↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
第一章 『名前のない日々』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/43

第22話 名前というもの

 今日も、いつも通り依頼をこなしていた。


 依頼された薬草を採る。


 途中で魔物に遭遇すれば、倒す。


 倒した魔物は収納袋へ収める。


 特に変わったことはない。


 依頼を終え、フローレへ戻る。


 依頼組合へ入り、受付へ向かう。


「お疲れ様です。依頼の報告ですね」


 いつもの受付の女が声をかけてくる。


「ああ」


 収納袋から採取した薬草を取り出し、カウンターへ置く。


「確認しますね」


 受付の女が薬草を一つずつ確認していく。


「はい。依頼された数も揃っています」


 報酬が渡される。


 これで依頼は完了だ。


 そのまま立ち去ろうとすると、


「そういえば」


 受付の女が声をかけてきた。


「以前お話ししたD級への昇級についてですが」


「ああ」


 そんな話もあったな。


「正式に認可されました」


「そうか」


「これでE級の新人期間は終わりです。最低限の経験と実績を積んだ冒険者として、D級になります」


「……D級」


 俺は小さく呟く。


 今までE級だった。


 それが今日から変わる。


「D級になると、受けられる依頼の幅も少し広がります。それに、冒険者として利用できる制度も増えます」


「制度?」


「はい」


 受付の女が一枚の書類を取り出した。


「その一つが、冒険者カードです」


「冒険者カード?」


「はい」


 聞いたことのない名前だった。


「D級になった方には、冒険者カードを作ることをおすすめしています」


「必要なのか?」


「必須ではありません」


 受付の女は答える。


「ですが、今後のことを考えるなら、作っておいたほうが便利ですよ」


 そう言って、説明を続ける。


「冒険者カードは、冒険者としての身分を証明するものです。ランクも記録されます」


「今までの木札では駄目なのか?」


「依頼を受けたり、報告したりするだけなら、今まで通りでも問題ありません」


 受付の女が頷く。


「ですが、他の街へ行ったときなどは、正式な身分証があったほうが何かと便利です」


「他の街……」


「はい。街によっては身分を確認されることもありますから」


 さらに続ける。


「銀行を利用するときなど、身分証が必要になる場面でも使えます」


「銀行にも?」


「はい」


「……」


 便利なのは分かる。


 だが、今すぐ必要というわけでもない。


「これからD級として活動されるのでしたら、持っていて損はないと思います」


「そうか」


 受付の女が書類を差し出してくる。


「こちらが冒険者カードの発行に必要な書類です」


 受け取る。


 紙には、いくつかの記入欄が並んでいる。


 名前。


 年齢。


 種族。


 その他にも、いくつかの項目がある。


 目を通していく。


 そして。


 名前。


 そこで視線が止まった。


「……」


「どうかしましたか?」


「いや」


 紙から目を離す。


「少し考えたい」


「分かりました」


「これを持ち帰っても?」


「もちろんです。次に来られたときに提出していただければ大丈夫ですよ」


「ああ」


 書類を畳む。


 収納袋へ入れる。


「では、またお待ちしています」


「ああ」


 依頼組合を出る。


 石畳の道を歩く。


 いつもなら、次の依頼のことを考えている。


 だが今日は違った。


 収納袋の中に入れた書類。


 そこにあった一つの項目が、妙に気になっていた。


 名前。


 今まで、名前がなくても困らなかった。


 依頼を受ける。


 依頼をこなす。


 報酬を受け取る。


 それだけなら、必要なかった。


 だが、冒険者カードには名前を書く必要があるらしい。


 (……どうするか)


