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支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
第一章 『名前のない日々』

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第25話 花祭り②

「どれにします?」


 少女は色々な露店の料理を見物している。


 焼いた肉、野菜料理、花を使ったパン。


 どれも気になるらしい。


「……」


 少女はしばらく悩んでいた。


「決まったか?」


「はい」


 少女は顔を上げる。


「全部、食べたいです」


「……全部?」


「はい!」


 迷いのない返事だった。


「全部は多いだろ。食べられるのか?」


「……食べたいです」


「ふふっ。欲張りさんですね」


 ラフィアが笑う。


「……欲張り?」


「ええ」


「……悪いことですか?」


「いいえ。今日はお祭りですから」


 ラフィアは穏やかに笑った。


「そんな欲張りさんに、ちょうどいいお店を知っていますよ!」


「店?」


「はい! 少し歩きますけど、そこなら好きなものを好きなだけ食べられます」


「好きなだけ……?」


 少女の目が少し大きくなる。


「ええ。いわゆる食べ放題のお店です」


「そんな店があるのか?」


「ありますよ!」


 ラフィアが頷く。


「ただ、少し高いですけどね……」


「どれくらいだ?」


「銀貨一枚です」


「……」


 思ったより高い。


 普段の食事なら、銅貨数枚で済む。


「私も普段はあまり行きません」


 ラフィアが苦笑する。


「今の依頼料なら払えない金額ではないんですけど、一食で銀貨一枚は、やっぱり少し贅沢ですから」


「なるほどな」


 俺は少女を見る。


 まだ少し驚いた顔をしている。


「でも、今日は花祭りですから。たまにはいいですよね!」


 ラフィアが笑う。


「今日は、思い切って楽しみましょう!」


「……そうだな」


 俺は頷く。


「経験として、たまの贅沢も悪くないかもな」


「はい」


 少女の顔が明るくなる。


「では、行きましょうか!」


 三人で露店を離れ、街の中心へ向かって歩き始めた。


 役所のある方角だ。


 依頼組合も街の中心部に近い場所にある。


 だが、役所の周辺まで来ることはあまりない。


 俺自身、この街のことを知らないわけではない。


 ただ、中心部まで来る用事がそれほど多くなかった。


「ここ……」


 少女が辺りを見回す。


「前に来たことがあります」


「ああ」


 以前、少女を連れて役所へ行ったときに通った道だ。


 あのときは、周囲を見る余裕もなかったのだろう。


 今は違う。


 花で飾られた建物。


 普段より多い人通り。


 大通りには、祭りに合わせた露店まで並んでいる。


「この辺りは、街の中心に近いですからね」


 ラフィアが歩きながら説明する。


「役所もありますし、商人向けのお店や、少し高級なお店も集まっています」


「高級……」


「ええ。さっきの露店とは違って、店内で料理を食べられるところも多いんですよ」


 少女が周囲を見る。


 確かに、道沿いに並んでいる建物は、これまで見てきた露店とは雰囲気が違う。


「今回のお店も、その一つです」


「……」


 少女は少し緊張したように店々を見る。


「大丈夫ですよ!」


 ラフィアが笑う。


「今日は花祭りですから、普段より気軽に入れますよ」


 しばらく歩く。


 すると、ラフィアが足を止めた。


「ここです!」


 目の前には、二階建ての大きな建物があった。


 周囲の店よりも間口が広い。


 深い茶色に塗られた外壁は、綺麗に手入れされている。


 大きな窓には、花を模した装飾が施されていた。


 入口の両脇には色とりどりの花が飾られ、磨き上げられた木製の扉には、細かな花の模様が彫られている。


 店の看板も、周囲の店とは違っていた。


 木の板ではなく、金属で作られた店名の文字が壁に取り付けられている。


「ここが……」


「ええ。花祭りの時期は、花を使った料理もたくさん用意されているんです」


「……銀貨一枚」


 少女が呟く。


「はい」


 ラフィアが頷く。


「店の中に料理がたくさん並んでいて、自分で好きなものを取って食べるんです」


「好きなものを……?」


「好きなだけ、ですよ!」


 少女の目が少し大きくなる。


