↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
第二章 『』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/43

第42話 動き出す街

 紙をめくる音が、部屋の中に響いていた。


 俺は机に向かい、目の前に置かれた本を書き写している。


 依頼で受けた写本だ。


 一枚ずつ紙を確認し、文字を書き写していく。


 派手さはない。


 ただ、こういう作業は嫌いではなかった。


 しばらくして、一度筆を置く。


 書き写した紙を確認する。


 文字の間違いはない。


「……こんなものか」


 小さく呟いて、背もたれに身体を預ける。


 窓の外から、街の音が聞こえていた。


 いつも通りの日常風景。


 冒険者になったのは、金を稼ぐためだった。


 正確には、何もせずに過ごしているよりはいい。


 そんな程度の理由だった。


 別に生活に困っていたわけではない。


 以前、預金をしたときに自分の所持金を確認した。


 思っていたよりも、かなりの額があった。


 特段、贅沢な生活を送っているわけでもない。


 それからも依頼をこなすたび、少しずつ金は増えている。


 依頼の副産物として手に入れた薬草や魔物の素材でも、金が増える。


 そして、その金を使う。


 そんな日銭を稼ぐサイクルが、いつの間にか染みついていた。


 こうして写本をしている今も同じだ。


 (……しばらく休んでもいいのかもしれない。)


 金に困っていないのなら、無理をして働く必要もない。


 冒険者なのだから、依頼を受けるかどうかも自分で決められる。


 そう考えると、筆を持つ手が少しだけ止まった。


「カナタさん」


 声に顔を上げる。


 アマネが竈の前に立っていた。


「どうした?」


「お茶を淹れました」


「ありがとう」


 アマネが机の横へやってくる。


 湯気の立つカップが、目の前に置かれた。


「休憩にしますか?」


「ああ。そうするか」


 俺は筆を置いた。


 カップを手に取る。


 乾燥させた薬草を煮出しただけのものだ。


 口に含むと、独特の苦みと渋みが広がる。

 

 少しだけ舌を刺激するような風味もある。


 紅茶やコーヒーほど香りが強いわけではない。

 

 けれど、これはこれで悪くない。


 喉を通ったあと、薬草の香りがわずかに残った。


 温かい。


 アマネも竈の火を消し、自分のカップにお湯を注ぐ。


 俺の向かいの椅子へと座り、ゆったりとする。


「お菓子もありますけど、いかがですか?」


「俺はいらない」


「分かりました」


 アマネは小走りで、部屋の隅に置かれた木箱へ向かう。


 食料を入れている箱だ。


 その中から、蜂蜜と砂糖を使ったクッキーを取り出す。


 戻ってきたアマネは、それを自分の前へ置いた。


 そして、薬草茶を一口飲んでから、クッキーを齧る。


 小さな音がした。


 サクッ、サクッ。


 アマネの顔が幸せそうに、少し頬が緩む。


 甘い物が好き。

 

 その嗜好通り、甘い物を食べるアマネの顔は、他の料理を食べている時よりも分かりやすく表情に出る。

 

