と話すのは楽しい。
そんな彼女に『好き』と言われれば凄く幸せなことだと思う。シチュエーションによっては彼女の気持ちを受け入れていたかもしれない。
まあ、実際には『犂』だったわけだが……。
「土を掘り起こす道具……。そんな便利なものがあるんだな」
「その道具を牛や馬に牽かせるんや。すると、表面と地中の土が入れ替わり、雑草を除去できる」
「本当に便利だな。雑草が生える前に使えばさらに効果がありそうだ」
「そう! そうやって使えば雑草を抑えられるんや」
俺の予想が合っていたのか、ノエルは嬉しそうに顔を寄せてくる。
さっきの『すき』という言葉のせいで、変にノエルのことを意識してしまっていた。
「ちょっとノエル! 近すぎです。離れてください!」
フィーナが慌てて俺たちの間に割って入る。
ノエルは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐに楽しそうに笑った。
「そ、それにしても、牛や馬を飼うための施設も必要になりますね」
「ちょうど宿屋が完成間近だから、次に厩舎と牛舎をお願いするか。動物たちの飼料置き場も必要だな」
「穀物の貯蔵庫も欲しいですね。それらが完成次第、牛と馬を購入しましょう。それから、す、犂は職人の誰かが作り方を知っているかもしれませんので訊いてみますね」
こうして、俺たちは畑を作るために動き出した。
約1か月後。必要な施設が完成したので、牛3頭と馬2頭を購入した。
今日は、牛と馬が運ばれてくる日だ。
「わたくし、本物の牛を見るのは初めてなので緊張します……」
「俺は牛も馬も見たことないぞ。ちょっと楽しみだな」
などと言いながら、政庁の前で到着を待った。
徐々にルインハムの住民たちが集まってきた。
彼らの目は期待にあふれていて、見ているこっちが嬉しくなる。
「クライム様! あれ、そうじゃないですか?」
いつの間にか隣に来ていたシエナが興奮気味に話す。
少しでもよく見えるようにと、ぴょんぴょん飛び跳ねていて可愛らしい。
彼女の隣にはクロウも居て、そんな妹を温かい目で見つめていた。
「クロウ。しばらくの間、動物たちの世話は任せたぞ」
「おう! と言っても牛は初めてだからなぁ……」
牛と馬を飼う話が出た時、誰が世話するのかという問題が出た。
熟練の担当者を雇おうという話も出たが、良い人材が見つからなかった。
俺たちが途方に暮れていると、クロウが『馬の世話なら門番時代にやったことがある』と言って引き受けてくれたのだ。
「まあ、後任が見つかるまでの間だけで良いから」
「見つかるかなぁ? いっそ育てた方が早かったりしてな」
クロウはそう言って笑った。
それからしばらく待つと、動物たちが政庁前に到着した。
彼らは人慣れしているのか、落ち着いた様子で周囲を見まわしている。
「やばい、めちゃくちゃ可愛いな」
「むむ……」
「フィーナ、牛や馬に嫉妬してどうするんや」
声のした方を向くと、買い付けに行ってくれていたノエルも街に戻ってきていた。
「ノエル、お疲れさま。助かったよ」
「ウチとしても、ええ人らと知り合いになれたから良かったわ」
彼女はそう言って動物たちの方を見る。
そこには、牛や馬などを扱う業者の代表の姿があった。
俺は彼に近付いて感謝を伝えると、しばらく会話する。
政庁に招いてもてなそうとしたが、残念ながら辞退されてしまった。
男性はその後、クロウに動物たちの個性や飼育の注意点を伝え、最後には自らの馬に乗って颯爽と去っていった。
「カッコいい人だったなあ」
「そうですね。あんな風に白馬の王子様が現れるのも、少し憧れますね」
フィーナはそう言いながら遠くを見つめている。
何故か、心がチクリと痛んだ。
数日後、俺たちは領地西側にやってきた。
今日は犂を使って雑草を除去する予定だ。
犂は木と鉄でできていて、地面を掘り起こす部分に鉄が使われている。
牛の身体に着けた鞍と、犂をロープでつなぐことで、牛が歩くたびに犂が牽かれるようになっている。
「これで良しっと」
鞍と犂を作ってくれた職人が、しっかりと装着できていることを確認する。
彼はそのまま両手で犂を押さえた。
「牛たち準備もできてるぜ。それじゃ、行ってみるか」
クロウがそう言って、1頭の牛をゆっくりと歩かせる。
牛が一歩踏み出すたびに鉄製の爪が地面をめくり上げ、地中の少し湿った土が表に出てきた。
「おう、良い感じだな。材質が木だから強度が心配だったんだが、無茶な使い方をしなければ大丈夫そうだ。誰か試してみるか?」
職人がそう言うと、クロウが一度牛を止める。
すると、見物していた住民たちが順番に犂を試し始めた。
「おおっ! これは凄い!」
「前に使った物よりも使いやすいな」
住民たちの反応も上々だ。
「これで一歩前進ですね」
「ああ。次は畑の区割りを考えないとな」
俺は気を引き締めつつ、黄金色に輝く小麦畑を想像した。