「クレープもありますから」


「……!」


 少女の歩く速度が、ほんの少しだけ速くなった。


「急がなくていい」


「……はい」


 返事は素直だった。


 だが、歩く速度はほとんど変わらない。


 ラフィアが小さく笑う。


「楽しみですね!」


「ああ」


 そのまま歩いていると、俺は手にしている瓶へ目を向けた。


 すでに飲み終わっている。


 少女も瓶を持っている。


 ラフィアも同じだ。


「そういえば、これはどうする?」


「祭りの期間中は、食べ終わった簡易食器や空き瓶の回収箱が設置されていますよ」


 ラフィアが通りの端を指差す。


 そこには木製の箱がいくつか置かれていた。


 葦や草を編んだ簡易食器用と、空き瓶用に分けられている。


「なるほど」


 俺は回収箱へ向かい、瓶を入れる。


 ラフィアも自分の瓶を入れた。


「これでよし」


 ラフィアが頷く。


 少女だけが、まだ瓶を持っている。


 その腕には、マーガレットも抱えられていた。


「その二つは、俺が預かる」


「え?」


「店内で食べるんだろ」


「あ……」


 少女が自分の手元を見る。


「はい」


「なら、持っている必要はない」


 俺は収納袋を取り出す。


「花も瓶も、入れておく」


「……大丈夫ですか?」


「ああ」


 少女は少し迷った。


 それから、大切そうに抱えていたマーガレットと瓶を俺へ渡す。


 俺は二つを収納袋へ入れた。


「これでいい」


「はい」


 少女の両手が空く。


 少女はその手を見下ろしたあと、店の方へ視線を向ける。


「……これなら、料理を取れますね」


「ああ」


 ラフィアが笑う。


「……はい」


 少女が頷く。


 その顔には、もう迷いはなかった。


 三人はそのまま、店の入口へ向かって歩いていった。


⸻—————————————————————————


 扉を開ける。


 店内は広かった。


 磨かれた床。


 整然と並んだテーブル。


 柱や壁には、花を模した装飾が施されている。


 天井の梁にも花飾りが添えられ、窓から差し込む光が店内を明るく照らしていた。


 店の奥には、二階へ続く階段もある。


 二階には一階とは違い、いくつかの扉が並んでいた。


 個室になっているのだろう。


 一階よりも静かな雰囲気がある。


「いらっしゃいませ」


 店員が笑顔で迎える。


「何名様でしょうか?」


「三名です」


 ラフィアが答える。


「かしこまりました。お一人様、銀貨一枚となります」


「はい」


 ラフィアが財布を取り出す。


 中から銀貨を一枚取り出した。


「これで私の分を」


 店員へ差し出す。


 俺も収納袋を取り出す。


 中から銀貨を二枚取り出し、店員へ差し出した。


「こっちは二人分だ」


「かしこまりました」


 店員が三枚の銀貨を受け取る。


「当店のご利用は初めてですか?」


「私は何度か利用したことがあります」


ラフィアが答える。


「そうでしたか。それでは、ごゆっくりお楽しみください」


 料金を払えば、あとは好きな席で自由に食事を楽しめるらしい。


 三人で店の奥へ進む。


 すると、料理の並ぶ台が見えてきた。


 焼いた肉。


 厚切りの肉料理。


 燻製にした肉。


 肉と野菜を一緒に煮込んだ料理。


 焼き魚。


 香草を添えた魚料理。


 白身魚と野菜を蒸した料理。


 焼いた野菜の盛り合わせ。


 色鮮やかなサラダ。


 普段フローレで見かける料理も並んでいる。


 だが、それだけではない。


 白い米。


 味噌を使った汁物。


 香辛料をふんだんに使った煮込み料理。


 香辛料で味付けした肉を米と一緒に食べる料理。


 豆腐と肉を使った辛味のある料理。


 チーズを使った料理。


 平たく焼いた生地に、様々な具材を乗せた料理まである。


 遠い地方の料理まで、ここには集められている。


 だが、それだけではない。


 パン。


 煮込み麺。


 焼き麺。


 様々な種類の果物。


 そして、色とりどりの甘い菓子。


 焼いた菓子。


 柔らかそうな菓子。


 果物を使った菓子。


 透明な器に入った冷たい菓子。


 その隣には、クレープの生地が積まれている。


 花のジャム。


 果物。


 クリーム。


 甘い豆の餡。


 それぞれ小さな器に分けられていた。


 好きなものを選び、自分でクレープを作れるらしい。


 飲み物も、かなりの種類が揃っている。


(……多いな)


