第12話 領営お菓子工房
お菓子の売れ行きが急増してから約半月。その勢いはまだ衰えていない。
「『天使のおやつ』の人気拡大に伴って旅人が増え、門の通行料と露店の出店料による収入が良い調子で伸びています。ここにお菓子の販売利益を合わせると、職人の人件費を引いてもまだ黒字ですよ!」
フィーナが嬉しそうに報告してくれる。彼女の言うとおり、ようやく人件費だけは賄えるようになった。
これは工事を止めれば徐々にお金が増えていくことを意味する。
必要な建物が全然建っていないので、工事を止めることはできないのだが……。
「だけど、ここから資材費を差し引くとまだ赤字だ。こんなところで満足していられないな」
支出の7割近くは資材費なので、まだまだこれからだ。
「そうですね! これからも頑張って税収を増やしましょう!」
「ところで、住民は増えているか? 昨日見て回った感じだと、所々で民家の建築をしていたが……」
俺たちは公共施設の建設で手一杯で、まだ民家の建設に人とお金を回す余裕がない。
だから、引っ越し予定の住民が自腹で家を建築しているということになる。
「はい。申請は順調に増えています。5年間の免税と、何より『天使のおやつ』の効果が大きいですね」
「『天使のおやつ』は俺たちの救世主だな」
『天使のおやつ』が人気になったことで、この街を訪れる人が10倍以上に増えた。
その結果、彼らを相手に商売したい人や、『天使のおやつ』の工房で働きたいという人が移住してきている。
「本当にありがたいことです。ただ、工房が手狭になってきましたね」
「狭すぎて俺たちも手伝いに行けなくなったからなあ……」
「まあ、わたくしたちの本業はこちらですから」
それもそうか。これまでは人が少なすぎるせいで仕事が無かったが、これから住民が増えるにつれて忙しくなるだろう。
「そろそろ店長をスパラに譲るべきだな」
お菓子工房は俺とフィーナの二人だけでスタートしたので、形式上、俺が店長になっていた。
だが、俺たちの本業は政務であり、いつまでもお菓子工房の店長でいるのはおかしな話だ。
「スパラさん、大丈夫でしょうか……」
フィーナがそう言ったのが気にかかったが、スパラの能力なら大丈夫だろう。
俺とフィーナは工房にやってきた。今日も店員たちが慌ただしく『天使のおやつ』を作っている。お菓子特有の甘くて香ばしい匂いに、ついお腹が空いてきてしまった。
「みんな、楽しそうに働いているなぁ……」
「そうですね。夢のようです……」
二人して、しみじみと感慨に浸る。
「あれ? クライム様とフィーナ様、今日はどうしましたか?」
ぼんやりと店を眺めていると、俺たちに気付いたエルシアが話しかけてきた。
彼女のエプロン姿は様になっていて、もう立派なお菓子職人だ。
スパラによると、エルシアはすごい勢いで腕を上げ、今ではスパラに匹敵するほどらしい。他の従業員からの信頼も篤く、スパラに次ぐ存在になっているという。
「今日はスパラに話があってね。呼んできてもらえるかな?」
「分かりました! 少しお待ちください!」
エルシアは元気に返事すると、工房の中に入っていく。しばらくして、彼女はスパラを伴って戻ってきた。
「クライム店長、お呼びですか?」
「今、大丈夫かな? 忙しそうだし後で出直そうか?」
「もうすぐ休憩時間ですので大丈夫ですよ。どこで話しましょうか……」
工房の休憩室を使うと、従業員たちの休憩場所が無くなってしまう。
とはいえ立ち話でする内容でもないので、俺たちは政庁に行くことにした。
「忙しい時に呼び出してごめんね」
「いえいえ。みんな優秀ですから、うちとエルシアが抜けたぐらいでは揺らぎませんよ」
そういえば、二人とも従業員たちから『こっちは任せて頑張ってこい』と激励されていた。いったい何を応援されていたのだろうか……。
「それでお話というのは?」
「実は、工房の店長をスパラに任せたいんだ」
「えっ?」
スパラとエルシアが愕然とする。そのまましばらく固まっていたが、先に復活したスパラが恐る恐る尋ねてきた。
「クライム店長はどうなさるのですか?」
「俺は政務があるからね。店の経営からは離れようと思っている」
「そんな……」
スパラは悲しそうに顔を伏せた。予想とは異なる反応に、俺も戸惑ってしまう。
「クライム様に店長のままで居続けてもらうことは出来ませんか?」
エルシアも俺に店長を続けてほしいようで、どうにかして引き留めようとしてくる。
必要としてくれるのは嬉しいが、今後を考えると交代するべきだろう。
「工房はこれからも大きくなっていく。俺が店長のままだと、従業員が増えた時に不和が生じる可能性がある。それに、あの店はもう実質スパラのものだ」
「違います! あの店はうちと店長の店です! 店長が店長じゃなくなったら、うちとの繋がりが無くなっちゃう……」
スパラが両目に涙を溜めて俺の言葉を否定する。
普段は冷静な彼女が見せた涙に、俺は何も言えなくなってしまった。
「あの、少し良いですか?」
そのとき、隣でフィーナが控えめに声を上げる。
「お菓子工房を領営にするというのはいかがでしょうか?」
「領営?」
つまり領主が経営者となって工房を運営するということか。今とどう違うのだろうか?
「少数ですが、貴族の中には領主直営の工場を所有している方もいます。彼らは雇った工場長に日々の運営を任せ、自身はオーナーとなってお金を出資したり運営方針を決めたりしています。もちろん、売り上げの一部は領地の収入になります」
フィーナはなおも続ける。
「領営にしておくことで、領主が経営方針に関われるのがメリットですね。もちろんクライム様の仕事は増えますが、店主を続けるのに比べると幾分か軽減されると思います」
フィーナの言葉を聴いてから少し考える。
「分かった。じゃあお菓子工房は領営にしよう。俺がオーナーでスパラが店長、エルシアが副店長でどうだ?」
「わたくしはそれが一番良い選択だと思います」
「二人はどうだ? 店長と副店長の任、受けてくれるか?」
俺が二人に問いかけると、彼女たちはとびきりの笑顔で「はい!」と答えた。




