第41話 それぞれの場所で
新しいダンジョンが見つかった。
あの調査から、数日が経っていた。
あの日、帰るのが遅くなった理由はアマネにも話している。
東の山で新しいダンジョンを見つけたこと。
その調査に時間がかかったこと。
そして、しばらくの間は近づかない方がいいらしいこと。
詳しいことまでは話していない。
俺自身も、その後どうなるのかは知らなかった。
そんなことを考えながら、俺は今日もアマネと一緒にフローレの街を歩いていた。
特に目的があるわけではない。
買い物を済ませて、家へ戻る途中だった。
「カナタさん」
「なんだ?」
「あそこ、人が集まっています」
アマネが前方を指差す。
街の掲示板の前に、何人かの人間が集まっていた。
何か新しい知らせでも出たらしい。
俺たちも近づいてみる。
掲示板には、一枚の紙が貼られていた。
東の山に関する知らせだった。
新たなダンジョンが確認されたこと。
現在、その周辺には多数の魔物が確認されていること。
安全が確認されるまで、東の山への不要な立ち入りを控えること。
そして、東の山へ向かう場合は、依頼組合から最新の情報を確認するように書かれている。
「ダンジョン……」
アマネが紙を見上げる。
「はい。前にカナタさんが見つけたところですよね?」
「ああ」
俺は頷く。
こうして街中に知らせが出ると、少し不思議な感じがする。
俺が見つけたものではある。
だが、今となっては俺だけの話ではない。
「危険なんでしょうか?」
「魔物が多いらしいな」
「……そうですか」
アマネが掲示板を見る。
周囲では、他の人間たちも話をしていた。
「大きな湖と滝があるところって、山の中腹くらいだろ?」
「そうらしいぞ」
「しばらく近づかない方がいいな」
「冒険者にも知らせが出てるみたいだ」
そんな会話が聞こえてくる。
俺は掲示板から視線を外した。
どうやら、街の方でも対応が始まったらしい。
調査した情報は依頼組合へ渡した。
俺のやるべきことは終わった。
「カナタさん」
「なんだ?」
「帰りましょうか」
「ああ」
俺たちは掲示板の前を離れる。
新しいダンジョンが見つかった。
その一件は、こうして少しずつ街へ広がっていた。
けれど俺たちの生活は、今までと変わらない。
今日も家へ帰れば、夕食を食べる。
明日になれば、またいつもの一日が始まる。
東の山では、俺の知らないところで何かが進んでいる。
それでも今の俺には、目の前の生活の方が大切だった。
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フローレの、とある会議室。
長い机を囲むように、数人の男女が席についていた。
フローレの町長。
周辺の町や村から集まった町長や村長。
そして、フローレの依頼組合長であるヘイス。
今回の議題は、東の山で発見された新たなダンジョンについてだった。
「現在の状況については、すでに報告した通りです」
ヘイスが口を開く。
「洞窟の奥には魔力回路が確認されています。また、湖の周辺には多数の魔物が集まっている」
「山を下りる様子は?」
「今のところ、確認されていません」
ヘイスが答える。
現地では、冒険者による監視が続いている。
魔物の数や種類。
その動き。
湖やダンジョン周辺の変化。
それらを確認しながら、異常がないかを見張っている。
「一つ、いいだろうか」
ヴァルムスの町長が口を開いた。
「我々も、山へ向かう途中で魔物を見ている」
「ヴァルムスからの道ですか?」
「ああ」
ヴァルムスは、東の平原を越え、山を経て、その先の地域へ続く町だ。
今回のダンジョンへ向かう際にも、その経路が利用される。
「遠目からでも分かるほどだった。件の場所付近に、魔物がうようよと集まっていた」
その言葉に、何人かが顔を見合わせる。
「以前から魔物の多い地域ではあった。だが……あれほどの数は、さすがに尋常ではない」
ヴァルムス側から見ても、異常な数だった。