 俺でさえそう思うのだから、少女にとってはなおさらだろう。


 隣を見る。


 少女は、動かなくなっていた。


「……」


 料理の並ぶ台を、じっと見つめている。


「……すごいでしょう?」


 ラフィアが笑う。


「……はい」


 返事はある。


 だが、視線は料理から離れない。


「これだけありますからね」


 ラフィアが苦笑する。


「まずは席を取りましょうか」


「……はい」


 少女は頷いた。


 だが、歩き出してからも何度も料理の方を振り返っている。


「そんなに急がなくても、料理は逃げませんよ」


「……はい」


 ラフィアに言われ、少女はようやく前を向いた。


 三人で一階の空いている席へ向かう。


 席には、小さな木製の札が置かれていた。


「この札を立てておけば、料理を取りに行っている間も席を使っていることが分かるんですよ」


 ラフィアが「使用中」の面を表にして、札を立てる。


「では、行きましょうか」


「はい!」


 少女が料理の並ぶ台へ視線を向ける。


 さっきまで料理の多さに圧倒されていたとは思えないほど、その足取りは軽かった。


 俺も二人に続いて、料理の並ぶ台へ向かった。


 その手前には、白い陶器の皿が何枚も重ねられていた。


 隣には、漆の塗られた木製のお盆が用意されている。


 表面は艶やかに輝いていた。


「お盆を使うんですね」


 ラフィアが言う。


 お盆を一つ手に取り、その上に陶器の皿を載せた。


「これなら、いっぱい持っていけますよ!」


「……いっぱい」


 少女がその言葉に反応する。


 少女もお盆を手に取り、その上に皿を載せる。


 そして、料理の並ぶ台を見渡した。


「……」


 どれから取ればいいのか。


 少女は真剣な顔で料理を見つめている。


 俺もお盆を一つ取る。


 少女やラフィアとは違い、俺が取る料理はそう多くないだろう。


 だが、せっかくの食べ放題だ。


 今日くらいは、二人の好きなようにさせてやればいい。


 料理の並ぶ台には、それぞれ小さな札が立てられており、そこには料理の名前が書かれている。


 料理の側には、それぞれ取り分けるための道具が置かれていた。


 ステーキや焼き魚には、長い柄のついた金属製のトング。


 炒め物や煮込み料理には、大きな匙。


 汁物には、柄の長いレードル。


 サラダには、専用のトング。


 白い米の前には、大きめの杓子が置かれている。


 麺料理には、少し深さのある大きめの皿と匙が用意されていた。


「これ、どうやって使うんですか?」


 少女がトングを見つめている。


「こうですよ!」


 ラフィアが金属製のトングを手に取る。


 先端を開き、牛のステーキを一枚挟む。


 そのまま持ち上げ、皿へ乗せた。


「こうやって挟むんです」


「……こう?」


 少女もトングを手に取る。


 ぎこちない手つきで先端を開き、ステーキを挟もうとする。


 だが、うまく力が入らない。


「もう少し強く握ってみてください!」


「はい」


 少女が力を込める。


 今度はしっかりとステーキを挟めた。


 そのまま皿へ運ぶ。


「できました」


「はい!」


 ラフィアが微笑む。


 少女はステーキの横に立てられた札へ目を向ける。


「……牛のステーキ」


「ちゃんと読めましたね!」


「……はい」


 少女は少し嬉しそうに答えた。


 少し前まで、文字そのものを知らなかった。


 今では、こうして料理の名前まで読める。


