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第92話『油断』

ついさっきまで何かを書こうと思っていたのですが綺麗さっぱり抜け落ちてしまいました!

とにかく、見てくださってありがとうございます!!

常に感謝を!

あれから数日が経過した。

使用人に対してユムルはいつも通りだったが、一名は違った。


「ユムル可愛すぎてしんどい!!

アタシの妻可愛くない???」


くどい。

はぁ……灸を据えたはずなのに」


この有様だ。

何十回目かも分からない会話に苛立ちを隠せない側近。

書類整理をしている彼は、永遠にこの話を聞かされ続けている。


「それに、まだ妻ではないでしょう」


「うっさいわね!

婚約してるんだからアタシのほぼ妻よ!

奥さんよ! 他の誰にも渡さない!」


「めんどくせ……」


「聞こえてんのよ!」


ギャンギャン吠えるティリアとは真逆で、自室にて勉強に励むユムル。

彼女は毎日アズィールとチュチュに見守られながら文字の読み書きの練習や魔界の歴史について勉強していた。

真剣に取り組む彼女を見つめるアズィールは眉を下げ、口を開いた。


「ユムル様、最近夜遅くまで勉強しすぎじゃないっすか?

結構覚えておいでだからそんな慌てることないのに」


ユムルは顔を上げ、ゆっくりと首を振る。


「いえ。

少しでも早く皆様のお使いになられている文字を理解して、お手伝い等が出来ればなと」


「わぁ!嬉しいです!

チュチュ、ユムル様とお手紙交換したいです!」


「良いですね! しましょう!」


「えっ!? お、俺もしたい!」


「はい! しましょう!

えへへ…尚のこと頑張らないと」


ふんすと意気込み、ペンを走らせるユムル。

チュチュとアズィールは顔を見合せ微笑んだ。

暫く黙々と勉強するユムルを見て、アズィールは思いついたことを試す。


「あんねぇ、ユムル様。

今お話して良いっすか?」


ペンを置き、姿勢を正して頷くユムル。


「はい、勿論です」


「最近、若様が前に比べてすんげぇ惚気てくるんですよ〜」


「のろけ?」


「ユムル様可愛すぎてしんどい!って。

口を開けばそれしか出なくて。 いつもだけど」


「えっ」


驚くユムルに満面の笑みで何回も頷くチュチュ。


「うんうん!

主様がユムル様と幸せそうでチュチュ、嬉しいです!」


「あっ……そ、そうなのですね…!?」


ティリアの事についてだが、自分が関与しているので何と言って良いか分からずキャパオーバーを起こしたユムル。

顔から湯気を出して項垂れてしまった。


「あ、アズくん!! ユムル様が!!」


焦るチュチュだが、アズィールは狙い通りと言わんばかりに口角を上げた。


「よし! これで勉強どころじゃないだろ」


「ど、どういう事?」


「ユムル様、前から根詰めすぎだったから強制しゅーりょー。

こうでもしないと今日も寝ないで勉強とかしそうだからさ」


「あ〜……確かにねぇ。

ユムル様、めちゃくちゃ真面目さんだから怒られるまでやりそうだよね」


「それに今日はユムル様を部屋から出すなって言われてるし」


ユムルの会話をしつつ、二人は勉強道具を片付けてお茶の用意を始める。

片付いたテーブルにケーキスタンドや紅茶を置いていく。

チュチュが皿と銀食器を用意し、アズィールが紅茶を注ぐ。

幸せな香りが部屋に広がり始めた時、ユムルが意識を取り戻した。


「「あ、起きた」」


「すっすみません!私ったら!

あれっ目の前に沢山のお菓子が……」


アズィールが微笑み、ケーキスタンドの中を指す。

ユムルの目には様々な宝石のように映る。


「全てユムル様のものです!

