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支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
第一章 『名前のない日々』

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第21話 世界を知る

 それから、数週間が過ぎた。


 ラフィアが少女に勉強を教える日々が続いている。


 とはいえ、ラフィアにも自分の仕事がある。


 毎日ここへ来るわけではない。


 ラフィアが来ない日は、少女は一人で机に向かっていた。


 教わった文字を書いたり、数字を繰り返し書いたりしている。


 分からないことを自分から試すわけではない。


 それでも、教えてもらったことを自分で繰り返すことはできるようになっていた。


 そのせいか、ノートを使い切るのも早くなった。


「……これ」


 ある日、少女が一冊のノートを持ってきた。


「どうした?」


「……もう一つ、欲しいです」


 少女が差し出したノートを見る。


 ページのほとんどが埋まっていた。


「分かった。買いに行くか」


「……はい」


 二人で家を出る。


 向かう先は、以前訪れた文具を扱う店だ。


 石畳の道を歩き、店へ向かう。


 しばらくすると、以前訪れた店が見えてきた。


「あそこだ」


「……はい」


 二人で店へ入る。


 少女は以前と同じように、並べられた品々を一つずつ見ていく。


 けれど、前に来た時とは少し違っていた。


 以前は、何を選べばいいのか分からなかった。


 それでも、自分で考えてノートを選んだ。


 今は、自分に何が必要なのかを考えながら、棚を見ている。


 少女は何冊かのノートを見比べる。


 大きさは、以前使っていたものとほとんど変わらない。


 けれど、その中に少しだけ厚いものがあった。


 少女は、それを手に取る。


 ページをめくる。


 白い紙が、何枚も続いている。


「……これが、いいです」


「ああ」


 少女はノートを抱える。


 そして、ふと思い出したように口を開いた。


「……鉛筆も」


「鉛筆?」


「前に買ったものが、短くなっています」


「ああ」


 少女は少し考える。


「消し具も……小さくなってきました」


「そうか」


 俺は頷く。


「なら、ついでに買っておくか」


「……はい」


 少女は鉛筆の並んだ棚へ向かう。


 何本か並んでいる中から、一つを選ぶ。


 続いて、消し具にも目を向ける。


 以前と同じような灰色のもの。


 少女は少し考えてから、一つを手に取った。


「これでいいです」


「ああ」


 必要なものを選び終える。


 会計を済ませる。


 少女は新しいノートと鉛筆、消し具を大切そうに抱えている。


「帰るぞ」


「……はい」


 二人で店を出る。


 家へ戻ると、少女は新しいノートを机の上へ置いた。


 短くなった鉛筆と小さくなった消し具も、新しいものと一緒に並べる。


 古いものは、まだ使えるからだろう。


 少女は捨てずに机の端へ置いた。


「それも使うのか?」


「……まだ使えますから」


「そうか」


 俺はそれだけ答えた。


 少女は新しいノートを開く。


 白いページが一枚、目の前に広がる。


 その横に、買ったばかりの鉛筆と消し具を置く。


——————————————————————————


 また別の日。


 少女は机に向かい、ノートへ数字を書いていた。


 俺はその少し離れた場所で、依頼で預かっていた布を広げている。


 布の端には、いくつかほつれている箇所があった。


 針に糸を通し、ほつれた部分を一つずつ縫っていく。


 少女はノートへ数字を書き、何度か確かめている。


 しばらくして、少女が顔を上げた。


「……これで、いくらですか?」


「銅貨を数えてみろ」


「……はい」


 少女は一枚ずつ指で触れていく。


「一、二、三……」


 数え終えると、ノートへ数字を書く。


「銅貨……十枚です」


「ああ」


「合っていますか?」


「合っている」


「……よかった」


 少女は小さく頷く。


 俺は針を動かしながら、少女の前に並んだ銅貨を見る。


 少女は、教わった計算を自分で確かめているようだった。


 俺は収納袋から、さらに十枚の銅貨を取り出した。


「なら、もう十枚貸してやる」


「……いいんですか?」


「ああ。計算の練習に使え」


 少女の前に銅貨を置く。


「使い終わったら返せばいい」


「……はい」


 少女は銅貨を見つめる。


 これで、少女の前には二十枚の銅貨が並んだ。


「同じように数えるだけでは、つまらないだろ」


「……?」


「好きに使ってみろ」


「……はい」


 少女は少し考える。


 そして、銅貨を何枚か手に取った。


 別の場所へ並べる。


 残った銅貨を数える。


 ノートへ数字を書く。


 また銅貨を並べ直す。


 俺は裁縫を続ける。


 少女は自分で考えながら、何度も計算を繰り返していた。


 ラフィアから教わったことを、自分なりに確かめているのだろう。


 しばらくして、少女が顔を上げる。


「……分かりました」


「ああ」


 少女はまた銅貨へ目を戻す。


 俺は針を動かしながら、黙って自分の作業を続けた。


 それからも、少女は一人で計算を繰り返していた。

 