 まだ簡単な言葉ばかりだが、それでも確かな変化だった。


 少女は隣の料理へ目を向ける。


「これは……」


 札に書かれた文字を読む。


「鶏肉の……カシューナッツ炒め?」


「そうです!」


 ラフィアが頷く。


 大きな匙を手に取り、鶏肉とカシューナッツ、野菜をまとめてすくう。


 そのまま皿へ乗せた。


「こうやって、まとめて取るんですよ」


「なるほど……」


 少女も同じように匙を手に取る。


 鶏肉とカシューナッツ、色とりどりの野菜をすくい、皿へ乗せる。


 今度は迷うことなくできた。


 少女は次の料理へ目を向ける。


 白い粒がいくつも並び、そこから湯気が立っている。


「……これは?」


「お米です」


「こめ?」


 少女は札に書かれた文字へ目を向ける。


「そうです。北の地方でよく食べられている食べ物ですね」


 少女が近くにある杓子を手に取る。


「それで取るんですよ」


 ラフィアが答える。


 少女は杓子を米へ差し入れる。


 ふわりとした米をすくい、そのまま用意されていた皿へ乗せた。


「こうですか?」


「はい!」


 ラフィアが頷く。


「上手ですよ」


 少女は自分の皿に乗った白い米を見つめる。


 次に、その隣に並んでいる料理へ目を向けた。


 そこには、香辛料の香りが漂う料理が置かれている。


「これは……」


 少女が札を見る。


「カレー……?」


「そうです!」


 ラフィアが嬉しそうに頷く。


「お米と一緒に食べると、おいしいですよ!」


「一緒に……」


「ええ。お米にかけて食べるんです」


「そうなんですね」


 少女はカレーの前に置かれた、少し深さのある大きめの皿を一枚取る。


 匙を手に取り、カレーをすくう。


 そのまま皿へ注いだ。


「これでいいですか?」


「はい!」


 ラフィアが笑う。


「食べるときに、お米と一緒にどうぞ!」


「はい」


 少女は二つの皿を見比べる。


「……楽しみです」


 少女が小さく呟いた。


 だが、まだ料理の並ぶ台から離れない。


 少女は隣に置かれた料理へ目を向ける。


 そこには、淡い黄色のスープが入った器が並んでいた。


 表面には小さな泡が浮かび、湯気と一緒に甘い香りが漂っている。


「これは……?」


「かぼちゃのポタージュですよ」


 ラフィアが答える。


「かぼちゃ……」


 少女は札を見る。


「はい。かぼちゃを柔らかく煮て、すり潰して作ったスープです」


「……おいしそうです」


「よかったら、少し取ってみましょうか」


「はい」


 少女はスープ皿を手に取る。


 柄の長いレードルを使い、淡い黄色のポタージュをすくう。


 とろりとしたスープが、皿の中へゆっくりと落ちていく。


 もう一度すくい、今度は少しだけ多めに注ぐ。


「これくらいでいいですか?」


「ええ。ちょうどいいと思いますよ」


 少女は満足そうに頷いた。


 その隣で、ラフィアも料理を選んでいる。


「私はこれにしましょうか」


 ラフィアが指差したのは、黄色いスープの入った器だった。


「コーンスープですね」


 札を確認しながら、ラフィアが言う。


 スープ皿を一枚取り、レードルを手に取る。


 とろりとしたコーンスープをすくい、皿へ注いだ。


 甘いとうもろこしの香りが、ふわりと広がる。


「いい香りですね」


 ラフィアが嬉しそうに笑う。


 そのまま皿をお盆へ乗せる。

 