お召し上がりたい物を順番に俺へお伝えください!3つずつ!」


「ブレイズさんが張り切って作ったスイーツだそうですよ〜!」


「え、3つも良いのですか!」


「3つどころか全部ユムル様のですからね!」


「わ、わぁ〜!ど、どうしましょう…!」


ユムルが嬉しそうにケーキを選んでいる最中、二人の脳裏には不安があった。

先程話していたようにティリアからユムルを部屋から出さぬように命令を受けていたのだ。

何かの拍子に部屋から出てしまったら⎯…それを未然に防ぐため、部屋の外には犬の姿のシトリが座っている。

彼は不機嫌を顔に表しているので鼻のあたりに皺を寄せている。


(グルル…何故ボクが見張り番なのだ!

バアル殿が後から褒美をやると仰ったから受けたものの、アイツらの声が微かに聞こえてくるのが癪だ!

ボクもご主人様と…っ…いやしかしアイツらはやらかす可能性が高い。

ボクがきちんとしてなければご主人様を危険に曝してしまうかもしれないが故だ。

ボクは偉い。後でご主人様に褒めてもらおう。

ボクだけを!!!!!!)



謁見の間に移動した為、先程とは打って変わって真面目な表情のティリア。

杖を振り、通信を試みる。


「ウェパル、報告して」


ティリアの耳に、噴水から顔を出す音とのんびり

した声が入る。


『はぁい。

さっきほーこくしてからもぉ、数名立ち替わりでこっちの様子を伺うよーにしてましたぁ』


危機感がまるでないのんびりとした言葉を受け、玉座へ腰を下ろして頬杖をつく。

長い足を組み、苛立ちを隠す気もないようだ。


「数の把握をさせないためとか考えてんのかしら。

ホント、笑えるくらい舐められたもんね」


玉座の斜め後ろに立つバアルは静かに進言する。


「数名殺ってきましょうか?」


「いいえ、問題ないわ。

全員アタシが葬るから」


「は。左様で」


こうして反逆者を待っている。

自らを殺さんとする者達にわざわざ準備の時間を設けさせ、最大戦力で仕掛けてくるのを待っているのだ。

その上で完膚なきまでに叩き潰し、力の差を分からせる為に。

しかし、暗殺を兼ねて城に侵入する事は許さない。

暗殺の面は何も心配をしていないが、侵入をも許してしまうと支持者達の信頼を損ね、財を奪われかねない。

そして今は守るべき愛する人が居る。

その為、侵入経路どころか城ごとウェパルの分厚い水で覆って未然防いでいる。


(これが終わったら新しくユムルのドレスのデザインを⎯)


ふと、人間界へ赴いた時の事を思い出す。

ユムルがお世話になったというあの手芸屋の店主。


(ユムルとアタシの事を夫婦だと思ってくれた人。あれ、本当に嬉しかったのよね。

……報告に行かなくちゃ。布も沢山買おうかな。)


「坊ちゃん。顔」


バアルの冷たい声に肩を震わせる。

玉座に居る事を思い出し、咳払いをして誤魔化した。


「アタシも暇じゃないんだけど」


「左様で。

ま、書類溜め込んでますし間違いでは御座いませんね」


「……」


バアルが居る辺りから冷気を感じたティリアは口を閉じ、顔を背けた。

それから少ししてティリアは口を開く。


「ねぇベル」


「はい?」


「パパもこんなだった?」


バアルは直ぐに返答しなかった。

ティリアも頬杖をついて黙っていた。

沈黙が流れ、目を伏せていたバアルは重たい口を開く。


「まぁ、そうですね。

貴方様もご存知の通りです」


「……」


「完璧な強さで反逆者共を捩じ伏せておりました。

非常に痛快でしたよ」


完璧な強さ。

それは、ティリアが持たざるもの。

魔王として在るべきもの。


「アタシはアタシのやり方で玉座に君臨する」


「ふ……楽しみですねぇ。

ただ、天使種の腕や羽根を捥ぐ事もお忘れずに」


「言い方悪ぅ……」


「そうですか?

では坊ちゃん。そろそろご準備をば」


バアルに促され、足を組みかえる。

杖を再び顕現させ、通信を試みる。


「ウェパル!通しなさい!

