第31話 いつもの討伐依頼
俺は今日も、依頼組合へ向かっていた。
花祭りが終わってから、しばらく経つ。
街はすっかり、いつもの様子に戻っていた。
花祭りのために飾られていた花も片付けられ、通りを行き交う人々の様子も以前と変わらない。
俺も、いつも通り依頼を受けている。
D級へ昇級してから、受けられる依頼も増えた。
とはいえ、特に難しいものはない。
依頼をこなし、終われば戻る。
それだけだ。
魔物に遭遇することもある。
そのときは、倒すこともあれば、そのまま通り過ぎることもある。
依頼に必要がなければ、わざわざ相手をする理由もない。
逆に、少し面白そうな魔物なら相手をすることもある。
最近は、そんな調子だった。
入口の前には、今日も何人かの冒険者が集まっていた。
俺が中へ入ると、いくつかの視線がこちらへ向く。
珍しいことではない。
最近は、こういうことにも慣れてきた。
「……あの人だろ?」
「そうそう。仕事が早いっていう……」
「D級になったんだよな?」
「ああ」
そんな声が聞こえてくる。
どうやら、相変わらず仕事が早いという噂が広まっているらしい。
別に、急いでいるつもりはない。
終わったから帰ってきているだけだ。
依頼組合へ入る。
朝の時間ということもあり、受付にはまだ人が少ない。
俺はいつもの受付へ向かった。
「おはようございます」
「ああ」
ノティが顔を上げる。
「今日も依頼ですか?」
「その予定だ」
「そうですか」
ノティは一度頷く。
「あ、そういえば」
「?」
「冒険者カード、役所の方から届いてますよ」
ノティが受付の奥へ手を伸ばす。
取り出したのは、一枚のカードだった。
「以前の木札は返却になります」
俺は収納袋から木札を取り出す。
それをノティへ渡す。
「ありがとうございます」
ノティが木札を受け取り、代わりにカードを差し出す。
「今後はこちらを使ってください。身分証としても使えますから」
「分かった」
俺はカードを受け取る。
これからは、このカードで依頼を受けることになる。
俺は掲示板へ向かった。
『E級 薬草採取 十束』
報酬は銅貨八枚。
『E級 荷物運搬 東門まで』
報酬は銅貨十枚。
『D級 薬草採取 五十束』
報酬は銅貨四十枚。
『D級 グラスボア討伐 五体』
報酬は銅貨二十枚。
『D級 フラワーイーター討伐 2体』
報酬は銅貨二十枚。
他にも色々な依頼書が貼られている。
俺は依頼書を眺めていく。
採取。
運搬。
護衛。
討伐。
D級になったことで以前よりも、貼られている依頼の数が増えている。
その中でも、今日は討伐依頼が多いように感じた。
特に、街の外で確認された魔物の討伐依頼がいくつか並んでいる。
最近になって、魔物の目撃報告が増えているらしい。
とはいえ、どれも特別に危険な魔物ではない。
俺は依頼書に目を通していく。
その中で、一枚に目が止まった。
『D級 グラスボア討伐 五体』
報酬は銅貨二十枚。
場所は東門から出た先の平原。
街からそれほど離れてはいない。
グラスボアも、そこまで珍しい魔物ではない。
依頼内容だけを見れば、特に問題はなさそうだった。
俺は依頼書を剥がした。
そのまま受付へ戻る。
「これを」
「グラスボアの討伐ですね」
「ああ」
ノティが依頼書を受け取る。
「五体で銅貨二十枚です。場所は東門から出た先の平原ですね」
「分かった」
「お気をつけて」
俺は頷き、依頼組合を出た。
東門へ向かう。
この道を通るのも、久しぶりだ。
以前は何度か通った道だった。
門の前には、衛兵が立っている。
俺が近づくと、一人の衛兵と目が合った。
互いに軽く頷く。
それだけで、俺は門を抜けた。
目の前には、広い平原が広がっていた。
街から離れるにつれて、周囲の建物も少なくなっていく。
遠くには山々が見える。
平原を横切るように街道が伸び、その先は山の方へ続いている。