 その横で、俺も自分の料理を取っていく。


 まずは燻製肉の盛り合わせ。


 牛、鶏、豚、羊。


 四種類の肉が薄く切られて並んでいる。


 俺はそれぞれを一枚ずつ取り、皿へ乗せる。


 続いて、彩りサラダ。


 野菜と一緒に、食用の花を取る。


 そのまま皿へ乗せた。


 次に花形パンを一つ取る。


 最後に、クリームシチュー。


 スープ皿を手に取り、レードルですくったシチューを注ぐ。


 これで俺の食べるものは一通り揃った。


 俺は少し離れたところで、少女とラフィアが料理を選ぶ様子を見ていた。


 ふと、少女へ目を向ける。


 料理を取るために腕を伸ばした拍子に、長い髪が肩から前へ流れてきた。


 少女は邪魔になった髪を、手で後ろへ払う。


 その動きで、首元がわずかに露わになった。


 うなじに残る、奴隷を示す印。


「……」


 近くにいた客の一人が、少女たちへ目を向けた。


 その視線が、少女のうなじで止まる。


「……奴隷?」


 小さな声が聞こえた。


 それをきっかけに、周囲からわずかなざわめきが起こる。


「こんなところに……」


「あの子……」


 いくつかの視線が少女へ集まる。


 少女もその視線に気づいたのか、少しだけ周囲を見る。


「……?」


 何人かがこちらを見ている。


 だが、なぜ見られているのかまでは分からないらしい。


 少女は小さく首を傾げる。


 そして、すぐに料理へ視線を戻した。


 今は、それよりも目の前の料理の方が気になるのだろう。


 俺は周囲を一度だけ見る。


 この場に奴隷を連れていることへの驚き。


 戸惑い。


 この店には、似つかわしくない光景なのだろう。


 だが、それ以上のものはない。


 俺は何も言わない。


 少女も、何も言わない。


 ラフィアだけが、少女の様子を静かに見ていた。


「次は、これですね」


 ラフィアが花形パンを指差す。


「……はい」


 少女が一つ手に取る。


 そのまま自分の皿へ乗せた。


 続いて、サラダの前で足を止める。


「これも食べたいです」


「いいですよ!」


 少女がサラダを取り分ける。


 ラフィアも隣で同じようにサラダを取った。


 その横には、小さな器に入ったドレッシングがいくつか並んでいる。


 オリーブオイル。


 酢。


 マヨネーズ。


 それぞれの器には、小さな匙が添えられていた。


「私はこれにします」


 ラフィアがオリーブオイルを選ぶ。


 小さな匙ですくい、サラダへかける。


「最後に、これを乗せましょう!」


 ラフィアが、隣に用意されていた花びらへ小さな匙を差し入れる。


 少しすくい上げ、そのままサラダの上へ散らした。


 野菜の上に、色とりどりの花びらが広がる。


「……綺麗」


 少女が呟く。


「花祭りですからね!」


 ラフィアが笑う。


「やってみます」


 少女も小さな匙を手に取る。


 花びらをすくい、自分のサラダの上へ散らした。


 花びらが野菜の間に落ちていく。


「……できました」


 少女は満足そうに自分の皿を眺めた。


 だが、料理の並ぶ台には、まだ気になる料理がいくつも残っている。


「……」


 少女は名残惜しそうに、料理の方へ目を向ける。


「まだ食べたいものがありますか?」


 ラフィアが尋ねる。


「……はい」


 少女は素直に頷いた。


「でも、お盆がいっぱいですね」


 少女は自分のお盆を見る。


 料理の載った皿がいくつも並んでいる。


「全部食べたいです」


「ふふっ」


 ラフィアが笑う。


「大丈夫ですよ!」


「……?」


「食べ放題ですから、一度に全部取らなくてもいいんです」


「……そうなんですか?」


「ええ。まずは今持っている料理を食べましょう」


 ラフィアが少女のお盆を見る。


「食べ終わったら、また取りに行けばいいんですよ!」


「……また?」


「はい!」


 ラフィアが頷く。


「好きなものを食べて、なくなったらまた好きなものを取りに行く。それがこのお店の楽しみ方です」


「……なるほど」


 少女は料理の並ぶ台を見る。


 そして、自分のお盆へ視線を戻した。


「じゃあ、これを食べ終わったら……」


「ええ。また取りに行きましょう!」


「……はい!」


 少女の顔が明るくなる。


 まだ食べていない料理が、たくさん残っている。


 それを知っただけで、少女は嬉しそうだった。


「では、飲み物も取りに行きましょうか!」


「はい」


 二人が飲み物の並ぶ場所へ向かう。

 

