↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
第一章 『名前のない日々』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/43

第20話 欲しいと思うこと

 食べ終わり、会計を済ませる。


 さっき勉強した通り、銅貨八枚。


 ラフィアさんが支払いを済ませる。


 私は、その様子をじっと見ていた。


 二人で家へ帰る。


 家に着くと、ラフィアさんはそのまま机へ向かう。


 机の上には、さっきまで使っていた紙や鉛筆が置かれたままだ。


「では、続きをしましょうか」


「……はい」


 私は椅子に座る。


 ラフィアさんも隣に座り、本を一冊手元へ引き寄せる。


「先ほどの続きです」


 私は紙へ目を向ける。


 そこには、昼食の前に教えてもらった文字と数字が書かれている。


 私は一つずつ、覚えたことを思い出していく。


 先ほどと同じように、文字を読む。

 

 書いてみる。

 

 間違える。

 

 教えてもらう。

 

 そして、もう一度やってみる。


 けれど、朝とは少し違っていた。


 さっきは分からなかった文字が、少しだけ分かるようになっている。


 そうして二人は、帰ってからも勉強を続けた。


 しばらくして、ラフィアさんが鉛筆を置いた。


「今日は、ここまでにしましょうか。続きは、また明日にしましょう」


「……はい」


 私は頷く。


 ラフィアさんは机に広がっている本や筆記用具を鞄へと片付ける。


 そして、鞄を手に取った。


「それでは、今日はこれで終わりです」


「……はい」


 ラフィアさんが立ち上がる。


 私も立ち上がる。


 ラフィアさんが玄関へ向かうので、私も後ろをついていく。


「明日も、また来ますね」


「……はい」


「それと、今日のお昼のお金です」


 ラフィアさんが、私の手に銅貨を乗せる。


「依頼主さんに渡しておいてくださいね」


「……はい」


 知らない呼び方だった。


 けれど、ラフィアさんが銅貨を私に渡している。


 それを、あの人に渡せばいいのだろう。


「それから、もう一つお願いがあります」


「……?」


「依頼主さんに、鍵を預けてもらえるように伝えておいてください」


「……分かりました」


「ありがとうございます。それでは、また明日」


「……さようなら」


 ラフィアさんは笑って、家を出ていった。


 扉が閉まる。


 部屋の中が静かになる。


 私は、手のひらにある銅貨を見る。


 ラフィアさんから渡された。


 あの人に渡してほしいと言われた。


 だから、なくさないようにしておかなければならない。


 私は銅貨を大切にポケットへしまった。


 ふと、窓の外を見る。


 物干し竿には、朝に干した洗濯物が残っている。


 もう乾いている。


 私は外へ出て、一枚ずつ取り込む。


 取り込んだ洗濯物を、丁寧に畳む。


 そして、収納棚へ片付ける。


 洗濯物を片付け終えると、収納棚からタオルと着替えを一組取り出す。


 水場へ向かう。


 身体を洗い終えると、脱いだ服を手にして部屋へ戻る。


 それを扉近くに置く。


 あの人は、まだ帰ってきていない。


 私はラフィアさんが使った椅子を元の位置に戻し、机の前に座る。


 机の上には、今日ラフィアさんと使った紙が残っている。


 紙に書かれた文字を見る。


「ア、イ、ウ……」


 声に出して読んでみる。


 教えてもらった読み方を思い出しながら、一つずつ確かめていく。


 次に、机へ指を置く。


 紙に書かれていた文字を思い出しながら、指先で机の上をなぞる。


 一つ。


 また一つ。


 何度も繰り返す。


 けれど、これでは紙に書くことはできない。


 今日使った紙はラフィアさんが用意した物だ。


 鉛筆も、私が自由に使えるものではない。


 もし、自分で使える紙があったら。


 もし、自分で使える鉛筆があったら。


 あの人が帰ってくるまでの間にも、練習できる。


 そう思った。


 白い紙と、鉛筆が欲しい。

 

 あの人が帰ってきたら、お願いしてみよう


 私はもう一度、机の上を指でなぞった。


 今日教えてもらった文字を思い出しながら。


 あの人が帰ってくるまで、私は一人で復習を続けた。

 

————————————————————————————

 