俺は街道を外れ、依頼書に書かれた場所へ向かった。
平原には、ところどころ背の低い草が生えている。
特に変わったところはない。
すると――
少し離れた場所を、一頭のグラスボアが走っていった。
口には、小さな獲物を咥えている。
「……?」
俺は足を止めた。
グラスボアは、こちらを見ることもなく、そのまま平原の奥へ走っていく。
その場で食べる様子はない。
俺は走り去っていくグラスボアを見る。
獲物を持ち帰る。
それだけなら、珍しいことではない。
だが――
こういう行動をする場合、近くに群れがいることがある。
依頼書には、五体と書かれていた。
もしかすると、見つかっていない個体がいるのかもしれない。
「……見ておくか」
俺はグラスボアが走っていった方向へ歩き出した。
一度、周囲を見回す。
人の姿はない。
俺は身体能力を向上させる魔術式を借りた。
身体に魔力が巡る。
少しだけ、身体が軽くなった。
俺は一定の距離を保ったまま、グラスボアを追い始めた。
グラスボアは、一定の速度で平原を走っている。
俺も、その後を追う。
近づきすぎないように距離を保つ。
身体能力向上の魔術は、あくまで最低限だ。
しばらく追っていると、グラスボアが少しずつ速度を落とした。
やがて、足を止める。
俺も少し離れた場所で足を止めた。
グラスボアは周囲を警戒するように、鼻を動かしている。
俺は背の低い草の陰に身を隠し、少し離れた場所から様子を見る。
そして――
草の向こうから別のグラスボアが姿を現した。
一頭。
また一頭。
さらに、その奥からも姿が見える。
「……」
俺は目を細めた。
五体どころではない。
少なくとも、十体以上いる。
しかも、まだ奥にいるようだった。
しばらく、その場から動かずに様子を見る。
すると、別のグラスボアが草むらから姿を現した。
こちらも、何かを咥えている。
小型の魔物だ。
そのまま群れの中へ入っていく。
すると、今度は別の個体がやってきた。
口には、木の実がいくつか咥えられていた。
それを地面へ置く。
また一頭。
今度は小さな動物を咥えている。
それを置いて、群れの中へ戻っていく。
それぞれが別々に餌を集めているようだった。
大きな個体もいれば、まだ身体の小さな個体もいる。
小さな個体は、親と思われるグラスボアの後ろについて歩いている。
やがて、集められた餌の周囲に少しずつ個体が集まり始めた。
どうやら、これから群れで食事をするらしい。
俺はその様子を黙って見ていた。
最初に見たグラスボアが持っていた獲物も、群れの中へ運ばれている。
それぞれが餌を持ち帰り、それを群れで分けて食べる。
そんな生活をしているようだった。
数える。
一。
二。
三……。
……二十。
二十頭、か。
どうやら、この群れはかなり大きいらしい。
俺は周囲を見回した。
他に人の気配はない。
この程度なら、問題ないだろう。
依頼は五体。
それだけ倒せば十分だ。
俺は群れを見ながら、どうするかを考えた。
わざわざ全てを相手にする必要はない。
問題は、どうやって五体だけを倒すかだ。
群れの中心には、小さな個体もいる。
そこへ攻撃を仕掛ければ、余計な被害が出る。
俺は少しだけ位置を変えた。
群れから離れた場所へ移動する。
そのとき、草が小さく揺れた。
こちらに気づいた個体が、何頭か顔を上げる。
鼻を動かし、こちらの様子を窺っている。
だが、まだ動く様子はない。
「……」
俺は群れの様子を見る。
五体だけを相手にできれば、それで終わる。
そう考えていた。
だが――
一頭のグラスボアが、こちらへ向かって歩き始めた。
それに続くように、別の個体も動く。
「……五体だけでいてくれれば、楽だったんだがな」
俺は小さく息を吐いた。
一体ずつなら、どうということはない。
問題は数だ。
群れで向かってくるなら、こちらも相手をするしかない。
