↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
序章 『鎖の先へ 』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/43

第5話 街へ

「……さて」


 このまま廃小屋へ戻っても意味はない。


 集めていた素材や、昨日拾った金品を換金する。


 ついでに少女へ適当な服を与え、預けているローブを回収する。


 服と金を渡せば、それで終わりだ。


 その先まで面倒を見る理由はない。


 だから、向かう先は一つしかなかった。


「街へ行くぞ」


 少女が顔を上げる。


「……街、ですか」


「あぁ」


 短く答える。


「あ、あの……」


「何だ」


「本当に街まで連れて行ってくれるんですか?」


「勘違いするな」


 歩き出しながら言う。


「俺は街へ行くだけだ。お前を送り届けるためじゃない」


「……それでも、ありがとうございます」


 礼を言われる理由はない。


 それまでは、勝手に付いて来ればいい。


 収納袋から硬いパンを二つ取り出す。


 一つを少女へ投げ渡した。


「食え」


「は、はい」


 少女は慌てて両手で受け取る。


 俺も自分の分をかじりながら歩く。


「街までは少しかかる」


 言葉を続ける。


「途中で腹を空かせて動けなくなられる方が厄介だ」


 味気ないパンだが、腹は満たせる。


 少女はパンと俺の顔を交互に見つめる。


「……本当に、私が食べてもいいんですか?」


「食わないなら返せ」


「い、いただきます」


 慌てて首を振り、恐る恐る一口かじった。


 固いパンのはずなのに、少女の表情が少しだけ和らぐ。


「……おいしい」


 呟いた少女は、自分でもなぜそんな言葉が出たのか分からないように、小さく首を傾げた。


 そのまま二口、三口と夢中でかじる。


「急いで食うな。喉に詰まらせるぞ」


「……ごめんなさい」


 返事をしながらも、少女の手は止まらない。


 俺は気にせずパンを食べ終える。


 水袋から水を飲み、少女にも差し出した。


「飲め」


 少女は少し戸惑ったように俺を見る。


 やがて両手で受け取り、大事そうに一口だけ飲んだ。


「……ありがとうございます」


「礼はいい。借りを作ったつもりもない」


 少女は小さく頭を下げ、水袋を返す。


 それでも、また礼を言った。


 気にするほどのことでもない。


 しばらく歩いたところで、少女がおずおずと口を開く。


「あの……」


「何だ」


「昨日いただいた干し肉なんですけど……」


 言い淀み、少女は不安そうに俯く。


「あの小屋に置いてきてしまいました」


「そうか」


「……もったいなかったでしょうか」


 どこか案じるような声音だった。


 昨日、あれだけ腹を空かせていたのに、干し肉を全部は食べなかった。


 今日の分として残していたのだろう。


 それを置いてきたことを気にしているらしい。


「街へ行くなら、持ってきた方が良かったのかなって……」


「置いてきたならそれまでだ」


 短く答える。


「今更、干し肉一つのために戻る方が無駄だ」


「……」


 少女は小さく頷いた。


 それ以上は何も言わない。


 森を抜ける獣道を、黙々と進む。


 少女も何も言わず、数歩後ろを付いてくる。


 並ぼうとはしない。


 その距離が当たり前だと言うように。


 そのまま歩を進める。


 やがて森が開けたところで、足を止めた。


 目の前には、緩やかな丘陵が広がっている。


 その先には、石壁に囲まれた街。


 朝日に照らされ、その姿がはっきりと見えた。


「あれが……」


 少女が目を見開く。


「あぁ。あそこへ行く」


 まだ距離はある。


 普通に歩いても、昼前には着くだろう。


 街道へ出れば、荷馬車や旅人ともすれ違うはずだ。


 少女は街を見つめたまま、小さく呟いた。


「久しぶりです……人のいる場所を見るのは」


 そう言ったきり、足は止まったままだった。


「興味はない。事情を聞く気もない」


 聞いたところで、何が変わるわけでもない。


 俺は再び歩き始める。


 少女も慌てて後を追ってきた。


 やがて獣道は、幅の広い街道へ合流する。


 踏み固められた土の上には、馬車の車輪が刻んだ轍が幾重にも残っていた。


 人の往来も少なくない。


 商人らしい一団が荷馬車を引いている。


 革鎧姿の冒険者らしき男たちは、街とは反対方向へ歩いていく。


 その誰もが、一瞬だけ俺たちへ視線を向けた。


 少女は俺の背に半歩隠れるように歩く。


「離れるな」


「……はい」


「見失われては困る」


 そう言うと、少女は返事をしながら小さく肩を落とした。


 どう受け取ったのかは知らない。


 石壁は次第に大きくなっていく。


 やがて城門の前に、人々の列が見え始めた。


 商人。


 旅人。


 傭兵。


 荷車を引く農民。


 様々な人間が、入街の順番を待っている。


 列の最後尾へ向かいながら、門番の姿を一瞥する。


 根拠はない。


 だが、面倒な予感だけが胸に引っ掛かっていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 城門の前には、十数人ほどの列ができていた。