 しばらくして――。


 外から、荷車の車輪が石畳を擦る音が聞こえてきた。


「……」


 私は指を止める。


 音が、少しずつ近づいてくる。


 やがて、庭へ荷車が入ってきた。


 私は椅子から立ち上がる。


 窓から外を見る。


 荷車を引いているのは、あの人だった。


 荷車には、いくつもの荷物が積まれている。


 木箱。


 籠。


 それから――。


「……?」


 見慣れないものが、一つ載っている。


 大きな木製の寝台。


 私は窓から離れ、裏口へ向かう。


 扉を開ける。


 庭では、あの人が荷車を止めていた。


「帰った」


「……おかえりなさい」


 私は、あの人のところへ近づく。


 荷車の中を見る。


 果物が入った籠。


 肉を包んだ布。


 壺に入った酢漬けの野菜。


 それから、いくつかの塊に切り分けられたチーズ。


 朝に食べるものなのだろうか。


 今まで見たことのないものもある。


 けれど、一番気になったのは――。


「……これは?」


 私は荷車に積まれた寝台を見る。


「ああ」


 あの人が寝台へ目を向ける。


 家にあるものと、ほとんど変わらない大きさ。


 けれど、新しい。


 木も綺麗だった。


「お前のだ」


「……私の?」


「そうだ」


 私は寝台を見る。


「……」


 自分のために用意されたもの。


 そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなる。


「部屋へ運ぶぞ」


「……はい」


 あの人が荷車から寝台を降ろそうとする。


「私も、します」


「重いぞ」


「……それでも」


 私は寝台へ手を添える。


 あの人が少しだけこちらを見る。


「分かった」


 二人で寝台を運ぶ。


 家の中へ入り、部屋の中へ運び込む。


 昨日使った寝台を少し横へ移動させ、新しい寝台を置く。


 ほとんど同じ大きさなのに、新しい寝台が置かれるだけで部屋の印象が少し変わった。


 私は、その寝台を見つめる。


「……ありがとうございます」


「ああ」


 あの人はそれだけ答える。


 そして、再び庭へ戻っていく。


 荷車には、まだたくさんの荷物が残っている。


 私は、その後を追う。


「これは?」


「朝飯だ」

 