 答えは出ない。


 考えながら、家へ戻った。


 扉を開ける。


「おかえりなさい」


 少女の声がする。


 部屋へ入ると、机の前に少女が座っていた。


 その隣にはラフィアがいる。


 机の上には紙と本が並べられていた。


「今日は何を教えている?」


「今日は、名前について教えているところです!」


「名前?」


 思わず聞き返した。


 ラフィアが頷く。


「はい。文字や数字だけではなく、生活に必要なことも少しずつ教えておこうと思いまして」


「そうか」


 俺は寝台へ座る。


 少女はラフィアの話を聞いている。


「名前というのは、人を呼ぶために使うものです」


「……人を?」


「はい。たとえば、私ならラフィアと呼ばれます」


「ラフィアさん」


「そうです」


 ラフィアが笑う。


「名前があれば、その人を呼ぶことができます。誰かに呼んでもらうこともできます」


 少女は黙って聞いている。


「ほとんどの人には、自分の名前があります」


「……ほとんど?」


「はい。生まれたときに、家族から付けてもらうことが多いですね」


「家族から……」


「もちろん、自分で決める人もいますし、事情があって名前を変える人もいます」


 ラフィアは続ける。


「それに、名前には願いを込めることもあります」


「……願い?」


「はい」


 ラフィアは自分の胸元へ手を添える。


「元気に育ってほしい。幸せになってほしい。優しい人になってほしい。そういった願いを込めて名前を付けることがあります」


「……」


「私の名前にも、両親が願いを込めてくれました」


「ラフィアさんにも……?」


「もちろんです」


 ラフィアは優しく笑う。


「優しい人に育ってほしい。誰かの痛みに気づいて、その人に寄り添える人になってほしい、と」


 少女はラフィアを見つめている。


「だから、私にとって名前は、ただ呼ばれるためのものではありません」


 ラフィアは自分の名前を口にする。


「両親からもらった、大切なものなんです」


「名前に……願い」


「はい」


 少女は自分の胸へ手を当てる。


「私にも……あるんですか?」


 ラフィアが少し黙る。


「本来なら、あるはずです」


「……」


「ですが、今のあなたには名前がありません」


 少女は俯いた。


 俺は黙って二人を見ていた。


 さっきの書類を思い出す。


 そこにも、名前を書く欄があった。


「ラフィア」


「はい?」


「冒険者カードを見せてくれ」


「冒険者カードですか?」


「ああ」


 ラフィアは鞄からカードを取り出した。


「これです」


 小さなカードだった。


 表には、いくつかの情報が記されている。


 名前 ラフィア。


 冒険者ランク C。


 その他にも、いくつかの情報が並んでいる。


「これが冒険者カードです!」


「ああ」


「冒険者であることを証明するものです。街によっては身分証として使うこともできます」


 俺はカードを返す。


 名前がある。


 ラフィアという名前。


 それだけで、この人物を呼ぶことができる。


「……触ってもいいですか?」


 少女が尋ねる。


「いいですよ!」


 少女は両手でカードを受け取った。


 そして、ラフィアの名前をじっと見つめる。


「これが……ラフィアさんの名前」


「はい」


 少女の指が、文字をなぞる。


「名前があると……その人だって分かるんですか?」


「そうですね」


 ラフィアが頷く。


「名前を呼べば、その人が振り向いてくれます」


「……」


 少女はしばらく黙っていた。


 やがて、小さな声で言う。


「私には……名前がありません」


 ラフィアは何も言わない。


 俺も何も言わなかった。


 少女はカードを眺めている。


 自分にはないもの。


 それを、不思議そうに見つめていた。


 少女がカードをラフィアへ返す。


「ありがとうございます」


「どういたしまして!」


 ラフィアがカードを鞄へしまう。


 俺は懐から書類を取り出す。


 まだ、何も書かれていない。


 その中で、名前の欄だけが目に入った。


「……名前か」


 俺が呟くと、ラフィアがこちらを見る。


「そういえば」


「そろそろ、名前を考えてみてはいかがですか?」


「……こいつのか」


「はい」


 ラフィアは少女を見る。


「これからも一緒に暮らしていくのでしたら、名前があったほうが便利だと思います!」


「……」


「私も、この子のことをいつまでも『あなた』と呼ぶわけにはいきませんし」


 少し困ったように笑う。


「それに……」


 ラフィアが俺を見る。


「いつまでも『こいつ』と呼ぶのも、どうかと思いますよ!」


「……」


 少女を見る。


 少女は何も言わず、こちらを見ている。


「名前があれば、ちゃんと名前で呼んであげられます」


 ラフィアは少女へ目を向ける。


「名前は、自分で決めてもいいんですよ」


「……私が?」


「はい」


「自分で……」


「もちろんです」


 少女はしばらく考えるように俯いた。


「……名前」


 小さく呟く。


 俺は何も言わず、その様子を見ていた。


 名前をどうするか。


 今すぐ決める必要はない。


 この少女が自分で決めたいと思ったときに、決めればいい。


「……少しずつ、考えてみましょうか」


 ラフィアが微笑む。


 少女は小さく頷いた。


「……はい」


 ラフィアが少女を見ている。


 俺は手元の書類へ目を落とした。


「それと」


 ラフィアが俺を見る。


「依頼主さん」


「なんだ?」


「私、ずっと気になっていたことがあるんです」


「……」


「依頼主さんのお名前です」


 俺は黙る。


「何か事情があって、お名前を明かせないのだと思っていました」


「……」


「だから、今までお尋ねしませんでした」


 ラフィアが少し困ったように笑う。


「ですが、もし教えていただけるのでしたら――」


「ない」


「……え?」


「俺には、名前がない」


「昔はあったんですよね?」


「ああ」


「では、今は……」


「捨てた」


「……」


「長いこと使っていなかったから、もう覚えていない」


 それだけのことだ。


 俺にとって、昔の名前など必要なかった。


 ラフィアは少し黙る。


「そう……だったんですね」


「ああ」


「私、何か事情があって名乗れないのだと思っていました」


「別に」


「そうですか……」


 ラフィアは少女を見る。


 それから、俺を見る。


「では、お二人とも名前がないんですね」


「……そうなるな」


「だったら」


 ラフィアが優しく笑う。


「これから、ゆっくり考えてみてもいいのではないでしょうか」


「……」


「急いで決める必要はありません」


 少女は黙ってラフィアを見ている。


 俺は手元の書類へ目を落とす。


 名前の欄は、空白のままだ。


 今すぐ決める必要はない。


 少女も。


 俺も。


 必要になったときに考えればいい。


 俺は書類を畳んだ。


 収納袋へ戻す。


 名前については、それで終わりにした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


名前は色々な意味が込められています。

この物語においてもそれは同じです。


二人の名前はどんなものになるのでしょうか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。