第39話 その先にあるもの
夕焼けを帯びる空。
俺はフローレへ戻ってきた。
そのまま依頼組合へ向かう。
扉を開けると、受付にはノティがいた。
「お疲れ様です。今日は少し遅かったですね」
「ああ」
俺は受付へ向かう。
まずは、いつも通り依頼の処理を終わらせる。
翡翠色の鉱物を提出し、報酬を受け取った。
銅貨を収納袋へ入れる。
これで依頼は終わりだ。
だが、今日はもう一つ用事がある。
「ノティ」
「はい?」
「そのことについてなんだが、少し耳を貸してくれ」
ノティが首を傾げる。
そして、本当に耳をこちらへ向けた。
「……」
俺は手で口元を隠し、声を少し落とした。
「山の中腹にある滝なんだが、その裏に空洞がある」
「滝……の裏に空洞……ですか?」
ノティの表情が変わる。
「その先に、普通の洞窟とは違う場所があった」
俺は収納袋から、先ほど採取した魔鉱物を取り出す。
続けて、ヒエリ草も見せた。
「これも、その場所で見つけた」
「……」
ノティが魔鉱物を見つめる。
眉が僅かに動いた。
「これは……魔鉱物と、ヒエリ草ですね」
この情報を聞いただけなら、ただ、魔力の濃い場所の物資を聞いただけだ。
わざわざ、耳打ちする必要がない。
ノティの頬に一筋の汗が垂れる。
俺の言葉を待つように、黙っている。
俺は続ける。
「洞窟の奥へ進むと、少しずつ作りが変わっていった」
「……作り?」
「ああ」
最初は、普通の洞窟だった。
だが、奥へ進むほど壁や床が滑らかになっていった。
まるで、人の手で丁寧に整えられたような形だった。
「そして、その壁や床に魔力回路が施されていた」
「……」
ノティの目が大きく見開かれる。
「なッ!……まさか!」
ノティの声が小さくなる。
俺は頷いた。
「その先へ進んだところで、ダンジョンの防衛システムが起動した」
「ダン……ジョン、ですか?」
呟いた最後の言葉は、吐息混じりになっていた。
少し、時間が過ぎる。
この情報を整理するためか。
驚きで思考が停止したのか。
俺には分からない。
「だ、大丈夫でしたか!?」
「ああ」
「……よかった」
ノティが小さく息を吐く。
どうやら、少し心配していたらしい。
「少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ」
「ありがとうございます」
ノティは魔鉱物とヒエリ草を手に取る。
「先ほどのお話について、上司へ報告してきます。詳しいお話は、その後に改めて伺わせてください」
「分かった」
「では、少々お待ちください」
ノティはそう言って、受付の奥へ向かっていった。
しばらくして。
「カナタさん。こちらへお願いします」
ノティに声を掛けられた。
案内されたのは、依頼組合の奥にある部屋だった。
扉を開ける。
俺は軽く一礼する。
中には、一人の中年の男性がいた。
白い短髪に、鼻の下にほんの少し生やした白い髭。
厳かな雰囲気を纏っている。
椅子に座っているだけなのに、妙な貫禄があった。
「初めまして、かな」
男がこちらを見る。
「私はヘイス。この依頼組合の組長をしている」
「ああ、俺はカナタだ」
互いに名前を名乗る。
「3ヶ月ほど前、無記名の冒険者と呼ばれていた冒険者がいた。まさか、それが君だったとはね」
「そんなこともあったな」
「いつも依頼を受けてくれて助かっているよ」
「そうか」
「E級の頃から、依頼達成率は百パーセントだったそうだね」
「……そうだったか」
「依頼人からの苦情もない。仕事も丁寧だと聞いている」
ヘイスは小さく笑った。
「だから、無記名の冒険者だった頃から、組合では君の名前を知っている者も多かった」
「そうか」
「D級になってからも変わらない」
ヘイスは椅子に背を預ける。
「冒険者が依頼をこなしてくれる。街の人間は困りごとを解決できる」
「……」
「そういう積み重ねが、街の平穏を作っている」
ヘイスは窓の外へ目を向ける。
「依頼を任せられる冒険者がいるというのは、組合にとってありがたいことだよ」
「そうか」
「だからこそ――」
ヘイスがこちらを見る。
先ほどまでの穏やかな表情が、少しだけ消えていた。
「今回の話は、簡単には喜べない」
部屋の空気が変わる。