俺は右手を上げた。
火炎魔術の魔術式を借りる。
手のひらに、小さな火球が生まれた。
グラスボアの一頭が、こちらへ向かって走り出す。
地面を蹴る音が近づいてくる。
俺は動かない。
十分に引きつける。
そして――
火球を放った。
小さな火球が、真っ直ぐに飛んでいく。
狙ったのは、頭部。
火球がグラスボアの顔に当たった。
「――!」
グラスボアが大きく身体を揺らす。
片方の目の周囲が赤く焼け、勢いを失って地面へ倒れ込んだ。
そこまで強い火力ではない。
身体を焼き尽くすほどではない。
ただ、目を傷めるには十分だった。
俺は倒れたグラスボアを見る。
動かない。
一体目。
あと四体。
直後、別のグラスボアがこちらへ向かってくる。
今度は一頭ではない。
その後ろから、さらに二頭が続いている。
俺は一歩だけ後ろへ下がった。
先頭のグラスボアが、勢いよく突っ込んでくる。
直前で身体を横へずらす。
牙が、目の前を通り過ぎた。
その横腹を蹴る。
身体能力向上の魔術は最低限。
それでも、勢いのついた身体は大きく傾き、そのまま地面へ転がっていく。
だが、俺が振り返るより早く、後ろから来ていた一頭が迫っていた。
俺は身体を横へずらす。
グラスボアが目の前を通り過ぎる。
そのまま数歩先へ走っていった。
その一瞬。
俺は倒れているグラスボアへ手を向けた。
火球が生まれる。
放つ。
火球が、地面に転がっているグラスボアへ直撃した。
身体が大きく跳ねる。
それきり、動かなくなった。
二体目。
俺はすぐに顔を上げる。
先ほど俺の横を通り過ぎたグラスボアが、こちらを振り返っていた。
そして――
再び、こちらへ向かってくる。
俺は動かない。
グラスボアが地面を蹴る。
距離が一気に縮まっていく。
俺は右手を上げる。
火球が生まれる。
十分に引きつける。
そして――
放つ。
火球が、真正面からグラスボアの顔へぶつかった。
「――!」
グラスボアが大きく頭を振る。
勢いを失い、その場で身体を崩した。
三体目。
あと二体。
だが――
「……」
周囲から、足音が聞こえた。
一つではない。
二つ。
三つ。
さらに増える。
俺はゆっくりと周囲を見回した。
五頭。
——いや、六頭。
グラスボアたちは、半円を描くように移動していた。
一頭が前へ出れば、別の一頭が横へ回る。
少しずつ距離を詰めながら、俺の逃げ道を塞いでいく。
「……」
さっきまでは、ただ順番に向かってきていた。
今度は違う。
数で囲み、一斉に襲うつもりらしい。
俺は周囲を見渡す。
六頭。
そのさらに向こうには、まだ群れがいる。
「……少しは頭が回るようだな」
俺は小さく息を吐いた。
その直後だった。
正面から一頭。
左右からも、それぞれ一頭ずつ。
三頭のグラスボアが、同時に地面を蹴った。
俺は動かない。
十分に引きつける。
正面の一頭が、勢いよく突っ込んでくる。
左右の二頭も、それに合わせるように距離を詰めてくる。
俺は正面のグラスボアへ踏み込んだ。
左右の二頭が、互いを避けるように進路を変える。
片方が内側へ。
もう片方が外側へ。
三頭が俺のいた場所を中心に交差する。
その一瞬。
俺は正面から迫っていたグラスボアの背中へ手をついた。
そのまま勢いを利用して、背中へ飛び乗る。
グラスボアが激しく身体を揺らす。
「ブゴォォォッ!」
鼻から荒い息を吐き、巨体を左右へ振り回す。
俺はその背中に乗ったまま、五頭を見た。
五頭のグラスボアが、こちらを取り囲んでいる。
正面。
左右。
そのさらに外側。
それぞれが距離を保ちながら、こちらの様子を窺っている。
俺の下にいるグラスボアは荒い息を吐き、口元から涎を垂らしていた。
さすがに疲れてきたらしい。
「さて……」
俺は問いかける。
「お前たちは、どうする?」
背中の上で体勢を整える。
「こいつごと俺を攻撃するか?」
「……」
返事はない。