——————————————————————————

 

 そしてまた、とある日のこと。


 俺は家の外に敷物を広げ、その上に依頼で預かった薬草を並べていた。


 渡された見本と同じ重さになるように、薬草を一つずつ天秤へ載せていく。


 少なければ薬草を足す。


 多ければ少し取り除く。


 天秤が釣り合ったところで、決められた量としてまとめていく。


 俺は見本を横に置き、天秤へ薬草を載せる。


 少し傾く。


 薬草を一枚取り除く。


 もう一度、天秤を見る。


 今度は、ほぼ釣り合っている。


 俺は細かな部分を調整しながら、作業を続けていた。


 家の中では、いつものようにラフィアが少女の隣に座っていた。


 少女はノートを開き、鉛筆を手にしている。


「では、今日は――」


 ラフィアが、いつもとは少し違う本を机の上へ置いた。


「今日は、少し違うことを教えましょうか!」


「……違うこと?」


「はい」


 ラフィアは笑う。


「文字や数字だけではありません」


 少女は本へ目を向ける。


「これから、この街で暮らしていくために必要なことです」


「……必要なこと」


「ええ。知っておくと、きっと役に立ちますよ!」


 ラフィアは本を開く。


「今日は、ノートに書かなくても大丈夫です」


「……?」


「私の話を聞いてください。それだけでいいですよ」


「……はい」


 少女は手にしていた鉛筆を机へ置く。


 開いていたノートをゆっくりと閉じ、ラフィアへ身体を向けた。


「今日は、この世界について話しましょう!」


 少女は黙ってラフィアを見る。


「まずは、あなたが今暮らしている街のことからです」


 ラフィアは笑いながら、少女へ尋ねる。


「この街の名前は、覚えていますか?」


「……フローレです」


「正解です!」


 ラフィアは嬉しそうに頷く。


「フローレは、たくさんの人が暮らしている街です」


「商人もいますし、冒険者もいます。職人や、街で働いている人たちもたくさんいますよ」


 そして、少しだけ声を弾ませる。


「それと、フローレにはもう一つ、大きな特徴があります」


「この街は――花の街です!」


「……花」


「はい!」


 ラフィアは窓の外へ目を向ける。


「街の一角には、花を育てるための場所があるんですよ。たくさんの種類の花が育てられています」


「綺麗な花は、家や店に飾ったりします。香りを利用して香料にしたり、薬に使ったりする花もあります」


「それから、花から色を取り出して、染料にすることもあります」


 ラフィアは少し笑う。


「枯れ始めて、飾るには向かなくなった花でも、染料として利用出来るからです」


 そして、本のページをめくる。


「さらに、フローレでは一年に一度、花祭りが開かれます!」


「街中に花を飾って、たくさんの人が楽しむお祭りです」


「……どうして、お祭りをするんですか?」


「良い質問ですね!」


 ラフィアは嬉しそうに笑った。

 

「花祭りには、一年が無事に過ぎたことへの感謝と、これからも穏やかに暮らせるように願う意味があります」


「家族が元気でいられること。仕事がうまくいくこと。そして、来年もたくさんの花が咲くこと」


「そうした願いを込めて、人々は花を飾るんです」


「だから、フローレの人たちにとって、花祭りはとても大切なお祭りなんですよ!」


 ラフィアは本をめくる。

 