 俺もその後に続いた。


 そこには、水や果汁、温かいお茶など、いくつもの飲み物が用意されていた。


 水は大きな容器に入っている。


 その下にはノズルがあり、横にあるレバーを倒せば水が出る仕組みらしい。


 果汁も同じ形になっていた。


 リンゴ。


 ブドウ。


 オレンジ。


 レモン。


 そして、桃。


 それぞれの容器の下に、レバーとノズルが備えられている。


 その横には、炭酸水の魔道具が置かれていた。


 見た目は水の容器に近い。


 だが、こちらにもレバーがあり、その横には小さな魔石が埋め込まれている。


 レバーを倒すことで魔道具が起動し、ノズルから炭酸水が出るようになっているらしい。


 さらにその隣には、コーヒーと紅茶の保温用の器具が並んでいる。


 温かいものを保つための道具らしい。


 飲み物のそばには、小さな瓶がいくつも置かれていた。


 花の蜜。


 それから、香辛料を混ぜた調味料。


 花祭りらしい飲み物を作るためのものも用意されている。


 その横には、大きな冷凍庫が置かれていた。


 扉を開けると、中にはいくつもの氷が並んでいる。


 氷を入れるための小さな容器も、冷凍庫の横に用意されていた。


 ラフィアが氷をいくつか取り出す。


 俺はその様子を眺めていた。


 氷そのものは珍しいものではない。


 氷を作る魔術もある。


 こうして別の場所で作ったものを、低温に保ったまま保存しておく魔道具があっても不思議ではない。


 ただ、それを飲み物に入れるものだとは知らないかもしれない。


「では、好きなものを作ってみましょうか!」


「はい」


 少女が頷く。


 まず、少女はグラスを一つ取った。


 冷凍庫から氷をいくつか取り出し、グラスへ入れる。


 その上から、果汁の容器へ向かった。


「どれにしますか?」


「……桃」


 少女は桃を選んだ。


 グラスをノズルの下へ置く。


 レバーを倒す。


 桃の果汁がグラスへ注がれた。


 少女はそれをじっと見つめる。


 次に、炭酸水の魔道具へ移動する。


「これも入れるんですか?」


「ええ! 炭酸水を加えると、少し違った味になりますよ」


「……はい」


 少女がグラスをノズルの下へ置く。


 レバーを倒す。


 シュッ、と小さな音がした。


 透明な液体がグラスへ注がれる。


 細かな泡が、グラスの中を次々と上っていく。


「……」


 少女が目を丸くする。


「泡って言うんですよ」


 ラフィアが言う。


「泡……」


 その言葉に、以前のことを思い出す。


 初めて石鹸を使ったときにも、少女は泡を見ていた。


 体を洗ったときに現れた、白く柔らかな泡。


 あのときも、少女は珍しそうにそれを眺めていた。


 だが、目の前にあるものも、同じ「泡」だ。


 石鹸の泡とは違う。


 透明な飲み物の中で、小さな泡が生まれては消えている。


「……綺麗」


 少女はグラスを覗き込みながら呟いた。


 しばらく眺めていたが、やがて小さな瓶へ目を向ける。


「これは?」


「花の蜜です」


「甘いんですか?」


「ええ。フローレでは作られているんですが、普段は蜂蜜を使うことが多いんです。花の蜜を使うのは、花祭りの時期だけですよ」


「……」


少女は少し考えた。


「入れてみたいです」


「どうぞ!」


 少女は瓶を手に取り、少しだけ花の蜜を加える。


 だが、すぐにもう一度瓶へ手を伸ばした。


「……もう少し」


 今度は先ほどより多めに加える。


 甘さを自分で調整しているらしい。


 その横で、ラフィアもグラスを手に取った。


 氷を入れる。


「私はレモンにしましょうか!」


 レモンの果汁を注ぐ。


 続いて炭酸水を加える。


 そこへ、花の蜜を少しだけ加えた。


 最後に、香辛料の入った瓶を手に取る。


「これを少し!」


 ほんの少しだけ加える。


 甘さの中に、刺激のある香りが混じる。


「いい香りですね!」


 ラフィアが満足そうに頷く。


「大人っぽい味にしてみました!」


 少女がラフィアのグラスを見る。


「私のと違いますね」


「そうですね」


 ラフィアが笑う。


「こちらは少し刺激がありますよ」


 ラフィアが自分のグラスを軽く持ち上げる。


「……そうなんですね」


 少女は自分のグラスを見る。


 桃の果汁に炭酸水。


 そこへ自分で選んだ花の蜜を加えた。


 透明な泡が、まだグラスの中を上っている。


「飲むのが楽しみですね」


「はい」


 少女が頷く。


 俺は二人のグラスを見たあと、温かい飲み物の並んでいる場所へ向かった。


 コーヒーの入った器具の前で足を止める。


 俺はカップを一つ取る。


 そのままコーヒーを注いだ。