城内謁見の間以外への通路は水で塞いで!」


『はぁい。じゃあ通っていーよぉ』


(下手すればアタシが殺されるってのに、そんな緩いテンションじゃないんだけど。

いけない、脱力しそう。集中集中…)


目を閉じて、深呼吸。

ユムルの笑顔を守る為の戦いだと自分に言い聞かせる。

大嫌いだが王としては尊敬する父のように、冷酷非情の振りをしよう。

まだ彼の背中を追いかけているからこそ、舐められているのは理解している。


(魔界を統治するにあたって、反対勢力は看過出来ない。

でも、消す前に話を聞かなければパパと一緒になっちゃう。

パパのように振る舞うけど、パパとは違うやり方で向き合うの。)


扉が乱暴に開けられ、武装した十数人が流れ込んできた。

武器を持ち、玉座に向かってくる者。

魔法を放つ準備をしている者。

ティリアの態度は依然変わらず、玉座の上から彼らを見下ろしている。

同じく冷ややかな目で見下ろしていたバアルは一応言う事にした。


「王の御前であるぞ。

弁えよ、無礼者共めが!」


勿論、相手は聞く耳を持たない。

ティリアは溜息を吐き、頬杖を解いた。

伏せていた目を開いた瞬間、反逆者達は苦しそうに呻き、一斉に膝をつく。

皆、ティリアの重力操作に手も足も出ない。

彼らの自由を奪った魔王は冷酷に告げる。


「貴様達に機会を与えてやろう。

己の生命を救う最後の機会を」


⎯…


「終わりましたね、坊ちゃん」


バアルは広がった光景を見ながら静かに告げた。

ティリアは階段下に広がる赤い水溜まりに視線を落としながら不貞腐れたように言う。


「だぁれも話を聞いてくれなかった。

そんなにアタシの事嫌いなワケ?」


「お嫌いなんでしょうねぇ」


「ちょっと肯定しないでよ、傷付くでしょ」


「傷付く?ははは。ご冗談を」


「アンタねぇ……」


ティリアは話を聞いてくれれば本当に見逃すつもりだった。

しかし誰一人その気はなく、否定の言葉だけがその場を飛ぶ。

魔王という統治が気に食わない。

現状の暮らしが気に食わない。

人間殲滅部隊を消したのが気に食わない。

天使種を殺しに行けないのが気に食わない。

先代魔王ヴェルメリドから気に食わない。

魔王の座がヴェルメリドでなくなったから気に食わない。

悪魔種だけでなく、他種族の繁栄を許している事が気に食わない。


他にも様々言われたが、覚えているだけでもこれらがあった。

そして文句を散々言った後、獣のように唸り声をあげるだけとなった為、手を下したのだ。

思わず本音がぽつりと零れる。


「アタシに言わないでってことばっか。

パパに言ってよね」


「甦りの秘術を用いなければ無理ですね」


「そういうことじゃないっての」


先程からのバアルの返答にティリアは数秒沈黙し、首を傾げた。


「ベル、何か不機嫌じゃない?」


「そうですね不愉快です」


てっきり否定するかと思っていた為、頬杖をやめて驚いた表情を浮かべてしまった。

バアルは散乱している反逆者の変わり果てた姿を酷く冷たい目で見下げたままだ。


「雑魚すぎてつまらないなんてものじゃない。

よくもまぁ、あんなんで坊ちゃんに挑んできたなと呆れているのです」


「まるでアタシに怪我してくださいって言ってるみたいに聞こえるんだけど」


「まさか。

私が動ける状態で坊ちゃんに怪我なんてさせませんよ」


ニッコリと向けられた笑顔にティリアは鳥肌が止まらない。

バアルの目まで細める笑顔はごく稀にしか見えないのだが、見えた時は決まって不機嫌か悪巧みの可能性が高いのだ。

ティリアにとってはその二択よりも、普段無表情な側近が急に満面の笑みを浮かべる事自体恐ろしいものにしか思えない。

震える体を擦りながら聞いてみる。


「な、何に怒ってるわけ?」


バアルは大きな溜息を吐く。


「言ったでしょう。

あの程度で坊ちゃんに挑むなぞ笑止千万。

時間を割いてやったというのに、相手が雑魚の集まりだった事に腹を立てているのです」


「アタシの心配をしているようでしていないわね」


「心配する必要無いでしょう。

坊ちゃんがあんな雑魚相手に負けるわけが無いのですから」


数秒、ティリアの思考時間が止まる。

言葉の別の意味を考えたが何も思い浮かばない。

つまり言葉通りの意味。

理解したティリアの声が上ずった。


「……へっ!?