「では、次は――この街の外について話しましょうか!」


「フローレの外にも、たくさんの場所があります」


「まずは、村です」


「フローレより小さく、畑や牧場を持って暮らしている人たちが多い場所ですね」


「村で作られた野菜や麦、肉などが、街へ運ばれてくることもあります」


「……じゃあ、フローレにある食べ物も?」


「そうです!」


 少女は嬉しそうに頷く。


「そして、村より大きくなると、街があります」


「街には、たくさんの店や工房があり、多くの人が暮らしています。ただ、街によって特徴は違いますよ」


「農業が盛んな街もあれば、鉱山の近くで鉱石を扱う街、海の近くで魚や船を扱う街もあります」


「そして、街や村をいくつも越えていくと――王都があります」


「……王都」


「この国で一番大きな街です!」


「フローレよりも?」


「ずっと大きいですよ!」


「王都には、この国を治めている王族も暮らしています」


 ラフィアは、さらにページをめくる。


「そして、もっと遠くへ行けば国境があります」


「国と国の境目です。そこを越えれば、別の国ですよ!」


「この世界には、今いる国以外にも、たくさんの国があります」


「国によって、暮らし方や文化が違うこともあります。使われているお金や、話す言葉が違う国もありますよ」


 ラフィアは本をめくった。


「そして、そんな国々には人間だけが暮らしているわけではありません」


「……人間だけじゃないの?」


 少女の目が大きく見開く。


「ええ、エルフや獣人など、人間とは異なる種族もいます」


「種族によって姿や特徴は違いますが、同じように街で暮らしたり、仕事をしたりしています」


「もちろん、すべての人が同じ考え方をしているわけではありません。人間同士でも違うように、種族が違えば、それぞれの文化や習慣があります」


「……知りませんでした」


 ラフィアは少しだけ間を置き、ページをめくる。


「それから、この世界には――魔術があります」


 ラフィアが少女の前で、手を軽く持ち上げる。


「魔術は、魔力を使って起こす力です」


「火を出したり、水を操ったり、身体を癒したり。使える魔術は、人によって違います」


 少女はラフィアの手を見る。


 魔術。


 その言葉には覚えがあった。


 あの日、あの人が使っていた力。


 けれど、それ以外の魔術を見たことはない。


 ラフィアは自分の胸元へ手を添える。


「私も、治癒魔術が使えるんですよ!」


 いつもの明るい笑顔を浮かべる。


「怪我を治したり、身体の状態を整えたりする魔術です」


「……ラフィアさんも、使えるんですか?」


「はい!」


 ラフィアは嬉しそうに頷く。


「ただ、魔術は誰でも使えるわけではありません」


「人によって、持っている魔力の量が違いますし、そもそも魔力を持っていない人もいます」


「それに、魔力があっても魔術を使うための適性がなければ、魔術は使えません」


「……」


 少女は黙ってラフィアの話を聞いている。


「ですから、魔術を使える人は、それほど珍しくない一方で、誰もが使える力というわけでもないんですよ」


 ラフィアは本へ目を戻す。


「そして――」


 少しだけ声を落とす。


「魔術師の中には、とても強い力を持つ人もいます」


「昔から、『支配の魔術師』と呼ばれる存在がいるとも言われています」


「人を支配するだけではなく、魔物や、世界の法則すら支配すると言われている、とても恐ろしい魔術師です」


 ラフィアは少しだけ首を傾げる。


「……もっとも、本当にそこまでの力を持っているのかは分かりませんけどね」


 昔から伝わる話。


 噂なのか、事実なのか。


 それを確かめた者は、ほとんどいない。


 ラフィアは明るい笑顔に戻る。


「まあ、今はそんな怖い話より、もっと大事なことを覚えましょう!」


 そう言って、本を一枚めくる。


「魔術は便利な力ですが、使えない人もいます。ですから、魔術だけに頼らず生活することも大切です」


 少女は小さく頷く。


 ふと、窓へ目を向ける。


 その向こうでは、あの人が薬草を並べていた。


 少女の視線が、一瞬だけ俺へ向く。


 けれど、すぐにラフィアへ戻った。


「そして、魔術がある世界だからこそ――もう一つ、知っておかなければならないものがあります」


 ラフィアが本を一枚めくる。


「それは――魔物です」


 ラフィアは、そこで一度言葉を区切る。


「魔物……」


 少女の表情が、わずかに変わった。


 ラフィアはその変化に気づいたのか、少しだけ声を落とす。


「森や山、洞窟など、人の暮らす場所から離れたところで多く確認されています」


「魔物は、普通の動物とは違うんですか?」


「そうですね。見た目も性質も様々です」


 ラフィアは本のページをめくる。


「狼のような姿をしたものもいれば、大きな体を持つものもいます。中には、魔術のような力を使う魔物もいるんですよ」