 黒い液体が、湯気を立てながらカップへ満ちていく。


 同時に、香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。


「これでいい」


 少女とラフィアのところへ戻る。


「では、席へ戻りましょうか」


「はい!」


 少女が答える。


 三人で先ほどの席へ戻る。


 机の上には、箸やスプーン、フォーク、ナイフがまとめて入った木製の容器が置かれていた。


 少女とラフィアは、そこから箸とスプーンを取る。


 俺はナイフとフォーク、それにスプーンを取った。


 俺は席に置かれている自分のお盆を見る。


 料理を載せた皿がいくつも並んでいる。


 少女のお盆には、それ以上に多くの料理が載っていた。


「では、いただきましょうか!」


 ラフィアが席に着く。


「はい!」


 少女も嬉しそうに椅子へ座った。


 俺も二人の向かいに腰を下ろす。


 少女は目の前に並んだ料理を、一つずつ眺めている。


 牛のステーキ。


 鶏肉のカシューナッツ炒め。


 かぼちゃのポタージュ。


 白い米。


 カレー。


 花形パン。


 サラダ。


 どれから食べるか迷っているようだった。


「いただきます」


「いただきます!」


 少女とラフィアが手を合わせる。


 俺は二人の様子を見てから、カップを一口傾ける。


 まず少女が、牛のステーキへ手を伸ばした。


 ナイフを使い、少しずつ切っていく。


 以前なら、こうした道具の使い方にも戸惑っていただろう。


 だが、今は違う。


 ラフィアに教わりながら、少しずつ覚えてきた。


 切り分けた肉を、少女が口へ運ぶ。


「……」


 少女の動きが止まる。


 ゆっくりと噛んでいる。


「どうですか?」


 ラフィアが尋ねる。


「……おいしいです」


 少女は小さく笑った。


「それはよかったです!」


 ラフィアも嬉しそうに笑う。


 少女はもう一口、肉を食べる。


 今度は先ほどよりも迷いがない。


 俺も燻製肉を一枚口へ運ぶ。


 牛の燻製。


 香辛料は控えめだが、肉の旨味がしっかりと残っている。


 食べ放題の料理としては、悪くない。


 隣では、少女がカレーを見つめている。


 白い米。


 その横に盛られたカレー。


 どう食べるのか、改めて考えているらしい。


「さっき言った通り、お米と一緒に食べるんですよ」


 ラフィアが教える。


「はい」


 少女は匙を手に取る。


 カレーを少しすくい、白い米の上へ乗せる。


 それから、二つを一緒に口へ運んだ。


「……!」


 少女の目が少し大きくなる。


「どうです?」


「……おいしいです」


 今度は、さっきよりもはっきりした声だった。


 少女はもう一度、カレーと米をすくう。


 その様子を見ながら、ラフィアが笑う。


「気に入ったみたいですね」


「はい」


 少女は頷く。


 そして、また一口食べる。


 食べる。


 噛む。


 飲み込む。


 そのたびに、少女の表情が少しずつ柔らかくなっていく。


 急ぐ必要はない。


 ここでは、誰かに取り上げられることもない。


 食べたいものを、自分で選べる。


 俺はそんな少女を横目に見ながら、コーヒーへ手を伸ばした。


 カップを持ち上げ、一口飲む。


 苦味が口に広がる。


「……」


 久しぶりに飲んだ気がする。

 

 俺は再びカップをテーブルへ置く。


 少女がグラスを両手で持つ。


 そして、先ほどから気になっていた炭酸の泡をもう一度眺める。


「飲んでみます」


「ええ」


 少女がグラスへ口をつける。


 少しだけ飲む。


「……」


 少女の目が丸くなった。


「……?」


 ラフィアが少女を見る。


「どうですか?」


「……変な感じです」


「炭酸ですからね」


「口の中が……」


 少女は少し考える。


「……くすぐったいです」


 ラフィアが笑う。


「ふふっ。最初はそう感じますよね」


 少女はもう一度飲む。


 今度は少し多めに。


「……でも、おいしいです」


「よかったですね」


「はい」


 少女は嬉しそうに答えた。


 そして、また料理へ手を伸ばす。


 目の前には、まだたくさんの料理が残っている。


 食べ放題の時間は、まだ始まったばかりだった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


やりたくなったことを思いつきで、やってみたら長くなっちゃいました。


読みづらかったでしょう?

付き合わせてしまい申し訳ございません......。


物語において後悔はありません。

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