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第93話『失敗の連鎖』

皆様、いかがお過ごしでしょうか?

私は笑える話を書きたいのにシリアスになってしょんもりしてたりしてますが、元気です(n回目)

自分自身、魔界の登場人物達全員好きですがバアルやシトリが割とお気に入りです。

狂化効果を受けてしまったレンブランジェの頼みで拘束し、箱に閉じ込めたティリア。

二人以外誰もいない謁見の間だからこそ、拘束が出来ている。

立つことすら出来ないレンブランジェは高熱に魘されているように呼吸が荒く、頬が紅潮している。

杖を持つティリアは玉座から立ち上がる。

足音がやけに大きく響き渡った。


「レージェ、大丈夫?」


声をかけると、びくりと肩を震わせたレンブランジェ。


「話し、かけられると……よくな…い……」


喉を焼くような呼吸の合間に、彼は言葉を絞り出す。


「でも誰も…呼ばんでおくれ……ジジイのこんな痴態、晒す訳には……いかん」


ぜぇぜぇと荒い呼吸で何とか返答する姿に、何か楽になる魔法は無いかと考える。

先程、レンブランジェに魔法をかけづらかった事を念頭に置きつつ杖を掲げようとした時、彼が怒りの如く声をあげる。


「やめよッ!!

お主の魔力が尚のこと殺意を高める!!」


ティリアの手が止まる。


「っ…で、でも手枷も足枷もアタシの魔法よ!!」


「だから我慢しているのだッ!!」


歯を食いしばる音すら聞こえそうだった。


「これすらも無ければ儂はお前に危害を加えてしまうから!!」


その言葉にティリアの胸が締め付けられる。

あんなにも余裕の無いレンブランジェを初めて見たティリア。

常に余裕そうに振る舞い、優しく物事を教えてくれる彼が極限まで追い詰められている。

まるで別人格のような、魔獣のような姿にティリアは唇を噛む。


「何もしてあげられないなんて……っ!」


レンブランジェは必死に叫ぶ。


「お前は早く此処から退けッ!

もう僅かしか耐えられぬッ!!

頼む……お前を傷付けたくないんだ……ッ!!」


最後の弱々しい言葉で足に力を入れるティリア。

しかし、退出する事はなくふわりと浮かびレンブランジェを見下げる。


「分かった。良いわよ、魔王として許可します」


「……………は?」


間の抜けた声が漏れる。


「殺し合いしましょう、レージェ」


「な、にを……言って……」


震える声の中に僅かな希望と期待が混じっている事に気付くティリアは、目を伏せて言葉を続ける。


「貴方にアタシは殺せない」


「ふ、ざけている場合ではないッ!!

この身体で手加減なぞ出来ないのだぞ!!」


「そもそも、何で魔王のアタシがレージェより弱い判定されてんのよ。不敬よ、不敬千万」


「そッ…れは!! お前はあまりにも優しすぎる…ッ!! 従者に甘すぎる!!故に!!儂より⎯」


「はい、言った〜。魔王に対しての不敬罪。

言質だけじゃなくて貴方のその言葉の中にある想いも含めてね」


レンブランジェの瞳が、見開かれる。


「どうなっても……知らんぞ……!」


硝子が粉々に割れる音が謁見の間に響き渡る。

箱が輝く粒子となり消え失せていく。


「殺し合いで気が引けるならこう言い直すわ。

従者の罪、魔王自ら罰を下す。抵抗は許すが⎯


レンブランジェ=レラジェよ」


一瞬の静寂。


「これは御前に対する


仕置きだ」


言い終えた直後、枷を付けているはずのレンブランジェの姿が一瞬にして消えた。

刹那、空中にいるティリアの目と鼻の先に現れ拳を振りかぶる体勢をとっていた。


(嘘、想像以上に速⎯)