フローレからの報告だけではない。
別の経路から向かった者たちも、同じ異常を目にしている。
「それなら、やはり封鎖を急いだほうがいいでしょう」
周辺の村長の一人が言った。
「そう思います」
ヘイスが頷く。
「特注の扉は、すでにダンジョン管理協会へ発注しています。現在は完成を待っている状態です」
「届けば、すぐに作戦を?」
「ええ。扉が届き次第、封鎖作戦を実施します」
問題は、そのための人員だった。
「ダンジョンに入るなら、冒険者にも条件があるでしょう?」
別の町長が言う。
「はい」
ヘイスが答える。
「今回の作戦では、C級以上の冒険者を中心に集めます」
「C級以上……」
「新人を送るわけにはいかない、ということですな」
「そういうことです」
ダンジョンの攻略には、一定以上の実力が必要になる。
C級冒険者は、一人前の冒険者として認められる目安でもある。
それより下の冒険者を送り込むのは危険だった。
B級ともなれば、さらに限られた実力者になる。
今回の封鎖作戦では、各町や村からC級、そしてB級の冒険者を可能な限り集めることになった。
「ならば、ここにいる我々だけでなく、もっと遠くの町や村にも声をかけてはどうでしょう?」
別の町長が口を開いた。
「この辺りから離れた地域にも、腕の立つ冒険者はいるはずです。協力を求めれば、戦力を増やせるかもしれません」
「それは、こちらとしても考えています」
ヘイスが答える。
「周辺だけでなく、遠方にも協力を呼びかけるつもりです」
「それなら、より多くの戦力を集められますな」
「ええ。できる限り集めたい」
ヘイスは頷いた。
だが、そこで一人の町長が口を挟む。
「では、遠方からの戦力が揃うまで待つのですか?」
「……それは難しいでしょう」
ヘイスが答えた。
「遠くから来てもらう以上、どうしても時間がかかります」
魔物がいつ動くのかは分からない。
今は山を下りていない。
だが、それが明日も同じだとは限らない。
「呼びかけはします。できる限り戦力も集めます」
ヘイスは続ける。
「しかし、それを待って封鎖を遅らせるわけにはいきません」
「では、どうする?」
「特注の扉が届いた時点です」
ヘイスが答えた。
「その時までに集められるだけの戦力を集める。そして、扉が届き次第、封鎖作戦を実施します」
できる限りの戦力を集める。
それでも、時間をかけすぎない。
それが今回の方針となった。
「では、フローレからは誰を出す?」
誰かが尋ねる。
ヘイスは、少しも迷わず答えた。
「フローレからは、我が弟ローディンを出す」
ヘイスが続けた。
「ローディン……?」
村長の一人が顔を上げる。
「もしかして、『城壁のローディン』か?」
「ああ」
ヘイスは短く答えた。
「本人にも確認してある。参加するそうだ」
「それなら心強い」
別の町長も頷いた。
「あの男なら、前線を任せられるでしょう」
ローディンは、フローレでも名の知られたB級冒険者だった。
巨大な盾と大剣を扱う前衛の戦士。
魔術による身体強化に頼らず、自らの身体能力と技術だけで前線を支える。
その姿から、いつしか『城壁のローディン』と呼ばれるようになった。
「では、他の町や村からもC級以上を出してもらう」
ヘイスが話を進める。
「前線だけではなく、負傷者の搬送や治療、周囲の警戒も必要になります。戦える者だけを集めればいいわけではありません」
「分かりました」
「こちらからも人を出しましょう」
次々と声が上がる。
封鎖作戦の日程。
参加する冒険者。
周辺の警戒。
物資の準備。
話し合うべきことは多い。
それでも、一つずつ形が決まっていった。
そして最後に、封鎖後についても確認された。
「封鎖した後は、どうする?」
「ダンジョンそのものは閉じたままにします。ただし、管理については今後協議する必要があります」
今回のダンジョンは、フローレだけの問題ではない。
周辺の町や村も協力している。
だからこそ、封鎖後は地域全体で管理していくことになる。
