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支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
第二章 『』

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第34話 明日の気まぐれ挟みパン

 昼食を終え、帰り道にクレープを買った。


 アマネは嬉しそうにクレープを受け取る。


「ありがとうございます」


 クレープを食べながら、二人で家へ戻った。


 家に着くと、アマネは今日買った本を出してほしいと、せがんできた。


 絵本と図鑑。


 さっそく読むらしい。


 俺は寝台に横になる。


 特にすることもない。


 依頼は終わっている。


 用事も済ませた。


 少しくらい、何もしなくてもいいだろう。


 俺は目を閉じた。


 ……。


「……カナタさん」


 声が聞こえる。

 

 ……。

 

「カナタさん」


 もう一度、声がした。


 目を開ける。


 アマネがこちらを見ていた。


「どうした?」


「……お腹が空きました」


「そうか」


 俺は窓の外を見る。


 いつの間にか、空が夕焼けに染まっていた。


 思ったより長く寝ていたらしい。


 俺は立ち上がる。


「少し寄り道する。解体屋と依頼組合に行く。すぐ終わる」


 俺はアマネに鍵を掛けるように頼み、外へ出て、荷車を引いてくる。


 アマネは鍵を返し、歩き始める。


「……あの」


「なんだ?」


「前から思っていたんですけど」


 アマネは俺の腰にある収納袋を見る。


「収納袋があるのに、魔物の素材を荷車で持って帰るのはどうしてですか?」


「肉を入れたくないからだ」


「解体するときに血抜きはされるが、全部なくなるわけじゃない。皮袋に入れても、少しは染みる。それに、肉の匂いも残る。わざわざ収納袋の中に入れる必要はない」


 収納袋には、普段使う金や日用品も入っている。


 肉を入れて、生臭い匂いまで移るのは避けたい。


「腐っていなければ、死体はいい。早めに処理できる目処があるなら、腐敗が進む前に出せばいいから問題ない」


「私と初めて会ったときは、魔術で魔物を解体していませんでしたか?」


「ああ。そういえばそうだったな」


「ここではやらないんですか?」


「できる」


「だったら……」


「簡単だ。すぐ終わる」


 俺は荷車を引きながら答える。


「だが、全部を自分でやる必要はない」


「誰かに任せるんですね」


 解体屋に頼めば、金を払うだけで済む。


 自分でやるより楽だ。


 できることでも、任せられるなら任せればいい。

 

「その方が楽だからな」


「ふふっ」


 アマネが小さく笑う。


「やっぱり、そこなんですね」


「ああ」


 俺は荷車を引き続ける。


 解体屋へ着く。


 俺は荷車を引いたまま、中へ入った。


「ソギ」


「おう。来たか」


 ソギがこちらを見る。


「頼んでいたものを取りに来た」


「ああ。終わってるぞ」


 ソギは奥へ向かう。


「グラスボア十四体分だ。肉と毛皮、それから魔石も分けてある」


 奥には、解体された魔物の素材が並べられていた。


 肉、毛皮、魔石。


 それ以外にも、骨や牙、脂などが綺麗に分けられている。


 アマネがそれらを眺めている。


「骨はどうするんですか?」


「砕いて骨粉にする。畑なんかで使うんだよ」


 ソギが答える。


「畑にですか?」


「ああ。肥料として使うんだよ」


 アマネは別の場所を見る。


 そこには、白く固まった脂がいくつも並べられていた。


「脂だ」


「脂……」


「料理に使ったり、石鹸にしたりする。加工するところに売るんだよ」


 アマネは少し驚いたように素材を見る。


「これも捨てないんですね」


「使えるものはちゃんと活用するのが、基本だからな」


 ソギは当たり前のように答えた。


「売れるものは売る。使えるものは使う。どうにもならないものだけ捨てる」


 アマネはしばらく素材を眺めていた。


 俺は必要なものを確認する。


「肉と毛皮、魔石をくれ」


「おう」


 ソギが素材を荷車へ積んでいく。


「骨と牙は?」


「いらない。自分の金にでも変えておけ」


「サンキュー! じゃあ、こっちで処理しておく」


「ああ」


 ソギが素材を片付ける。


 俺は解体代を支払う。


 これで終わりだ。


「助かった」


「また持ってこい」


「ああ」


 俺は荷車を引いて、解体屋を出る。


 アマネは手を振り、ソギも同じように返す。


 次は依頼組合だ。

 

 建物の前まで来ると、荷車を入口の脇へ寄せる。


 毛皮と魔石を三つずつ用意する。


「ここで待っていてくれ」


「はい」


 アマネを残し、俺は中へ入る。


 受付にはノティがいた。


「お疲れ様です」


 軽く頷き、受付へ向かう。

 