杖を構えるまでには手が届いてしまう。

そう理解した時には遅かった。


「っ…!」


痛みに耐えるべく力を入れた身体。

すんでのところでレンブランジェの背後に見慣れた姿があった。

彼はレンブランジェの襟を掴み、勢いよく床へ叩き落とした。

音が痛々しく響く一瞬の隙に声をかけた。


「ベルぅっ!!」


「こんの馬鹿ッ!!大馬鹿者が!!」


歓喜の声は叱責により掻き消された。

乱れた呼吸を整えようと肩で息をしながら叱責を続けるバアル。


「私が間に合わなければどうなっていたか理解なさいッ!!」


「良くて致命傷で済むか最悪死んでたわ! ありがと!」


「実際ジリ貧です! 障壁張るか逃げなさ」


ティリアの目の前からバアルの姿が消えた。

その代わり、レンブランジェが映る。

理性を失った獣が欲望のままに力を振るう表情は恍惚としたものだった。

バアルは空中で身を捻り、体勢を整えて着地する。

苛立ちを含んだ目でレンブランジェを見上げた。


(一瞬でこの私が投げ飛ばされた……!

着地に猶予がある投げ方なのは、あの状態で最大限の手加減をしようとしているからか……など考えている暇は無い!)


「坊ちゃん! 障壁!」


一瞬で空中に居る二人の間へ割って入り、レンブランジェの攻撃を杖で受け止める。

レンブランジェは拳を振るっているのに、受け止めている杖からは金属が擦れる音がしている。


「はははっ!あはははッ!」


「ッ」


愉快そうに笑うレンブランジェは拳を離し、蹴りなども含めた体術へ移行する。


「ぐッ!?」


回し蹴りの威力が高くバアルは吹っ飛び、柱に叩きつけられてしまった。

その衝撃で一部崩れてしまい、バアルの上に瓦礫と化した柱の破片が降り注ぐ。


「ベルッ!!」


バアルに言われた通り障壁で身を守るティリア。

レンブランジェはその障壁に手を伸ばし、握るように力を込める。

レンブランジェの触れている部分からミシミシと音を立て割れ始めた。


「一体どんな馬鹿力よ……!」


一瞬、シエルを呼ぼうと呼び鈴に触れるが、レンブランジェの誰も呼ばないで欲しいという言葉をふと思い出す。


(レージェはちゃんと逃げろって言ってくれた。

それを否定し、ぶつかろうとしたのはアタシ。

なのにこんな……中途半端すぎ、しっかりなさい。

従者の簡単な願いを叶えられず何が魔王だ)


覚悟を決め、レンブランジェを真っ直ぐ捉えつつ頭から父親と似ている角を生やす。


「貴方の言う従者に甘いというのは、アタシが貴方へ攻撃出来ないって言いたいのでしょう。

残念だけどレージェ、魔法当てちゃうからね!」


杖の先端にある宝石をレンブランジェに向ける。

今も罅割れ続けている障壁を壊そうとしている彼の顔をじっと見つめた。


「狂化の辛さはアタシも多少分かる。

ただでさえしんどいのに、欲望の中に殺意があったら尚苦しいわよね。

まだ守ろうとしてくれてありがとう、レージェ」


瞳が揺れた獣が障壁を破壊した瞬間、無数の光の玉が杖から発射される。

流石のレンブランジェも飛び退いたほどの攻撃。


「レージェこっわ…(ほぼゼロ距離で全部避けられた……)」


驚きに思わず数秒固まる。

すぐ我に返り、握り直した杖から様々な属性の魔法を大量に打ち込んでいく。

しかしその全てを軽やかに避け続けるレンブランジェ。その顔には薄らと笑みがある。


「ホント愉しそうね!(こっちは楽しくないけど!!)」


ティリアの攻撃を避けながらも、彼は遠くから手を下から上へ振るう。

何も見えなかった。

しかしバツッと鈍い音が鳴り、ティリアの左肩に裂傷が出来た。服が裂けた部分から血が滲む。


「ッ! (やられた! 真空波!? 斬撃か!)」


「坊ちゃんッ!!」


遅れて頭からも血が流れた。

痛みからしてごく浅い傷だと判断し、レンブランジェに怒鳴る。


「ちょっとレージェ!