…………ベル、熱ある?」


「グーで殴りますよ」


「すみませんでした」


吹雪のような冷たさを感じ、反射的に謝った。

そんな二人を面白がるような小さな笑い声が聞こえる。


「くっ…ふふ……」


声の主に気付いているバアルは、怪訝な顔と声を隠すつもりもなく名を呼ぶ。


「何笑ってるのですか、レンブランジェ殿」


声に応えるようにして二人の目の前が歪む。

渦をまく歪みは形作り、肩まである金髪を靡かせる人型となった。

それは大人姿のレンブランジェだった。

震えている彼は笑いを堪えている。

バアルが小言を言う前にティリアが口を開く。


「いつもみたいにぽふんとか可愛い音で来ないのね」


「ふふ……あれは可愛さ重視じゃから。

子供の姿でやるのが可愛かろ?

この姿でやっても需要無いと思わんか?」


「それは知らないわよ。

可愛さがどうのって理由で転移方法も変えられるものなのね……」


「儂は凄いからの。

それよりバアル、お主は素直じゃブフォッ!!

ひぃ〜っ!!」


吹き出して声にならない笑いで酸欠気味のレンブランジェ。

バアルの顔に青筋が追加される。


「………レンブランジェ殿」


誰しもが震え上がるバアルの低い声でもレンブランジェには通用しない。

レンブランジェは笑って出た涙を掬い、息を整えている。


「おぉ怖い怖い…っくくく……!

は〜笑った笑った」


「笑う要素なんてあった?」


ティリアの純粋な疑問にレンブランジェは嬉々として話す。


「素直に坊の反逆者が許せない!

坊に仇なすものが嫌い!と言えば良かろうに。

それを隠して遠回しに言うもんだからついのう!」


「え?」


ティリアの視線が向けられると同時に顔を背けるバアル。

視線を避けつつ、器用にレンブランジェを睨む。


「適当な事を言わないで下さい。

貴方様が相手とて私は剣を取りますよ」


バアルの標的を穿つほどの鋭い視線をもろともしないレンブランジェは、笑みを浮かべながら小指で耳を掻く。


「くふ……この儂に勝つつもりかや〜?

偉くなったものじゃのう小童」


数秒レンブランジェを睨んでいた彼は、やがて大きな溜息と舌打ちをかます。


「はぁあ……チッ!