 俺は再び筆を動かす。


 こういう時間も、悪くない。


 窓から入る風も、今日は穏やかだった。


 特に予定はない。


 写本が終われば、依頼組合へ持っていく。


 その後は買い物でもして、家に戻る。


 そんな一日になるはずだった。


 ――そのとき。


 外から、普段とは違う音が聞こえた。


「……?」


 アマネが窓の方を見る。


 俺も耳を澄ます。


 人の声。


 一人ではない。


 何人もの声が重なっている。


 遠くから聞こえてくるため、内容までは分からない。


「何かあったのでしょうか?」


「さあな」


 窓の外を見る。


 街の様子は、まだ見慣れたものだった。


 ただ、声だけが少しずつ大きくなっている。


 やがて、家の前を人が通り過ぎていった。


「飛竜だってよ!」


「王都から来たらしいぞ!」


「こんな街に飛竜が来るなんてな……」


 そんな声が聞こえる。


 アマネが俺を見る。


「飛竜……」


「ああ」


 少し気になったらしい。


 アマネは窓の外へ視線を向けたまま、しばらく黙っている。


「見に行くか?」


「はい」


 返事は早かった。


 俺たちは家を出た。


 通りへ出ると、先ほどよりも人が増えていた。


 皆、同じ方向へ向かっている。


 普段とは違う。


 何かあったらしい。


 俺とアマネは、人の流れに沿って西門へ向かった。


 近づくにつれて、人の声が大きくなる。


「あれが飛竜か! 生で見るの初めてだ!」


「魔物だなんて……。人を襲ったりしないの?」


「王都にあるっていう飛竜運送じゃないか?」


「ってことは、結構な金を払ったんだろうな」


「それより、あの女の人……」


 興奮した声。


 不安そうな声。


 勝手な推測。


 そして、別のところに興味を向ける声。


 様々な声が飛び交っていた。


 西門へ着く。


 門の内側には、多くの住民が集まっていた。


 その向こう。


 門の外側に、大きな翼が見える。


 人混みの隙間から、その姿が少しずつ見えてきた。


 二本の後脚にある、黒光りする鋭い爪。


 大きな翼には、骨格が浮き彫りになった皮膜が張っている。


 蛇を思わせる長い首と尾。


 一枚一枚が独立しているかのように、鋭く逆立った緑色の鱗。


 一頭の飛竜が、西門の外側に降り立っていた。


 その背には、二人の人物がいる。


 門の前では、数人の衛兵が彼らに対応していた。


 その中には、以前、俺たちがフローレへ入る際に対応してくれた門番の姿もある。


 衛兵が何かを確認している。


 身分証だろうか。


 話を聞いている衛兵の顔には、わずかに驚きが浮かんでいた。


 しばらくして、一人の衛兵が頷く。


「少々お待ちください。町長を呼んできます」


 そう言うと、衛兵は門の内側へ向かって走り出した。


「すみません、通ります!」


 声を上げながら、人混みを進んでいく。


 住民たちは衛兵に気づくと、左右へ避けた。


「おっと」


「通してやれ」


「町長を呼びに行くんだってよ」


 人の間に、一本の道ができる。


 衛兵はその道を抜け、そのまま街の奥へと走っていった。


「……何が来たんでしょうね」


 隣で、アマネが飛竜を見上げている。


「王都から来たらしいな」


「そうなんですか?」


「たぶんな」


 俺も飛竜へ目を向ける。


 その首元には、紋章が刻まれていた。


 登録された運用個体であることを示す、識別用の紋章らしい。


 野生の魔物ではない。

 

 人の管理下にある飛竜だということは分かった。


 それにしても、大きい。


 希少な魔術として分類されている、魔従の魔術。


 魔物を従わせ、魔力によってその潜在能力を引き出す魔術。


 魔物を従わせるだけなら、俺にもできる。


 支配の魔術でも、魔物を従わせることは可能だ。


 ただ、魔従の魔術とは本質が違う。


 魔力を与え、その魔物が持つ力を引き出す。


 そういうことは、俺の支配の魔術にはできない。


 もっとも。


 俺にとっては、それが不便だったことはない。


 相手の力を引き出さなくても、持っている力をそのまま使わせればいい。


 そういう魔術だからだ。


 そんなことを考えていると、再び人の声が聞こえた。


「失礼します。通してください」


 先ほどよりも大きな声だった。


 振り返る。


 衛兵が町長を連れて戻ってきていた。


 二人は、人混みの中を進んでくる。


「ちょっと、どいてくれ」


「町長さんだ」


「ほら、道を開けろ」


 住民たちが左右へ避ける。


 町長と衛兵が、その間を抜けていく。


 やがて二人は門の前まで辿り着いた。


「遠路はるばる、ご足労いただきありがとうございます」


 町長が二人へ頭を下げる。


 近くで見ると、一人は飛竜を扱う者らしい。


 背の低い老人だった。

 

 馬のような長い耳と、腰から伸びた尾が目を引く。


 顔の大半を覆うような太い髭と、濃い眉毛。

 

 そのせいで目元はほとんど見えない。


 どこか近寄りがたい雰囲気がある。


 もう一人は女性だった。


 冒険者らしい装備ではない。


 身なりも整っていて、腰には依頼組合の職員が持っているものと似た身分証が下がっている。


 ただ、堅苦しい印象はない。


 町長に向けて、柔らかく頭を下げた。


「こちらこそ。急な訪問になってしまって、すみません」


「いえいえ。こちらから要請したことですので」


 町長が笑う。


「王都からここまで飛竜で来るとなると、大変だったでしょう」


「飛竜が頑張ってくれましたから」


 女性がそう答えると、隣の老人が小さく息を吐いた。


「ほれ、肉じゃよ」


 老人は飛竜へ近づく。


 携えていた鞄を開き、中から生肉を取り出した。


 飛竜へ差し出す。


 大きな口が開く。


 肉が咥えられ、そのまま一口で飲み込まれた。


「……すごい」


 アマネが小さく呟く。


 飛竜はもう一度、老人の方へ頭を向ける。


「相変わらず食いしん坊じゃのう」


 老人はそう言って、もう一切れの肉を取り出した。


 飛竜がそれを咥える。


 どうやら、到着したばかりの飛竜を休ませているらしい。


「では、詳しい話はこちらで」


 町長が女性へ声をかける。


「はい。お願いします」


 女性は頷いた。


 二人はそのまま、町長と衛兵に案内されて街の中心部へ向かっていく。


 老人は飛竜のそばに残った。


 俺はその様子を眺めながら、ふと女性が持っている収納袋へ目を向けた。


 空間魔術が施された収納袋。


 けれど。


 少し前に、ヘイスから聞いた話が頭をよぎった。


 ダンジョンの封鎖。


 そのために用意される、オリハルコン製の扉。


 王都から派遣される人員。


「……来たか」


 小さく呟く。


「カナタさん?」


「いや」


 俺は首を横に振った。


「そろそろ始まるのかもしれないな」


 アマネは意味を尋ねることなく、もう一度、街の中心へ向かう女性の姿を見た。


 その日のうちに。

 

 依頼組合を通じて、正式な知らせが街へ広がった。


 王都にあるダンジョン管理協会本部から、封鎖作戦に必要な物資が届いた。


 オリハルコン製の扉。

 

 それに付随する設備。


 そして、作戦の詳細も正式に伝えられた。


 フローレの街が、少しずつ慌ただしくなっていく。


 誰かが前線へ向かう準備を始める。


 誰かが物資を集める。


 誰かが避難場所の準備をする。


 街のあちこちで、人が動き始めていた。


 俺は、その様子を少し離れたところから眺めていた。


 最初は、自分には関係のない話だと思っていた。


 写本をして。


 依頼をこなして。


 いつも通りの日々を過ごす。


 それだけのつもりだった。


 けれど。


 どうやら、そう簡単にはいかないらしい。


 俺は作戦の指揮を執る立場ではない。


 街全体を動かす必要もない。


 ただの一冒険者だ。


 必要になった場所で、必要なことをする。


 それだけでいい。


 そうして、フローレの日常は。


 静かに、次の日常へと形を変え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。