アタシの美しい身体に傷を付けたわね!!

罰、追加だから!!」


レンブランジェはピクリと反応し、途端に頭を両手で抱え呻きだした。


「ウゥウゥウウヴ……ッ!!」


(今ならいける!)


苦しそうに呻くレンブランジェに拘束魔法を使おうとした時、下から大量の蜘蛛の糸が発射された。

それによりレンブランジェの顔より下全てが蜘蛛の糸に巻かれる。

すぐさま視線を向けると、同じく頭から出血しているバアルと使い魔の黒く毛むくじゃらの巨大蜘蛛が居た。


「いやぁあぁぁあっ!!」


悲鳴をあげるのはティリア。

杖に込められた魔法は顕現せず霧散する。

蜘蛛の糸はレンブランジェを絡め取り、身動きを封じた。

悲鳴を聞いたバアルは顔に青筋を立てる。


「言ってる場合か! 拘束魔法を早くなさい!」


「うぇえん……絶対こっち向けないでよぉ……?」


言っている場合でないことは重々理解している為、半泣きで杖を握り直すティリア。

拘束魔法発動時


バツッ


と音が鳴る。ティリアの傷が疼くが、音の発生源はそこではなかった。


「ッ!? 馬鹿力め!!」


繭のように分厚く、厳重に巻かれていた蜘蛛の糸をいとも容易く千切ったレンブランジェからだった。

ティリアは瞬時にバアルへ障壁を張る。

案の定、高速で距離を詰めたレンブランジェ。

障壁の中でも杖から剣を引き抜き、構えたバアル。

素手のレンブランジェは拳の一振で障壁を壊す。

続けて二発目でバアルをめがける。

その拳は剣によって綺麗に防がれ、次へ次へとお互いに手数を増やす。段々と速度までもが増し、見えないほどとなる。


「速すぎて見えないっての……!!」


このままでは本当に殺されてしまう。

今のまま劣勢が続けば、バアルまでもが道連れになる最悪の結末だ。

血の滲む肌から一筋の汗が頬を滑り落ちる。


(そんな事は絶対にダメ。

落ち着け、どんな時も冷静に。

まずレージェの動きを止めないと話にならない!

動きを止め⎯…)


頭の中でバアルのとある言葉が思い出され、杖を下ろして着地した。

彼の方へ目を凝らすと、レンブランジェへ攻撃している姿が一瞬映ってはまた見えなくなる。


「………〜っ……やるしかない、でしょ!」


葛藤の末に手を強く握りしめ、辺りを見回す。

なるべく視界に入れたくないそれは


すぐ右の真隣に居た。


「〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」


驚きすぎて声すら出なかった。

飛び退こうとしてしまう足を必死に制御する。


(頑張れアタシ!!

悲鳴を上げてる場合じゃない!!

多分、この子もアタシがやりたい事を分かってるから此処に来てくれたのよ!!)


「ベルの使い魔ちゃん!

アタシの言うこと聞いてくれる?」


『!(こくり)』


一つ一つの動作が恐怖であり、あげそうになる悲鳴を喉で押し殺す。

レンブランジェがいつ此方に向かってくるか分からない為、目は閉じられない。


「貴方の蜘蛛の糸は魔法に分類される?」


『(こくり)』


「ならね⎯…」




(一手でもミスしたら終わり……!

このジジイは何処まで強いんだか……!)


バアルの額から汗が滑り落ちる。

高速で飛んでくる拳を往なす事しか出来ない防戦の中、策を講じるが……


(考えている暇など無い!

動きを止めなければ何も出来ない!)


「ベル!!どいて!!」


背後からティリアが叫ぶ。

瞬時に右へ飛び退くバアルは、無数の光球がレンブランジェへ打ち込まれる様子を目にした。

レンブランジェは避ける為に後ろへ大きく跳躍する。

着地後、直ぐに飛び掛ろうとする姿勢をとった彼を察知したバアルは声をあげる。


「坊ちゃ⎯」


「!」


レンブランジェが動かない。

彼の視線は足元へ向けられた。

何かに足を取られ、引っ張ろうとしても抜けない状態となり動きが止まる。

狙い通りになり、大きく息を吐くティリア。


「よ〜やく止まったわね……!