「昼に言っていた毛皮と魔石、持ってきたぞ」


 俺はそれぞれ三つを机に置く。


「確認しますね」


 ノティが毛皮と魔石を確認する。


「……状態は問題ありません。では、依頼達成として処理しますね」


 報酬を受け取る。


「ありがとうございます」


「ああ」


 俺は依頼組合を出る。


 それだけの短いやりとり。


 アマネと合流し、荷車を引き始める。


「じゃあ、飯食いに行くか」


「やった」


 アマネが嬉しそうに笑う。


 しばらくして、見慣れた店が見えてきた。


 麦の木。


 木製の看板には、麦の穂と大きな木が描かれている。


「おう、来たか」


 ガルドが大きな鍋をかき混ぜていた。


 鍋の中では、スープがぐつぐつと煮えている。


 今日は、ニラと卵のスープらしい。


 外では数人の客が、料理を待っている。


 店内は、一人で食事をしている客が少しいる程度だった。


「荷車、店の前に置いていいか?」


「ああ。そこに置いといてくれ」


 ガルドが店の横を指差す。


「分かった」


 俺は指定された場所に荷車を置き、店内に入る。


「ガルド、いつもの頼む」


「あいよ」


 ガルドは手を止めずに答え、厨房に大声で注文内容を伝える。


 アマネと一緒に、いつもの席へ向かう。


 席に着く。


 アマネも椅子に座った。


 少し待っていると、厨房から料理の運ばれてくる音が聞こえてきた。


「ご注文の挟みパンとサラダね。あなた、スープを用意して」


 ミレアが料理を運んできた。


「あいよ」


 ガルドは鍋からスープをよそい始める。


「ガルドさん、今日も忙しそうですね」

 

「ああ。ありがたいことだ」

 

「ふふ。そうね」


「ほら。スープだ」


 ガルドが二つの木椀を持ってくる。


「いただきます」


 アマネが挟みパンを手に取る。


 俺も同じように食事を始める。


「ミレア、悪い。ちょっとスープ見ててくれ」


「分かったわ」


 ミレアが鍋の前に立ち、入れ替わるようにガルドはこちらへ歩いてくる。


「カナタ」


「なんだ?」


「そういや、荷車に積んである肉。あれ、どうするんだ?」


「肉か?」


「ああ。結構な量があるだろ」


 ガルドが店の外へ目を向ける。


「食べる分だけ食べて、あとは干し肉にする予定だ」


「そうか」


 ガルドは少し考える。


「それならよ、少し店に売ってくれないか?」


「店に使うのか?」


「明日の気まぐれ挟みパンにな」


 店主の気まぐれ挟みパン。


 その日の仕入れやガルドの判断によって、中身が変わる。


 安く仕入れられた肉や、少し傷のついた野菜。


 そこにソースやチーズ、卵など、その日に使えそうなものを組み合わせて作る。


 通常の挟みパンより具材が多く、食べ応えもある。


 値段は銅貨五枚。


「ちなみに、どのくらいあるんだ?」


「グラスボア十四体分だ」


 ガルドが呆れたように笑う。


「荷車いっぱいに積んであるから、結構な量だとは思ってたが……十四体分とはな」


 荷車には、肉の入った皮袋がいくつも積まれている。


 解体屋では、肉は扱いやすいようにいくつかに分けてまとめられていた。


 袋の大きさは、どれもほとんど同じだ。


「一袋で一体分くらいか?」


「たぶん」


「じゃあ、ちょっと一つ借りていいか?重さを見たい」


「分かった」


 ガルドは外の荷車から一つを取りに行き、店の奥へ向かう。


 厨房に置かれていた台秤へ、皮袋を載せる。


 針がゆっくりと動く。


 ガルドが戻ってくる。


「五kgくらいだったぞ」


「一袋で五kgか……。十四体分で七十kgくらいか」

 

「計算早いですね」


 アマネが小さくこぼした。


「じゃあ、十体分くらいもらえるか?」


「構わない」


「お前さんはどのくらい使うつもりだったんだ?」


「俺達の消費ペースじゃ、一体分あればいい」


「そうか。じゃあ、残りも買うぞ」


「いいのか?」


「ああ。使わねえなら、うちで使わせてもらう」


「いくら出す?」


「そうだな……」


 ガルドは少し考える。


「一体分につき、銅貨二十枚でどうだ?」


 十三体分なら、銀貨二枚と銅貨六十枚。


 悪くない金額だ。


 何より、ここで売ってしまえば自分で別の店を探す必要もない。


「それでいい」


「本当にいいのか?」


「ああ」


「じゃあ、十三体分で銀貨二枚と銅貨六十枚だな」


「分かった」


 ガルドは銀貨と銅貨を取り出す。


 俺は受け取った金を収納袋へ入れる。


「肉はこっちに入れとくぞ」


「ああ」


 ガルドは店の外へ向かう。


 荷車から肉の入った皮袋を一つずつ運び出していく。


 店の奥には、大きな冷蔵庫が置かれていた。


 ガルドは扉を開け、皮袋を中へ入れていく。


 十三袋を入れ終えると、扉を閉める。


「これで明日の分は確保できたな」


 ガルドがこちらを見る。


「助かったぜ」


「ああ」


 ガルドは厨房へ戻っていく。


 俺はアマネの向かいに座ったまま、食事を続ける。


 アマネはまだ挟みパンを食べている。


「明日の気まぐれ挟みパンになるんですか?」


「ああ」


「グラスボアのお肉ですね」


「そうらしい」


「どんな挟みパンになるんでしょう」


「明日になれば分かる」


「楽しみですね」


 アマネは残っていた挟みパンを一口食べる。


 俺もスープを口にする。


 店の中には、客の話し声が聞こえている。


 外からは荷車の音もする。


 いつもの店で、いつもの食事。


 俺は残った料理を食べ進める。


 今日はもう、それでいい。

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