第40話:腹を空かせた夜
調査といっても必要な情報は簡単なものだ。
まずは、周辺の情報を確認した。
山の上流から、かなりの高さを滝が落ちている。
水は勢いよく地面へ叩きつけられ、その先には大きな湖が広がっていた。
滝から流れ落ちた水が地面を削り、自然と形作られたものらしい。
湖は扇を逆さにしたような形をしている。
その水はさらに下流へと流れていた。
湖の周囲には、水際に沿うように土の地面が続いている。
人が数歩歩ける程度の幅だ。
そこから外側へ目を向ければ、木々が生い茂る山林が広がっている。
滝の裏側。
そこに、問題の洞窟がある。
道中にある魔鉱石やヒエリ草を通過する。
洞窟の壁が少しずつ変わり始める。
入口から少し離れた場所で足を止める。
俺たちは、魔力回路が作動する領域には近づかなかった。
「ここから先は、近づかないほうがいいんすよね?」
身体強化の魔術を使える冒険者が尋ねる。
「ああ」
俺は頷いた。
「その辺から、魔力回路が作動する可能性がある」
「分かったっす」
同行している冒険者が頷く。
瞳の前に魔術式が浮かび上がる。
大きな術式の内側へ、ひと回り小さな術式が重なる。
さらにその内側へ、もう一つ。
幾重にも重なった術式が、少しずつ縮んでいく。
やがて、それらは瞳の前へ収束した。
冒険者が目を細める。
「あぁ……確かに、魔力回路みたいな線が壁や床にあるっすねぇ」
少し息が混じった声で、見えたものを伝えてくる。
「それと、何か燃えかすみたいな……灰もあるっす」
「それは多分、俺が倒した魔物たちだ」
「なるほどっす」
冒険者が頷く。
「今までの情報は、カナタさんが話されていた通りですか……」
俺が灯りに使っている炎の魔術が、ノティの手元にある報告書を照らしている。
揺らめく明かりの中、ノティは報告書を書き記しながら言う。
「本格的にダンジョン封鎖の手筈を整えた方が良さそうですね。では、寸法を!」
「はい」
「おう」
同行していた別の冒険者が、洞窟の幅と高さを測り始める。
「横幅は一・二メートルほど。高さは……四メートルくらいでしょうか」
「それくらいで大丈夫でしょう」
ノティが頷く。
「では、これで調査は終わりですね」
身体強化の魔術を使っていた冒険者が、奥へ視線を向ける。
「……とにかく、早く離れましょうか」
「ああ」
俺たちは来た道を引き返した。
洞窟を出ると、森にいたスライムとワームに遭遇した。
どうやら、周辺を偵察していたらしい。
だが、他の冒険者が対応する。
身体強化の魔術で身体能力を高め、機動力を生かしてナイフを振るう。
もう一人は片手剣と盾を使い、攻撃と防御を切り替えていた。
二人が魔物を引きつけている間、もう一人は雷の魔術を放つ。
雷が魔物を貫き、一瞬にして撃破した。
魔術と近接を絡めるスタイル。
武器を使った近接戦闘を主体とするスタイル。
魔術のみを極める特化型。
戦い方は人それぞれだ。
俺は火球を飛ばして牽制する。
それだけで、戦闘はすぐに終わった。
さすがはC級以上の冒険者というところか。
とまぁ、こんな感じの調査を滞りなく終え、俺たちはフローレへ帰還した。
これらの情報をもとに、依頼組合が報告書をまとめる。
フローレの街の問題として役所を通し、王都にあるダンジョン協会本部へと送られる。
そこから先のことは、俺の預かり知るところではない。
夕方に帰るはずだった。
だが、街へ戻る頃には、建物や通りが灯りに照らされていた。
そんな中、俺は家へ戻る。
鍵を開け、家の中へ入る。
どうやらアマネは、自分のベッドで眠っていた。
体を丸め、お腹を押さえている。
目尻には、薄く涙が浮かんでいた。
俺は少しだけ、バツの悪そうな顔になる。
「アマネ」
傍へ歩み寄り、体に手を掛けて揺らす。
「んー……カナタさん」
「遅くなったな」
アマネが目を開ける。
そのまま、少しだけ俺に抱きついてきた。
「戻ってこないかと思いました」
「そんなわけないだろ」
俺はアマネを見る。
「俺は昔の時代から生きてきた人間だぞ。そう簡単には死なない」
「……そうでしたね」
「それより、腹減ってるか?」
アマネの手が、まだお腹を押さえていた。
「はい」
「じゃあ、麦の穂に行くか」
こうして俺たち二人は夜の街に消えた。
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遥か昔。
魔術師が、畏れられていた時代のこと。
曇天が、空を覆っていた。
まるで、この世界の行く末を憂うかのように。
大勢の人間が、俺を見ていた。
目の前には、処刑台のように高く造られた壇上がある。
その中央に、一人の男が跪いていた。
王だ。
王冠を被ったまま、両手を地面につけている。
周囲には、多くの兵士。
そのさらに外側には、集められた民衆がいる。
誰も、口を開かない。
いや、開けない。
逃げることも。
目を逸らすことも。
その場から立ち去ることさえも。
誰もが苦悶の表情を浮かべている。
見たくないのだろう。
それでも、誰一人として目を背けることはできない。
俺が、そうさせている。
誰もが、俺の前で動きを奪われている。
それでも、見ることだけはできた。
王が殺される、その瞬間を。
その姿を、その記憶を、決して忘れられないように。
俺は、王の前に立つ。
そして、男を見下ろした。
これから、この男を殺す。
それだけだった。
正義のためでもない。
復讐でもない。
ただ、試してみたかった。
王という、人間の頂点に立つ存在を。
俺の力だけで殺すことができるのか。
実際に、確かめてみたかった。
俺は、王を見下ろしたまま口を開く。
「跪け」
王の身体が動く。
両膝が、地面についた。
王冠を被った男が、俺の前に跪いている。
周囲の兵士たちは、立ったままだ。
民衆も同じだった。
誰も動かない。
逃げることも。
目を逸らすことも。
声を上げることもできない。
苦悶の表情を浮かべながら、ただ、その光景を見つめている。
その中で、王だけが跪いていた。
国で最も高い場所にいた男が。
誰よりも低い場所にいる。
俺は、王を見下ろす。
そして――
その首を、はねた。
王の身体が倒れる。
静寂が広がる。
その日。
俺は、名実ともにこの国の支配者となった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
主人公の過去の一部を差し込んでみました。