ベル、先に彼の意識を奪うから早くレージェを拘束し直して!足千切っちゃう前に!」


「は。直ちに」


バアルの手がレンブランジェに向けられる。

使い魔の蜘蛛がそれに応えるようにレンブランジェを蜘蛛の糸で拘束した。


「うん、あの糸ならレージェでも簡単には破れないわね。これで何とかなったかしら」


一息ついたバアルの隣に使い魔の蜘蛛が寄り添う。

その子を見てバアルは、口を結んだティリアへ視線を移した。


「坊ちゃん、まさか私の使い魔に触れたのですか」


「思い出させないで欲しいと言いたいところだけど……急いでたからね。アタシの魔力をあげて力を借りたの」


レンブランジェの足元には大きな蜘蛛の巣が張られていた。

ティリアがバアルの使い魔に魔力を分け与えた事で蜘蛛の性能が格段に上がったのだった。

蜘蛛の糸の粘着力がレンブランジェの動きを止めるほどにまで。


「猪突猛進な貴方が、まさか罠を張るなんて……」


「前半部分は余計だけど、貴方の知恵よ」


「私?」


「ベル。貴方の本来の戦い方ってこんな感じ?」


ティリアのしてやったりという顔に、僅かに目を大きくする。

直ぐに気を取り直し、眉を下げて口角を上げるバアル。


「えぇ、まぁ近いでしょうね」


「近い?そのものじゃなくて?」


首を傾げるティリア。バアルはフッと微笑む。


「床に相手の身体を付けさせて糸で完封するのが心地良いのですよ」


直前までレンブランジェは立っていた。

バアルに手合わせして欲しいと願った手前、その相手が自分になると思うと寒気がする。

少しは加減しろと伝えようとした時、バアルは深々と頭を下げた。


「え、急にどうしたの」


「私とあろう者が、貴方様にお怪我を負わせてしまった。誠に申し訳ございません。全ては我が不徳の致すところ、側近として有るまじき失態です」


「別に良いわよ、こんくらい不問不問。

そもそもベルが来てくれなかったら死んでたかもだし、よくこれで済んだなって思ってるくらいだから顔上げて」


ティリアは軽く、当然のように言う。

バアルは更に深く頭を下げ、ゆっくりと顔を上げた。


「……寛大な御心に感謝致します。

どうか早急にセレネの治療をば」


バアルの提案に首を横に振るティリア。

彼の視線は倒れているレンブランジェに向けられた。


「その前にレージェよ。

……現時点だと呼ぶしかないか」


金の呼び鈴を一つだけ手に持ち、軽く振る。

レンブランジェと同じように歪んだ空間から形作られたのは彼とそっくりな顔をした女性だ。


「フレリア=レラジェ、此処に」


跪いて現れた彼女の至る所に包帯が目に入るが、ティリアは敢えてそれに触れない。


「レージェを介抱してあげて。

誰の目にも触れないように」


「御意に」


フレリアは跪いたまま頷く。

その後、立てていた膝を折り曲げて座り、額を床に付けた。


「此度の我が半身の失態、弁明の余地もございませぬ。共にいかなる罰でもお受け致します故、どうかご裁断を」


いつもの冗談を感じる部分は何処にもない。

真剣に謝罪する彼女に目を丸くするティリア。


「……貴方達が真面目だと調子狂うわね」


目を逸らし、頬を少し掻く。

伝える言葉を選び終えてからフレリアへ視線を戻す。


「アタシに向かって力を振るう事を許可した。

それに抵抗を許したのもアタシ。だから何も問うことは無いわ」


「し、しかし!」


フレリアは頭を上げて抗議する。

ティリアの顔に怒りはどこにも無い。

が、思い出したように眉を顰めた。


「あ、でもアタシを弱い扱いした事だけは怒っているの!だからねぇ……うーん……う〜〜ん……あ。

じゃあ決めた、貴女達の罰」


「は」


再び頭を下げたフレリアに優しい声音で告げる。


「アタシやユムルの永遠の味方で有り続けなさい。

何があっても。ずぅっと、ね」


ティリアは全てを包み込むかのように優しく微笑みかける。

フレリアの視界は眩しくて目を閉じてしまいそうになるが、ぐっと堪えて抗議する。


「は……それは至極当然であり、我等の原則!

