第36話 女の子の必需品②
私は一組の下着を選んでみた。
どちらも小さな赤いリボンが付いた、可愛らしいものだ。
「せっかくなので、鏡で見てみましょうか」
「鏡ですか?」
「はい。実際に身につけた時の雰囲気を確認できますよ」
店員さんに声をかけると、試着用の場所に案内された。
衛生面に配慮されているらしく、試着の際には専用のカバーを使うことになっている。
私は教えられた通りにして、鏡の前に立つ。
「……」
鏡に映った自分を見る。
いつもとは少し違うものを身につけている。
なんだか不思議な感じがした。
「どうですか?」
ラフィアさんが尋ねる。
「……可愛らしくて好きです」
「ふふ。よかったですね」
試着を終え、次の商品を見る。
「これはどうでしょう?」
ラフィアさんが手に取ったのは、淡い緑色のものだった。
小さな蔓の模様が入っている。
「これも好きです」
「では、これも候補にしましょう」
次に見つけたのは、淡い水色のもの。
小さな花の模様が入っている。
「これも可愛いですね」
「アマネちゃんは、こういう淡い色が好きなんですね」
「はい」
その次は白いものだった。
「これも気に入りました」
「では、こちらもですね」
いくつかの商品を見比べる。
色や模様だけではなく、布の感じも少しずつ違っていた。
気になったものは、実際に確認していく。
そして、鏡で確かめる。
どれも気に入った。
その中から、特に好きなものを選んでいく。
「これにします」
小さな赤いリボンのある白色のもの。
小さな蔓の模様が入った淡い緑色のもの。
花の刺繍が施された淡い水色のもの。
淡い紫色のもの。
そして、純白の無地のもの。
どれも淡く、控えめなものばかりだ。
私は選んだものを見て、これでいいと思った。
五組を選び終える。
「こちらでよろしいですか?」
店員さんが尋ねる。
「はい」
店員さんが値段を確認する。
「一組、銅貨六枚になります」
「六枚……」
私は考える。
一組が銅貨六枚。
それが五組。
「六枚が五つ……三十枚です」
「はい。全部で銅貨三十枚になります」
私は自分の持っている銅貨を見る。
三十枚。
カナタさんからもらった分と、ちょうど同じだった。
「これで、全部ください」
私は銅貨を一枚ずつ数えて、店員さんへ渡す。
「はい。ありがとうございます」
店員さんがお金を受け取る。
そして、選んだものを包んでくれた。
「こちらになります」
「ありがとうございます」
私は包みを受け取る。
自分で選んだもの。
自分で値段を計算して、自分で買った。
少しだけ、嬉しかった。
「よかったですね、アマネちゃん」
「はい」
ラフィアさんが微笑んでいる。
私は店の入口を見る。
カナタさんは、まだ戻ってきていない。
「カナタさん、まだですね」
「そうですね」
ラフィアさんも入口へ目を向ける。
「もう少しかかるかもしれませんね」
「はい」
少し待ってみる。
けれど、カナタさんは戻ってこない。
ラフィアさんが店内を見回した。
「……せっかくですし」
「?」
「私も少し見てみましょうか。私も新調しようか考えていましたので」
「そうなんですか?」
「はい」
ラフィアさんは大人用の棚へ歩いていく。
私はその後についていく。
さっきまで見ていた棚とは違い、こちらには大人用の商品が並んでいる。
子供用とは、形そのものが違っていた。
私は、その中の一つを見る。
「これは……」
見覚えがあった。
「これ、知っています」
「そうなんですか?」
「はい。前に見たことがあります」
奴隷だった頃。
周りにいた大人の女性が、同じようなものを身につけていた。
けれど、それが何なのかは知らなかった。
「それはブラジャーですね」
「ブラジャー?」
「はい。大人用の上の下着です」
私は、さっきまで見ていた子供用の下着を思い出す。
子供用には、キャミソールと呼ばれる、肩紐の付いた上着のような形のものが多かった。
「どうして、形が違うんですか?」
「特に胸の成長に合わせて、こういう形の下着が必要になるんですよ」
「そうなんですか」
私は棚を見る。
同じブラジャーでも、大きさがいくつかに分かれている。
形も、一つ一つ違っている。
胸をしっかり覆うように作られたもの。
上の部分が浅く作られたもの。
肩紐が細いものや、紐の付き方が違うものもある。
布地も様々だった。
細かな刺繍が入っているもの。
縫い目が目立たないもの。
透けているように見えるもの。
ところどころに穴が開いているものもある。
中には、布地が少なく、細い紐のような部分だけで形を作っているものもあった。
「……色々ありますね」
「そうですね」
ラフィアさんが頷く。
「人によって身体に合うものが違いますし、着る服によって選ぶものも変わりますから」
「なるほど……」
私は棚を見ていく。
その中に、特に気になるものがあった。
今まで見ていたものとは、少し形が違う。
「これは……?」
「はい?」
「これも、肌を守るためのものなんですか?」
ラフィアさんが商品を見る。
「……」
ラフィアさんの動きが、少し止まった。
「ええと……」
ラフィアさんは頬を少し掻き、視線を逸らした。
「まあ……そういう使い方をするものもあります」
「そうなんですか?」
「はい」
ラフィアさんは、それ以上は何も言わなかった。
私は商品を見る。
形は分かる。
けれど、どうしてこういう形になっているのかは分からない。
「下着って、色々な形があるんですね」
「そうですね」
ラフィアさんが少し困ったように笑う。
「大人になると……まあ、色々あるんですよ」
「色々……」
「はい」
私は頷く。