後は任せますからね、レンブランジェ殿」


「あ、コラ! 何処に行くんじゃ!」


レンブランジェの制止を無視し、音もなく姿を消してしまったバアル。


「うむむ……へそを曲げてしまった。

おちょくりすぎたかのう」


「どう考えてもそうでしょ。

ベルが仕事放棄なんてそう滅多に無いわよ」


「だって否定せんかったもん……。

可愛かろ、つい揶揄う事に火がついてしまった」


会話を遡ったティリア。

確かにバアルは、レンブランジェとの会話の中で一度も否定をしなかった。


「あのベルが……」


「坊が思っているよりも信頼しておるのだろう。

アイツも歳を重ね丸くなってきたんじゃな」


胸が暖かくなり思わず笑みが零れる。


「ふふ、嬉しい。

すんごく嬉しい! 流石アタシの側近ね!」


「彼奴に言うんじゃな。

グーが飛んでくる代わりに中々見れぬ顔をするはずじゃ」


「グーも飛んでくるでしょ」


「それはそう。

バアルちゃんは照れ隠しが乱暴だからねっ!」


バアルの話で盛り上がりつつ、ティリアの視線はレンブランジェの執事服へ。

ジャケットは黒いため目立ちにくいが、白シャツと胸元の控えめなジャボに赤黒い液体が染みていた。

レンブランジェはその視線に気付き、溜息を小さく吐いた。


「すまぬ、残党を殺ってきちゃった」


「指示出したつもりないけど」


「存在にイラッときちゃってのう。つい!」


てへ!とわざとらしい笑みを浮かべ舌を出す。

ティリアは彼のおどけた様子を見て頬杖をやめたが、そのかわりに腕を組む。

暫く待ったが、以降レンブランジェが口を開くことがない。

しびれを切らしたティリアは怪訝な表情を浮かべて聞く。


「ちょっと、それだけ?」


「寧ろそれだけかと聞きたいのはこちらじゃ、魔王様よ」


「は?アタシ?」


うむ、と頷くレンブランジェ。

レンブランジェもまた怪訝な顔だが、こちらは非常にわざとらしい。


「可愛い従者が、我が君に歯向かう愚か者めを成敗……天誅? 制裁? まぁ兎も角とっちめてきたのじゃぞ! 労いの台詞の一つや二つあるじゃろ?」


「どこの従者が魔王に強請るのよ」


ティリアの問に笑顔で自らを指す。


「レンブランジェ=レラジェ♡」


「っとにも〜……。

はいはい、アタシの為に片付けありがとね」


「えーん雑!!

儂、老体に鞭を打ったのに!」


「ジジイなのは心だけでしょ」


「その台詞こそ若者すぎて辛い」


大袈裟に落胆するレンブランジェだったが、ふと真面目な顔つきになる。


「ただ、気になる点があってのう」


「何?」


まずレンブランジェは人差し指を立てる。


「一つ、反逆者の割にあまりにも雑魚」


「レージェやアタシが強すぎってだけじゃないの?」


レンブランジェは眉間に皺を寄せながら首を横に振る。


「うぅむ……その可能性は無くもないが。

まず統率が全く取れとらんし、戦い方がまるでなってなかった」


ティリアも思うところはあった。

自らに仕掛けて来る者達は、ほぼ必ずティリアの魔法対策を講じていた。

魔法無効化や魔法耐性を上げる道具などを駆使して全力で殺そうとしてきていたが、今回はそれが無かった。

こちらが準備期間を設けてやったのにも関わらずだ。

レンブランジェは人差し指に続いて中指も立てた。


「そして二つ、坊も違和感を感じたのではないかえ?」


「違和感……」


確かにいつもと違うと感じたものはある。


「皆、微かに甘い匂いがしたわ」


押し入って来た時にそれを感じた。

何処かで嗅いだ事のある香りだったのは違いない。


「うむ。

我等が感情の起伏を弄る時に使うモノと似た香りじゃ。

我等は魔法とちょいと道具を使うがの」


以前のユムルの部屋から甘い匂いがした事を思い出す。

レンブランジェとフレリアが悪戯心で仕掛けたモノだ。

悪魔種には効果が薄い為、人間のユムルと妖種の肆季に効いた。


「でもレージェじゃないのでしょ?」


「当たり前じゃろがい!