当たり前の⎯」


「なぁに? 罰が不満だって言いたいんだ?

ふぅん? 今の貴女がアタシに口答えする気?」


「う…そ、それは」


たじろいだフレリアの目の前でしゃがみ、彼女の額を軽く突く。


「物理的罰則を求めすぎ。

アタシが下す罰は、例外を除いてこういうものよ」


「………は。

貴方様の御心へ感謝と共に永遠の忠誠を」


「えぇ、信じているわ。

レージェを頼んだわよ」


彼を捕らえていた蜘蛛の糸が蒸発するように消え、彼を抱えるフレリア。

深々と頭を下げ、その場から消えた。

彼らが居た場所を少し見つめていると


「……」


「…………何?何か言いたげねベル」


背後からの視線に目を伏せる。

紅い瞳はふっと他所に向けられた。


「坊ちゃんは、お嬢様が関わると普通に殺すだの極刑だの言うよな〜と思っただけです」


肩を震わせるティリア。

無自覚というべきか、言われて気付いたため慌ててバアルへ異議を唱えた。


「そ、それが例外だって言ってんのよ!!」


「寧ろそれ以外を聞いた事があまりありませんね」


「そっ……ネシャの時くらい……?」


「そうですね、草むしりの刑。

従者を裁くのは基本私ですし」


確かに、と納得するティリア。

自分が極刑と言いまくっていた訳ではないと安堵すると同時に、バアルへ質問を投げかける。


「ベルってどんな罰にしてるの?

あんま聞いた事ないわよね?」


「罪次第ですが、坊ちゃんみたいにぬ……優しい事を告げる時は御座いません」


「今温いって言おうとした?」


「そんなまさか!」


態とらしく表情を顔に出すバアル。

ティリアの顔に青筋が浮かぶ。


「坊ちゃんに仇なす者が生まれては困りますし、坊ちゃんと私が嘗められてもいけません。

相応な罰を下しますが⎯……それでも伺うのです?」


「ヤッパイイデス、シニタクナイ」


「賢明なご判断ですね」


ニッコリと微笑むバアル。

ティリアはさっさと戻ろうと思い、杖を持つ。


「じゃあベル、掃除頼んでいい?」


「えぇ、勿論で御座います。

坊ちゃんはセレネの治療をお受けくださいね」


「分かってるわよ」


ふん、と鼻を鳴らし杖を構えた。

その瞬間


ドッ


と、急に襲ってくる身体の怠さとユムルに早く会いたい気持ちをぐっと堪え、杖を振る。


「……」


「……」


視界が一変し、目の前の黒髪の華奢な少女が目を丸くしている。

その姿を呆然と見つめるティリア。


「「え゛っ」」


その後ろでアズィールとチュチュの引き攣った声が一瞬響き、部屋に沈黙が訪れた。

ティリアはユムルに会いたい思いを抑えたつもりだが、無意識に転移場所へ影響を及ぼしていた。

彼が居るのはユムルの部屋。

ケーキを食べていた彼女の目の前に突如ボロボロの姿で現れてしまった。

そして、ティリアはまだ現状を理解していない。

ユムルは驚いても声を出さないので、我に返る衝撃も無い。

自分を見下げて何も話さない挙句、至る所から出血、普段見ない角が生えた状態の彼に何と声をかければ良いか迷うユムル。

アズィールもチュチュも声をかけていいかすら分からない状況だ。

白昼夢を見ているような状態なのか、ただ佇んでいる彼の名を呼んでみる。


「てぃ、りあ、さま……?」


「……?」


ぴくりと反応を示した。

ユムルは慌てて声をかけ続ける。


「ティリア様、ティリア様!お気を確かに!」


「……ゆむる?」


「はい! ユムルです!」


「……? あれ? 何で此処に……」


段々と意識が鮮明になってきたようだ。

アズィールとチュチュがユムルとティリアの間に割って入る。


「若様!お気を確かに!