「ただ、すべての魔物が同じというわけではありません。強さも、知能も、それぞれ違います」


「では、魔物はどうして生まれるんですか?」


「それについては、まだ分かっていないことも多いんです」


 ラフィアは少し考えるように首を傾げる。


「魔力の濃い場所で、魔物が見つかることが多いと言われています」


「魔力の濃い場所?」


「ええ。森の奥や、人のあまり近づかない場所などですね」


 ラフィアは次へとめくる。


「ただ、魔力が濃いからといって、必ず魔物が生まれるわけではありません。詳しいことは、今でも研究されているんですよ」


「……そうなんですね」


「はい!」


 ラフィアは明るく笑う。


「だから、魔物については分からないこともたくさんあります」


 そして、少しだけ真面目な表情になる。


「それと、魔物には気をつけてくださいね」


「……はい」


「フローレの近くで頻繁に見かけることはありませんが、森などへ入れば話は別です」


 ラフィアは少女をまっすぐ見る。


「もし魔物を見つけても、自分から近づかないこと。危険だと思ったら、すぐに逃げることです」


「分かりました」


「よろしい!」


 ラフィアは満足そうに頷いた。


「魔物を討伐したり、危険な場所を調査したりするのも、冒険者の仕事の一つです」


「冒険者は、依頼を受けて仕事をします」


「薬草を集めたり、荷物を運んだり、人を探したり。さっき話した魔物の討伐も、その一つです」


「依頼は、依頼組合で受けるんですよね?」


「その通りです!」


「今、私があなたに教えていることも依頼主さんからの依頼ですし、外で依頼主さんが作業しているのも、別の依頼なんですよ」


 ラフィアは嬉しそうに笑う。


「依頼組合には、いろいろな依頼が集まります。冒険者は自分にできる依頼を選んで、それを達成するんです」


 ラフィアは指を一本立てる。


「もちろん、危険な依頼ほど、誰でも受けられるわけではありません」


「ランク制度というものが絡みますが、今は知らなくてもいいです。」

 

「とにかく、無理をしないことも、冒険者にとって大切なことなんですよ」


 そこでラフィアは、少しだけ本を閉じる。


「そして――依頼組合には、もう一つ大切な役割があります」


「……?」


「街の人たちと冒険者を繋ぐことです」


「薬草を探してほしい。魔物を討伐してほしい。誰かを護衛してほしい。そういった困りごとを依頼として受け付けて、必要な人へ届けるんです」


 少女は黙って話を聞いている。


「ですから、依頼組合は冒険者のためだけの場所ではありません」


「街で暮らす人たちにとっても、大切な場所なんですよ!」


 ラフィアは笑った。


「そして、依頼組合のように、街の中にはいろいろな役割を持つ場所があります」


 ラフィアは再び本を開く。


「役所も、その一つです」


「役所では、街で暮らす人たちに必要な手続きや、街の決まりなどを扱っています」


「税金を集めたり、住んでいる人を記録したり、街を管理したりするのも役所の仕事です」


「そして、フローレだけではなく、村や他の街にも、それぞれの役割を持つ人たちがいます」


 ラフィアは少女を見る。


「そうした人たちが、それぞれの仕事をすることで、街や国は成り立っているんですよ」


「……たくさんの人が、支えているんですね」


「そうです!」


 ラフィアは嬉しそうに頷く。


「一人だけでは、街も国も動かせませんからね」


 そして、ラフィアは少しだけ笑った。


「難しい話は、今はこれくらいで大丈夫です!」


「今日覚えておいてほしいのは、今いる場所だけが世界のすべてではない、ということです」


「フローレの外にも、たくさんの街や国があります」


「人間だけではなく、いろいろな種族がいます」


「魔術があり、魔物もいる」


「そして、困ったときには、依頼組合や役所のように助けを求められる場所もあります」


「今は、それだけ覚えておけば十分ですよ!」


「……はい」


 少女は小さく頷いた。


 ラフィアは本を閉じる。


「今日のお話は、ここまでにしましょうか!」


「……はい」


 少女は閉じられた本を見る。


 今日、教わったことは多かった。


 フローレという街。


 その外にある村や街。


 王都や、国境の向こうにある国。


 人間とは異なる種族。


 魔術。


 魔物。


 そして、冒険者や依頼組合。


 今まで少女が知っていた世界は、自分が暮らしているフローレだけだった。


 けれど――その外には、まだ知らない場所がいくつもある。


 知らない種族がいる。


 知らない力があり、知らない危険もある。


 少女は、初めて知った。


 自分が思っていたよりも、この世界はずっと広いのだと。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


20話物語を書いて、世界観説明ってマジ!?

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