五頭とも動かない。
どうやら――
仲間を巻き込むことには躊躇があるらしい。
「なるほど」
俺は小さく呟いた。
それなら、こちらから動けばいい。
俺は背中に乗ったまま、取り囲んでいる五頭のうち一頭へ手を向ける。
火球が生まれる。
グラスボアがこちらへ身構える。
だが――
俺は構わず放った。
火球が真っ直ぐに飛び、狙ったグラスボアの頭部へ直撃する。
「――!」
巨体が大きく揺れる。
そのまま、地面へ倒れ込んだ。
四体目。
俺は倒れたグラスボアを見る。
そして、残った四頭へ視線を戻す。
その口元に、自然と笑みが浮かんだ。
「お前たちが攻撃するのをやめても――」
俺は、ゆっくりと言葉を続ける。
「俺は止まらないぞ」
残ったグラスボアたちを見る。
残ったグラスボアたちを見る。
四頭。
そのうちの一頭が、ゆっくりと身体を低くした。
足に力を込める。
次の瞬間。
グラスボアが地面を蹴った。
一直線に、こちらへ向かってくる。
俺は動かない。
迫ってくる巨体を見据える。
どうやら、群れ全体を逃がすために、一頭を捨てるつもりらしい。
全てを生かすために、一を捨てる。
魔物も、そういう選択をするらしい。
グラスボアが目の前まで迫った、その瞬間――
俺は背中から大きく跳んだ。
突進してきたグラスボアが、俺の下にいたグラスボアへ向かっていく。
俺は空中で身体を捻り、距離を取る。
そして――
ドゴォンッ。
鈍く、重い音が平原に響いた。
二頭のグラスボアが、正面からぶつかった。
巨体が大きく揺れる。
そのまま、二頭とも地面へ倒れ込んだ。
動かない。
「……」
俺は二頭を見下ろし、着地する。
これで六体目。
依頼は五体。
もう十分だ。
俺は残ったグラスボアたちへ視線を向けた。
「もう逃げてもいいんだがな」
そう告げる。
すると――
群れの奥で、何頭かが動いた。
一頭の成体。
その後ろに、五頭の幼体がいる。
俺に背を向け、そのまま平原の奥へ向かっていく。
成体が先頭に立ち、幼体が後を追う。
「……」
逃げるのか。
俺は追わない。
もう追う理由もない。
だが――
残ったグラスボアたちは、逃げる六頭を追わなかった。
俺と、逃げていく六頭の間に残る。
そして、一頭。
また一頭。
次々と身体を低くする。
俺はそれを見ていた。
「……そういうことか」
こいつらは、最後まで時間を稼ぐつもりらしい。
遠ざかっていく六頭。
こちらへ向き直るグラスボアたち。
その構図を、俺は静かに眺める。
やがて――
残ったグラスボアたちが、一斉に地面を蹴った。
複数の巨体が、こちらへ向かってくる。
俺は右手を上げる。
「……別の魔術式を借りるか」
俺は、今まで使っていたものとは別の魔術式を借りた。
手のひらに炎が生まれる。
それは、これまでのような小さな火球ではなかった。
炎が横へ広がり、扇状に形を変えていく。
迫ってくる複数のグラスボアを、一度に捉えるように。
そして――
俺は炎を放った。
扇状に広がった炎が、迫ってきたグラスボアたちをまとめて飲み込む。
「――!」
炎が消える。
数頭のグラスボアが、その場に倒れ込んだ。
動くものはいない。
毛皮の一部が黒く焦げている。
焼けた毛の匂いが、辺りに漂っていた。
俺は倒れた八体のグラスボアたちを見る。
それ以上、確認する必要はなかった。
俺は遠ざかっていく六頭へ目を向ける。
成体が一頭。
幼体が五頭。
その姿は、もう小さくなっていた。
俺は追わなかった。
依頼は、すでに十分すぎるほど達成している。
収納袋を取り出す。
倒したグラスボアを、一体ずつ収めていく。
全部で十四体。
「……終わりだな」
俺は収納袋を閉じる。
そして、街の方へ歩き始めた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
第一話ぶりにカナタの戦闘シーンを書いてみました。