「……朝ご飯」


「しばらくはこれで足りるだろう」


「……はい」


 私は籠の中を覗く。


 色とりどりの果物が並んでいる。


 以前、露店で見たものもあった。


 あの人は荷物を一つずつ家の中へ運んでいく。


 私も手伝う。


「部屋の隅に置いてくれ」


 籠を持つ。


 木箱を運ぶ。


 小さなものなら、私にも持てる。


 すべての荷物を運び終えると、庭には荷車だけが残った。


「これは、どうするんですか?」


「ここに置いておく」


 あの人は庭の端を指差した。


「水を汲む時にも使える」


「……水」


「壺を載せて運べるからな」


「……そうなんですね」


 私は荷車を見る。


 街で何度も見たことがあるものだった。


 けれど、それが自分の家にあるというのは、不思議な感じがした。


「分かりました」


 私は小さく頷いた。


 あの人は荷車から最後の荷物を下ろす。


「これで全部か」


 続いて、積み上がった荷物に大きな布を被せる。


 私は、ふと思い出す。


「あの……」


「何だ?」


 あの人が振り返る。


 私はポケットへ手を入れる。


 中に入れていた銅貨を取り出す。


「これ……」


 手のひらに乗せた銅貨を、あの人へ差し出す。


「ラフィアさんから預かりました」


「ああ」


 あの人は銅貨を受け取る。


「今日のお昼のお金だそうです」


「ああ」


 それから、もう一つ。


 ラフィアさんに頼まれていたことを思い出す。


「それと……」


「まだあるのか?」


 私は少しだけ考えてから、口を開く。


「ラフィアさんが、鍵を預けてもらえるように伝えてほしいと言っていました」


「ああ、鍵か」


 あの人は少し考えるように黙る。


「分かった。明日からそうする」


「……はい」


 これで、ラフィアさんに頼まれたことは終わった。


 けれど――。


 もう一つ、伝えたいことがある。


「あの……」


「今度はなんだ?」


 私は、家の中を見る。


 さっきまで勉強していた机。


 その上には、今日使った紙が置かれている。


 そこに書かれた文字を思い出す。


「私も……お願いがあります」


「言ってみろ」


「白い紙と、鉛筆が欲しいです」


 あの人の視線が、机の上へ向く。


 今日、私が勉強に使った紙。


 そこに書かれた文字を、しばらく見ている。


「ラフィアに頼まれたのか?」


「いいえ」


 私は首を横に振る。


「私が……欲しいと思いました」


「そうか」


 あの人は、机の上の紙へもう一度目を向ける。


「分かった」


「……ありがとうございます」


 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


 自分から欲しいと言った。


 それを、聞いてもらえた。


「なら、食堂へ行く途中で買うか」


 あの人は淡々と言う。


「今日は、お前も来い」


「……はい」


「紙と鉛筆は、お前が選べ」


「……私が?」


「ああ」


 あの人は、私を見る。


「お前が使うものだ。自分で決めろ」


「……分かりました」


 自分で。


 その言葉を、私は心の中で繰り返す。


 昨日も、手拭いと服を選んだ。


 けれど、あの時はあの人が必要なものを考えてくれた。


 今日は違う。


 私が欲しいと思ったものを、自分で選ぶ。


 あの人は飾り棚から木椀と器を二組ずつ取り出す。


 それを手に持つと、腰の収納袋へしまった。


「行くぞ」


「……はい」


 二人で家を出る。


 食堂へ向かう途中で、店に寄る。


 白い紙。


 鉛筆。


 自分で選ぶもの。


 私は胸の中で、その言葉を何度も繰り返しながら、あの人の後をついていった。


 石畳の道を歩く。


 私は、あの人の少し後ろを歩く。


 昨日とは違う。


 今日は、自分で選ぶものがある。


 しばらく歩くと、文具を扱っている店が見えてきた。


「あそこだ」


 あの人が店を指す。


「……はい」


 二人で店へ入る。


 店の中には、紙や鉛筆が並んでいた。


 棚には白い紙が束になって置かれている。


 その隣には、細い鉛筆。


 別の棚には、紙をまとめるための革紐や木製の留め具も並んでいた。


 私は、一つずつ見ていく。


「どれがいい?」


「……」


 私は紙を見る。


 大きさの違うもの。


 枚数の違うもの。


 紙を束ねたもの。


 最初から綴じられているもの。


 どれがいいのか、よく分からない。


「……これは?」


 私は、一冊の綴じられた紙を指差す。


「ノートだな」


「あの……どう使うんですか?」


「紙をまとめてある。書き終わったら、次のページを使えばいい」


「……」


 私はノートを手に取る。


 ページをめくる。


 白い紙が何枚も続いている。


「これなら、なくならないようにまとめておける」


「そうですね」


 私はしばらく考える。


 そして、小さく頷いた。


「これが……いいです」


「ああ」


 あの人はそれだけ答える。


「鉛筆は?」


 私は隣の棚を見る。


 何本か並んでいる。


 太さも長さも違う。


 私は一本ずつ手に取ってみる。


「……これ」


「それでいいのか?」


「はい、それとこれも……」


 少女が灰色の消し具を指差す。


「消し具か」


「はい。文字を間違えたときに使うものです」


「そうだな」


「これも、欲しいです」


「分かった」


 あの人が店主へ声をかける。


「これを」


「はいよ」


 店主がノートと鉛筆、消し具を受け取る。


 会計を済ませる。


 私は、買ったノートを両手で抱える。


 白い紙が、自分の手の中にある。


 これからは、好きな時に開いていい。

 

 好きなだけ、文字を書いていい。


 そんなことを考えると、ノートを少しだけ強く抱えた。


「持てるか?」


「……はい」


「なら行くぞ」


「はい」


 二人で店を出る。


 ノートを胸に抱えたまま、私は歩く。


 白い紙。


 自分で使う鉛筆。


 これで、あの人が帰ってくるまでの間にも練習できる。


 そう思うと、早く家へ帰って開いてみたくなった。


 次に向かうのは、食堂だった。


 しばらくすると、一軒の店の前であの人が足を止めた。


 そこからは焼いたパンの香りがする。


「ここだ」


「……はい」


 二人で店へ近づく。


「おう、兄ちゃん。いらっしゃい」


「ああ」


 あの人は収納袋から木椀と木匙を二組取り出し、店主に渡す。


 店主は、あの人の後ろにいる私へ目を向けた。


「……ん?」


 長い髪の隙間から、首元が少しだけ見える。


 そこに刻まれた紋を見て、店主の目が一瞬止まった。


「……そういうことか」


 店主は、それ以上は何も言わなかった。


 少しだけ私を見てから、あの人へ視線を戻す。


「昨日、連れがいるって言ってたけど、まさか女の子だったとはな」


「……」


「てっきり、もっと年上の奴かと思ってたよ」


 店主は苦笑する。


「まあ、事情はいろいろあるんだろうな」


「ああ」


 あの人は短く答える。


 店主も、それ以上は聞かなかった。


「それで、今日はどうするんだい?」


 いつもの調子に戻って尋ねる。


 あの人は少し考える。


「ハム、卵、フルーツヨーグルト、それと……今日は焼きスズキを頼む」


「おう。今日は魚か。合わせて4つだな」


 店主は頷く。


「昨日と同じで、半分に切るか?」


「ああ」


「スープもいつものやつでいいか?」


「ああ。それで頼む」


「はいよ」


 店主が奥へ声をかける。


 しばらくすると、昨日と同じように、紙袋に入ったはさみパンが運ばれてきた。


 店主はそれを受け取ると、スープを椀へ注ぐ。


「これで全部だ」


「ああ」


 あの人が代金を支払う。


 私は、その様子を隣で見ていた。


 家へ戻る。


 食事を済ませると、あの人は外へ出ていった。


 しばらくして、あの人が戻ってくる。


 昨日と同じように、歯木を手に取る。


 私も手に取り、教えてもらった通りに歯を磨く。


 柄杓で水を汲み、口をゆすぐ。


「俺は寝る」


 あの人は机の上にある油灯の明るさを調節し、寝台へ横になる。


 部屋の中は静かだった。


 私は、自分の寝台を見る。


 その隣には、今日買ってもらったノートが置いてある。


 明日も、文字を教えてもらう。


 そして――。


 自分でも、文字を書いてみよう。


 そう思いながら、私は寝台へ入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。