 商人は荷馬車の荷を改められ、旅人は身分証を見せて通されている。


 やがて俺たちの番が来た。


「次」


 門番が顔を上げる。


 収納袋から銀貨を二枚取り出し、木箱の上へ置いた。


「身分証はない」


 門番は銀貨を一瞥する。


「新規入街だな。一人につき銀貨一枚だ」


「あぁ」


 門番は帳面を開き、羽根ペンを走らせる。


「名前は」


「名乗るつもりはねぇ。好きに書け」


「そういうわけにもいかん」


 沈黙が流れる。


 門番は小さく息を吐いた。


「……訳ありか」


「まぁ、そんなところだ」


 門番は少しだけ眉を寄せた。


 だが、それ以上は追及しない。


 身分証のない者が偽名を使うことも、珍しくはないのだろう。


「では、名無しの旅人として記録する」


「それで構わん」


 続いて、門番が少女を見る。


「お前は」


 少女の肩がびくりと震えた。


「名前を」


「……ありません」


「ない?」


 羽根ペンが止まる。


 門番の表情が、ほんの少しだけ変わった。


 だが、それ以上は何も言わない。


 余計な同情も、哀れみも見せず、仕事として続きを進める。


 少女は俯いたまま、小さく続けた。


「呼ばれたことが……ありません」


 門番は少女を見つめる。


 やがて、その視線が首筋へ落ちた。


 枝木のように細い首。


 そこには、小さな紋様が浮かんでいる。


「奴隷紋か」


 少女は小さく頷いた。


 門番は少女の首元を見たまま、声を落とす。


「首輪はどうした」


 少女が答えるより先に、俺の口が動いた。


「魔物に襲われた馬車があった。俺が見つけた時には、こいつ以外は死んでいた」


「……最近も街道沿いで魔物被害が出ていたからな」


 門番は独り言のように呟く。


 そして少女へ視線を戻した。


「魔物にやられたのか?」


 少女は俯いたまま、小さく頷く。


「……はい」


「主人は死んだのか?」


「……はい」


 門番は小さく息を吐いた。


「そうなると、所有者不在か」


 帳面へ何かを書き込んでいく。


「奴隷紋は残っている以上、正式にはまだ奴隷のままだ。勝手に放り出すわけにもいかん」


 俺は無言で門番を見る。


「安心しろ。拘束するわけじゃない」


 門番は帳面を閉じた。


「街へ入ったら役所へ行け。主人の死亡確認と奴隷登録の照会が必要だ。門番の権限では処理できん」


「俺もか」


「発見者だからな。事情を聞けば終わる」


 ここで揉めても、余計に時間を食うだけだ。


 門番は職務を果たしている。


 文句を言う筋合いはない。


「……分かった」


 門番は頷き、木札を一枚差し出した。


「これを役所へ見せろ」


 無言で受け取る。


「終われば自由だ」


「そうか」


 門番が脇へ退く。


「通っていい」


 重い城門をくぐる。


 石畳の道が、真っ直ぐ伸びていた。


 両脇には店が並び、人々の話し声が絶えない。


 少女は眩しそうに街を見回した。


 それから、不安そうに俺を見上げる。


「……役所へ、行くんですか」


 木札を収納袋へ放り込む。


「話して終わるなら、寄るだけだ」


 手間が増えただけだ。


 すぐ終わる。


 この時の俺は、まだ知らなかった。


 この木札一枚が、面倒事の始まりになることを。

━━┉┉┉┅┅┅┅┉┉┉┉┉┉┅┅┅┅┉┉┉━━

【設定】


「貨幣価値」


銅貨1枚 約100円


銀貨1枚(銅貨100枚) 約10,000円

━━┉┉┉┅┅┅┅┉┉┉┉┉┉┅┅┅┅┉┉┉━━

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。