「ダンジョンが見つかった」
「ああ」
「そこには魔鉱物があり、魔物もいる。場合によっては、『遺物』と呼ばれるダンジョンから産まれた、武器、防具、装飾品なんかがある。上手く管理できれば、街にとって大きな財産になるだろう」
ヘイスは一度、言葉を切る。
「だが、それは無事にこちらの手で管理できればの話だ」
「……」
「ダンジョンは資源であると同時に、危険な場所でもある」
ヘイスの声が低くなる。
「下手をすれば、街を脅かすものにもなる」
俺は黙って聞いていた。
「だから、まずは確認しなければならない」
ヘイスは姿勢を正す。
「本当にダンジョンなのか」
そして、改めて俺を見る。
「君が見たものを、詳しく聞かせてもらえるか?」
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俺は頷き、説明を始める。
情報が抜け落ちて、途中で話を遮られても面倒だ。
分かりやすいように、順を追って話すことにした。
「山の中腹に、大きな湖がある。今回話すのは、その湖から流れ落ちている滝のことだ」
ヘイスが少し考えるように目を細める。
「……ああ、あそこの湖か。それで?」
「その滝の裏に、人が一人入れるくらいの大きさの洞窟があった。中は暗かったから、灯りを用意して、そのまま奥へ進んだ」
俺はその時のことを思い出す。
「道中で、魔力濃度の高い場所で生成される魔鉱物と、ヒエリ草を見つけた。この時までは、ただ魔力が溜まっている場所だと思っていた」
「……ふむ」
ヘイスは黙って聞いている。
「さらに奥へ進むと、途中から洞窟の作りが変わっていた。それまで壁や床は起伏が激しかった。だが、進むほど少しずつ滑らかになっていった」
「自然にできた洞窟とは違う。人の手で整えたような形だった」
「……」
「俺はそこで違和感を覚えて、少し観察することにした」
俺は続ける。
「壁や床をよく見てみると、そこには規則性のある細い線があった」
ヘイスの目が僅かに細くなる。
「魔力回路だ」
「ああ」
「それで?」
「それに気づいた直後だった」
俺は一度、言葉を切る。
「ダンジョンの防衛システムが起動した。俺を外敵と判断したのかもしれない」
「具体的には、何が現れた?」
「全部を見たわけじゃない。だが、トロル、スライム、ウィルオウィスプ、ワームなんかがいた」
「種族名までは分からないか」
「ああ」
ヘイスは顎に手を当てる。
「……なるほどな。それで、君はどう対処した?」
「対処したも何も、普通に倒した。それで終わりだ」
「普通に、か」
「ああ」
俺は頷く。
「その後、また防衛システムが起動すると面倒だから、そこで引き返した」
「そういうことか」
ヘイスはしばらく黙っていた。
「話は分かった」
ヘイスはしばらく考えていた。
「少なくとも、君がダンジョンだと判断した理由は十分理解できる。だから、本格的に防衛システムが起動する前に、一度内部を調べておきたい」
「ああ」
調査すること自体は、分かっていた。
だからこそ、俺はわざと火炎魔術を使い、魔物の灰を残すやり方を選んだ。
魔力回路も確認されれば、ダンジョン管理協会も動くだろう。
そこまでは想定していた。
だが――
「調査の後はどうする?」
「ダンジョンと外を隔てるための扉を設置する」
「扉?」
そこまでは知らなかった。
「オリハルコン製の扉を使う予定だ」
「……オリハルコンか」
オリハルコン。
鉱石の中でも最高峰の硬度を誇る、極めて希少な金属だ。
鉱山や、ダンジョンの深層にあるとされている。
思っていたより、ずいぶんと頑丈なものを使うらしい。
「入口は人一人が入れる程度だったな?」
「ああ」
「それなら、その大きさの扉に合わせた特注で、問題ないだろう。巨大な魔物が、そのまま通れるようなことも考えにくい」
ヘイスはそう言ってから、立ち上がる。
扉に手を掛け、部屋の外へ顔を向けた。
「ノティ!」
少し大きな声で呼ぶ。
しばらくして、忙しない足音が聞こえてくる。
勢いよく扉が開く。
「お呼びでしょうか?」
「今からカナタ君と、例の洞窟へ向かってくれるか?」
「今からですか?」
「ああ。時間を置きたくない」
ノティは少し驚いた様子を見せた。