儂を裏切り者にでも仕立て上げるつもりかや!」


ぷりぷりと怒るレンブランジェはティリアの頬に人差し指を押し込む。


「ご、ごえんて。

そえくあいわぁってうあよ」


謝罪を聞くと手を離し、怪訝な顔で腕を組む。

レンブランジェにしては珍しく嫌悪の色が浮かぶ。


「あの匂いは狂化剤じゃ。

しかも悪どい改造を加えられておるやつ」


「何で分かるの?」


「これが三つ目。

反逆者共の種族についてじゃ」


薬指も立てたレンブランジェ。

ティリアは先程の記憶を遡る。

全員人型で耳が長く、魔法を使う者と武器を持つ者。

それらから察せる種族。


「⎯悪魔種」


「然り。

残党含め全員が悪魔種であった事じゃ」


思わず口を手で押さえるティリア。

今までは他種族が必ず居た。

持ち寄る知恵や道具の違いがあるからこそ、魔法対策を実現できたのだ。

今回は違う。

悪魔種達しかおらず、まるで寄せ集めのような集団だった。そして狂化剤。

天使種レウ=ブランシュが竜族の郷にて撒いたもの。

効果は理性を吹き飛ばすような、双子の悪戯のタチが悪いもの。

悪魔種に効果は薄いが、他種族には効く事も似ている。


「ちょっと待って。

何故悪魔種に狂化剤が効くのよ。

それに悪どい改造って分かった理由も答えになってなかったわ」


「そう焦るでない、これから話そうとしていた」


そう言うレンブランジェを見てティリアは気付く。

凛と立っているように見える彼の呼吸が僅かながら浅いことを。


「レージェ……貴方まさか」


「んはは……バレちゃった!」


レンブランジェは倒してきた残党に狂化剤を浴びせられたのだった。


「迂闊じゃった〜。

まさかスプレータイプ出てるとはの!」


「レージェがやられるなんて!

まさか陽動!?残党の方が主戦力だったの!?」


段々と肩で息をするようになってきたレンブランジェは首をゆっくり横に振る。


「クソ雑魚じゃった。

恥ずかしい話、唯の油断じゃ。

雑魚すぎて拍子抜けしてしまっておったから」


冗談の欠片の一片も感じない為、ティリアは何も言えなくなった。

狂化剤は己も受けた事があるが故に、レンブランジェが心配になる。

しかも普通の狂化剤ではなく、悪どい改造をされているというレンブランジェの言葉に杖を握り込む。


「レージェ、どうして欲しい?」


「……許されるならば、儂を動けないようにして欲しい」


「分かった。やってみるわ」


背中から落ちるようにして飛ぶレンブランジェ。

一瞬肝が冷えたティリアは急いで杖を振り、空中に居る彼に頑丈な手枷を付けた。

続けて足枷、首輪を付けて透明な巨大箱を出す。

もう一度杖を振ると、レンブランジェに付けた首輪の後ろから鎖が伸び、それを巻き取るかのように彼ごと勢いよく箱の中へと入った。

壁に身体をぶつけ、倒れ込む。

足枷で立つ事は不可能であり、伏せたまま。


「どう?」


「ち、ちょっと雑じゃな〜い?」


「ごめん、貴方への魔法がこう……滑る? ような感じがして上手くいかなかったの」


レンブランジェは小さく「やはりか」と零す。

ティリアの耳には入らなかった。


「あと何かして欲しいことある?」


視線は手枷に落ちる。

腕を横に動かそうとしているようだ。


「……もう少し手枷を丈夫に出来んか?」


「結構貴方向けの丈夫なものなのだけど」


力んだレンブランジェの手からバキンと音がした。

巻きついていた何重もの重い鎖が無惨にも床に落ちていく。


「壊れた」


「壊した、でしょ。

もう少し強くしないとね」


全て王龍の魔法を再現したものだが、強度の調整が中々難しい。

下手をすると硬く作りすぎて、レンブランジェの腕が千切れてしまう。

杖を握りしめて慎重に魔法を施していく。


「ぐぬぅ……ッ」


「難しかろ? 儂の腕を千切っても良いぞ」


「いい訳無いでしょうが!

頑張ってんだから唆さないで!!」


「………ふふ……あいわかった」


先程よりもかなり重たく、隙間も無い手枷がレンブランジェの手に付けられた。

ティリアの額から僅かに汗が滲む。


「ど、どう?」


「うむ、良いと思う」


寝転んだまま眉間に皺を寄せ目を伏せたレンブランジェ。

まるで病に臥せているような彼に、ティリアは意を決して問う。


「レージェ、悪どい改造の内容を教えなさい」


だんまりを決め込もうとしたレンブランジェだったが、ティリアの真剣な眼差しに折れた。

既に呼吸はかなり荒く、顔が紅潮している。


「……坊、良いか?

儂はな、坊の事を我が子のように愛している。

お前が生まれたその日から今もずぅっと。

しかし、故にか。


お前をこの手で殺したくて敵わんのだ」

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