此処はユムル様のお部屋です!」


「……え」


「主様ボロボロです! 大怪我です!

早く治療をお受けください!」


意識が完璧に戻った瞬間、ティリアから血の気が消えた。


「あ、ごめっ、ごめんなさい! アタシッ!

勝手にお部屋へ……しかもこんな汚い格好で!!

ごめんね!!すぐ消えるからっ」


急いで角を消し、額から流れ落ちる血を雑に拭う。

杖を振ろうとした瞬間、ユムルが彼の手を強く握った。


「……」


「ゆ、ユムル! アタシの手、今は汚いから!

触っちゃダメ!」


「汚くなんてありません……」


震える声で僅かでも手を握る力を強くする彼女。

本当は振りほどきたいが、そんな事をすれば彼女の心と体を傷付けてしまう為、言葉だけで離れてくれるよう説得する。しかし、彼も冷静ではない。


「嫌!こんな姿、こんな醜い姿を貴女に見せたくない!見せたくなかったの! だからお願い!」


「ユムル様! 若様の怪我はセレネさんが治します! どうか⎯」


アズィールの言葉でハッとするユムルは手を直ぐに離した。


「も、申し訳ございません!

出過ぎた真似を……!」


ユムルの辛そうな表情に目を強く瞑るティリア。

唇を噛み締め、


「ッごめん!ごめんね! あの、直ぐ戻るから!」


とだけ言って姿を消した。

ユムルの両手にはティリアの鮮血がべったりと付いていた。

その両手を見つめながら震える声で二人へ問う。


「ティリア様は何故、あのような大怪我を負われておいでなのでしょうか」


「そ、それは……」


口篭るチュチュ。

困ったようにアズィールを見上げると、彼も苦しそうな表情を浮かべており、長考していた。

そして意を決して告げる。


「俺達ではお伝え出来かねます。

そのように若様より御命令が下されていますので」


「そう……ですよね。

自分で考えもせず、申し訳ございません」


「ぁ(しまった……!)」


小さく震えた口を強く結び、俯くユムルからすぐチュチュへ視線を移した。


「チュチュ、ユムル様を洗面台へお連れしてくれ」


「う、うん。行きましょう、ユムル様」


チュチュに手を引かれるユムルの姿を一瞥し、部屋を足早に出るアズィール。

出てすぐの所に人型のシトリが立っていた。

無視するように進むアズィール。


「おいバカ猫。 何処へ行くつもりだ」


アズィールは振り向かず答える。


「……悪ぃシトリ、チュチュと一緒にユムル様のケア頼むわ」


「は?」


飛びかかったり文句も言わない彼を見つめ、小さくなっていく背中に鼻を鳴らすシトリ。


「ティリア様に何か言われたか?

……アイツに言われたなどではなく、アイツがサボって消えたが故、真面目なボクがご主人様の元へ向かうだけだ」


そう呟きゆっくりと扉を開ける。

誰もいない部屋、僅かに聞こえる流水音。

そして⎯


「血の、匂いがする」


バッと弾かれたように洗面所へ続く扉に目を向けるが、扉を開ける前に思考を続ける。


「まさかご主人様の……いや、違う。

バカ猫? チュチュ=フォルファクス? そうでもない。……!」


僅かに残る香りに目を見開く。


(……気配からして、ティリア様が負傷するような相手とは思えなかったが。となると別の要因だが、まずはご主人様のケアだ。アイツに言われたからなどでは無い!!断じて!!)


シトリはその場でぴっしりと正座して待機した。

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