安全に管理できるようになれば、将来的には資源の調査や利用についても話し合える。
協力した町や村にも、それぞれ利益がある。
今回の封鎖は、単なる危険の排除だけではなかった。
周辺地域にとって、共同で進める事業でもある。
「では、扉が届き次第、具体的な日程を決めるということで」
ヘイスが締めくくる。
集まった者たちは、それぞれ頷いた。
新たに発見されたダンジョン。
その封鎖に向けて、人々は動き始めていた。
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東の山。
ダンジョンのある湖を見下ろせる場所に、二人の冒険者がいた。
一人は、青い髪を後ろで束ねた若い女。
フィストリア。
以前、カナタと共にこのダンジョンの調査を行った冒険者の一人でもある。
短剣を腰に携え、周囲を警戒しながら湖の方を見ている。
もう一人は、彼女の隣に立つ大柄な男だった。
白い短髪。
兄であるヘイスとどこか似た、厳かな顔立ち。
ただし、その身体つきは兄とは比べものにならないほど大きい。
背中には、自身の身長にも匹敵する巨大な大剣。
その隣には、身体を覆い隠せそうなほどの大盾を背負っている。
ローディン。
フローレでも屈指の実力を持つB級冒険者だった。
「スコープアイ!」
フィストリアが口にする。
目の前に、大きな魔法陣が浮かび上がった。
その内側に、さらに小さな魔法陣がいくつも重なる。
それらは徐々に縮まり、重なり合いながら一点へと収束していく。
最後には小さくなった魔法陣が、フィストリアの目元へ吸い込まれた。
「……見えるっす」
「わざわざ技名を言う必要はないだろう」
「こっちの方が格好いいじゃないっすか」
「……そういうことを堂々と言えるのは、お前くらいだ」
「褒めてるっすか?」
「褒めてはいない」
ローディンは、それだけ答えた。
この世界では、魔術を使うために声を出す必要はない。
魔力を操り、術式を正しく構築できれば、それだけで魔術は発動する。
詠唱のように言葉を口にする者もいるが、それは魔術の発動に必要だからではない。
気分を高めるため。
格好をつけるため。
理由は人それぞれだった。
フィストリアも、その一人である。
「……昨日より増えてるっすね」
遠くに見える湖へ視線を向けながら、フィストリアが呟く。
湖の周囲には、様々な魔物が集まっていた。
森には、この山にもともと生息していた動物型や植物型の魔物。
湖の近くには、水辺を好む魔物。
そして、その中にはトロルやスライム、ウィルオウィスプ、ワームの姿も混じっている。
それらは一つの群れを作っているわけではない。
それぞれが異なる場所に散らばりながら、それでもダンジョンの周辺へ集まっていた。
「数も増えてるっすね」
ローディンは湖を見つめた。
「山にいた魔物まで集まっている、ということか」
「たぶん、そうっすね」
フィストリアは、しばらく湖を見つめる。
魔物たちは湖の周辺を徘徊している。
だが、水際まで近づくものは少なかった。
「……なんか、湖にはあまり近づかないっすね」
「溺れたくないだけだろ」
「そうっすかねぇ?」
フィストリアは首を傾げる。
それ以上は追及せず、再び湖の周囲へ視線を戻した。
「山を下りる様子は?」
「今のところ、ないっす」
「下手に刺激しない方がいいか……」
「そうっすね」
フィストリアが頷く。
魔物たちは、それぞれの生息域を徘徊している。
その数だけが、少しずつ増えていた。
「このまま増え続けたら、ちょっと面倒っすね」
「早く扉が届いてくれたら、こちらも動けるのだがな」
二人は再び湖を見つめる。
ダンジョン封鎖の日まで。
彼らは、この場所を監視し続けることになっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
この世界が主人公中心に回っていない、水面下の状況をうまく表現できていたら幸いです!