まだ知らないこともある。
けれど、今はそれでいいのだと思った。
「そ、そんなことより!」
ラフィアさんが、少し慌てたように声を上げる。
「私も選んでみましょうか」
「はい」
ラフィアさんは棚へ向かう。
いくつかの商品を手に取って、見比べている。
「これなんか、よさそうですね」
「そうなんですか?」
「ええ。試してみます」
ラフィアさんが商品を持って、試着用の場所へ向かう。
私も後を追う。
「アマネちゃんは、ここで待っていてくださいね」
「分かりました」
しばらくすると、ラフィアさんが出てきた。
きめ細やかなレースがあるワインレッドを着けている。
「これ……どうでしょう?」
ラフィアさんが少し恥ずかしそうに尋ねる。
私はラフィアさんを見る。
普段着ている服とは違う、女性向けの衣類。
色も形も、ラフィアさんによく似合っているように見えた。
「似合っていると思います」
「本当ですか?」
「はい」
「よかった」
ラフィアさんが鏡を見る。
少しだけ姿勢を変えながら、確認している。
「これなら大丈夫そうですね」
「はい」
ラフィアさんは鏡を見ながら、しばらく考えていた。
「母も、こういうものを選ぶときは大変だったみたいです」
「そうなんですか?」
「ええ。私よりもずっと大きかったので」
「そうなんですね」
「昔からそうでしたよ」
ラフィアさんが少し笑う。
「私が母の服を借りようとしても、大きすぎて合わなかったんです」
「なるほど……」
私はラフィアさんの話を聞く。
家族でも、身体の大きさは違うらしい。
そんな話をしていると、店の奥からカラン、と音が聞こえた。
「……?」
私は音のした方を見る。
誰かが店に入ってきたようだった。
「いらっしゃいませ」
店員さんの声が聞こえる。
そのあと、少し離れたところで話をしている声が聞こえた。
何を話しているのかまでは、よく聞こえない。
やがて、
「でしたら、こちらです」
店員さんの声がした。
足音が近づいてくる。
ラフィアさんも、音の方へ顔を向けた。
やがて、通路の向こうから店員さんが姿を見せる。
その後ろに、カナタさんがいた。
「あ……」
ラフィアさんの動きが止まった。
カナタさんがこちらを見る。
そして、ラフィアさんを見る。
「……いたな」
それだけ言うと、カナタさんは踵を返した。
「……」
ラフィアさんは、しばらく何も言わなかった。
やがて、ゆっくりとカーテンを閉めた。
「ラフィアさん?」
「……はい」
「どうしました?」
「いえ……なんでもありません」
そう言ったラフィアさんの声は、少し上ずっていた。
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俺が待っていると、試着室からアマネとラフィアの二人がやって来た。
「お、お待たせしました」
ラフィアは、どことなくよそよそしい。
その手には、先ほど選んだ品物が包まれている。
会計を済ませると、ラフィアは包みを自分の収納袋へ入れた。
アマネは、自分の包みを抱えている。
「どうやら買えたようだな」
「はい。お金は全部使っちゃいましたが、ちゃんと買えました」
「よかったじゃねぇか。それと、アマネに渡す物がある」
俺は収納袋を漁り、一つの革製品を取り出す。
なめしてある、赤茶色の革財布。
「これは?」
「アマネの財布だ。今後、こうやってお金を預ける機会もあるかもしれないからな」
俺は自分のズボンのポケットから、もう一つ財布を取り出す。
黒色の革財布だ。
「俺のもちゃんと買ってある」
二つの財布を並べて見せる。
どちらも作りは似ている。
「お揃いですか?」
ラフィアが二つの財布を見て尋ねる。
「同じ店で買ったからな」
「ふふ。そうですね」
ラフィアが微笑む。
「アマネ。これはお前が使うものだから、自分で管理するんだ」
「はい」
アマネは赤茶色の財布を両手で受け取った。
「大事に使います」
「ああ」
アマネは財布を大切そうに抱える。
これで買い物も終わった。
「そろそろ帰るか」
「はい」
三人で店を出る。
家へと歩き始めるところで、アマネが小さく口を開いた。
「あの……」
「なんだ?」
「少し、お腹が空きました」
「もうか?」
「……はい」
アマネは少し考える。
「何か、食べたいです」
「朝飯を食べてから、そんなに経ってないぞ」
「そうなんですけど……」
アマネが少しだけ視線を逸らす。
「クレープとか……」
「またクレープか?」
「……好きなので」
アマネが小さく答える。
お腹が空いているのか。
それとも、ただクレープが食べたいだけなのか。
俺にはよく分からなかった。
「まあ、軽く食べるくらいならいいか」
「はい!」
アマネの顔が少し明るくなる。
「ラフィアはどうする?」
「それってカナタさんの奢りですか?」
今回の買い物は、俺には分からないことが多かった。
特にアマネの身につけるものについては、俺が詳しく知っているわけでもない。
だから、今回もラフィアに任せた。
勉強を教えるときもそうだった。
俺にはできないことを、ラフィアがやってくれている。
それなら、これくらいの礼はしておいてもいいだろう。
「ああ」
「やった!」
ラフィアが嬉しそうに笑う。
「じゃあ、どんなクレープを食べましょうか? アマネちゃんは何かありますか?」
「んー……」
アマネが少し考える。
「前に食べた、あんこの入ったものがいいです」
「食べ放題の時のですか?」
「はい。美味しかったので」
「そうですか」
ラフィアが微笑む。
「じゃあ、それにしましょうか」
「はい!」
俺たちは、軽くクレープを食べてから帰ることにした。