「C級以上の冒険者を集めますか?」
「そうだ。ただし、今からすぐ動ける者でいい。C級でもB級でも構わん。三、四人ほど集めてくれ」
「分かりました」
「今回は攻略ではない。あくまで調査だ。必要以上に人数を集める必要もない」
ヘイスはノティを見る。
「それと、お前なら先ほどの話を聞いているな」
「はい」
「なら、説明に時間をかける必要もない。君に任せる」
「承知しました」
ノティが頷く。
「ダンジョンへの立ち入りは、原則としてC級以上の冒険者に限られている」
ヘイスが続ける。
「C級は、組合から正式に一人前と認められた冒険者だ。ダンジョンのような危険な場所へ入るには、それだけの実力が必要になる」
「……」
「ただし、一人前の冒険者が同行し、その者たちに十分な護衛能力があると組合が判断した場合は、D級を一人程度まで連れていくことが認められている」
ヘイスは俺を見る。
「今回は攻略ではない。あくまで調査だ。それに、君はすでに内部を確認している」
「……」
「C級以上の冒険者を複数同行させるなら、君を連れていくことに問題はない」
「そういうことになるが、カナタ君も協力してくれるかい?」
「……ああ」
「助かるよ」
ヘイスは頷く。
「では、ノティ。入口の寸法を測り、周辺の状態も確認する。必要な情報を持ち帰ってくれ」
「はい」
「本格的に防衛システムが起動する前に、できるだけ早く頼む」
「お任せください」
ノティが部屋を出ていく。
予定外の仕事が増えた。
正直、面倒だ。
だが、仕方ない。
ダンジョンを見つけた以上、放っておくわけにもいかない。
(……これが、普通なんだろうな)
俺は今までと同じように、できることをするだけだ。
それに、本格的に防衛システムが起動する前に調べておいた方がいい。
「俺も出るわ」
「ああ。頼んだよ」
俺は部屋を出る。
廊下を歩きながら、ふと時計が目についた。
時間を確認する。
思っていたより遅くなっている。
(……夕食も遅くなりそうだな)
アマネは、もう腹を空かせているかもしれない。
いつもなら、そろそろ食事を用意する頃だ。
(あまり待たせなければいいが)
そんなことを考えながら、俺は依頼組合の入り口で待機する。
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【設定】
「魔力溜まり」
世界には、場所によって魔力の濃度に差がある。
その中でも魔力が蓄積している場所を、便宜上「魔力溜まり」と呼ぶ。
魔力溜まりは以下のような場所で形成されることがある。
・森の奥
・山間部
・洞窟
・ 人がほとんど立ち入らない場所
・地下深く
ただし、魔力が濃い場所=必ず魔物が発生するというわけではない。
魔力が濃い場所では、魔力の影響を受けた鉱物や薬草などの資源が存在しやすく、魔物も発生・生息しやすい傾向があるものの、発生条件にはまだ解明されていない部分が多い。
「ダンジョン」
ダンジョンは、長期間にわたって極端に魔力が集中・固定化した場所。
通常の魔力溜まりとは異なり、魔力がその場所に極端に集中し、強く定着している。
その影響によって、以下のような通常とは異なる環境が形成される。
・特殊な地形が形成される
・地下空間が形成される
・魔物が生息する
・特殊な鉱石や素材が存在する
・通常の環境では見られない魔物が存在する
・『遺物』と呼ばれる武器、防具、装飾品など、いわゆる「お宝」が眠っている
「ダンジョンへの立ち入り」
ダンジョンは危険性が高いため、原則としてC級以上の冒険者に立ち入りが認められている。
この立ち入り条件は、依頼組合とダンジョン管理協会の取り決めによって定められている。
ただし、例外も存在する。
・ C級以上の冒険者が複数同行し、十分な護衛能力があると判断された場合
・ C級以上の冒険者が一人でも、十分な護衛能力を持つと判断された場合
これらの場合、D級冒険者を一人程度まで同行させることができる。
このような場合には、原則となるC級以上という条件に当てはまらなくても、立ち入りが認められることがある。
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