↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
支配の魔術師と名を持たぬ少女  作者: 雪美夜
第一章 『名前のない日々』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/43

第15話 家庭教師を探して

 服屋を後にし、石畳の通りを歩く。


 少女は胸に抱えた布袋を、何度も見下ろしていた。


 自分で選んだ服――それだけで嬉しいのだろう。


 俺はそんな少女を横目に見ながら歩く。


 この少女に必要なのは、服だけではない。


 文字も、計算も、世の中の常識も知らない。


 だが、俺に教えられることには限りがある。


 だから、教えられる人間を探す必要があった。


 向かう先は決まっている。


 見慣れた建物の前で足を止めた。


 木製の看板には、


 『依頼組合』


 と書かれている。


「少し寄る」


「……はい」


 俺は迷うことなく扉を押し開けた。


 少女も辺りを見回しながら、後ろを付いてくる。


「いらっしゃいませ。あっ、あなたでしたか! 本日はお越しにならないのかと思いましたよ」


 受付にいた女が、こちらへ笑みを向けた。


「今日は別の用だ。依頼を発注しに来た」


「そうでしたか。では、ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「こいつに文字や計算、一般常識を教えられる人間を探して欲しい」


 顎で少女を示す。


「その子のために家庭教師を?」


「ああ」


「へぇ……。てっきり娘さんなのかと思っちゃいました」


「違う。父親じゃない」


「あ、失礼しました」


「だが、一緒に暮らしていく」


「そうでしたか」


 受付の女は納得したように頷き、帳簿を一冊開く。


「でしたら、一人だけ心当たりがありますよ」


「誰だ」


「生活支援専門の依頼を受けている方です」


「文字や計算だけでなく、礼儀作法や街で暮らすための知識も教えています」


「戦えるのか?」


「戦闘はほとんどできません」


「でも、生活支援依頼の第一推薦者として、組合でも評判ですよ」


 俺が求めているのは戦力ではない。


 少女へ世界を教えられる人間だ。


「依頼は受けてもらえそうか?」


「大丈夫だと思います。ちょうど今日は組合に来る予定でしたから……」


 受付の女が言い終えるより早く、


「こんにちはー!」


 入口から明るい声が響いた。


 振り返ると、一人の若い女性が組合へ入ってきた。


 栗色の髪は肩まで伸び、肩には革鞄を提げている。


 鞄の口からは、何冊もの本が顔を覗かせていた。


「あっ、ちょうど来ました」


 受付の女が入口へ手を振る。


「ラフィアさーん、少しよろしいですか?」


「はい?」


 女性は笑顔のまま近寄ってくる。


「こちらが先ほどお話しした、生活支援専門の依頼を受けているラフィアさんです」


「はじめまして! ラフィアって言います!」


 ラフィアは俺と少女を交互に見て、にこりと笑った。


「こちらの方が家庭教師を探していらっしゃるんです」


「本当ですか! もしかして、その子が生徒さんになる子ですか?」


「ああ」


 少女は勢いに押されるように、俺の後ろへ半歩隠れた。


「ありがとうございます! 私、精一杯頑張ります!」


「ラフィアさん……」


「はい?」


「まだ内容を伝えていません」


「あっ」


 ラフィアは口元を押さえた。


「そ、そうでした……!」


 恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。


「えへへ。つい嬉しくなっちゃって」


 受付の女は苦笑しながら肩をすくめた。


「相変わらずですね」


「面目ないです……」


「とまあ、少し抜けているところはありますが、街の皆様からは『フローレの先生』ラフィアさんと親しまれています」


「生活支援依頼なら、真っ先に名前が挙がる方です」


「フローレ?」


 少女が小さく首を傾げる。


「この街の名前です」


 少女は小さく頷いた。


「今後、お前が暮らす街だ。覚えておけ」


「……はい」


 ラフィアは少女の前まで歩み寄ると、目線を合わせるように腰を下ろした。


「こんにちは」


 優しい笑みを浮かべながら声を掛ける。


 少女は俺の後ろに隠れたまま、小さく会釈を返した。


「ふふっ。緊張しちゃいますよね」


 ラフィアは無理に近付こうとはしない。


 一定の距離を保ったまま、穏やかな笑顔を向けていた。


「では、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 ラフィアが立ち上がり、俺へ向き直る。


「何を教えればいいんですか?」


「文字、計算、一般常識」


「それと、自分で考え、自分で選べるようにしたい」


 ラフィアの笑みが少しだけ和らいだ。


「……そういうことでしたか」


「こいつは何も知らない」


「何も?」


「最近まで奴隷だった。教えられる機会がなかった」


「……そうだったんですね」


 ラフィアは少女へ視線を向ける。


 驚いた様子はあった。


 だが、憐れむような表情ではなかった。


「でしたら、知らないのは当然です」


「教わる機会がなかっただけなんですね」


 少女へ優しく微笑みかける。


「それなら大丈夫です」


「……そう言い切れるのか」


「はい」


 ラフィアは迷うことなく頷いた。


「知らないことは、悪いことじゃありません」


「知らないままだと困ることはあります。でも、それは学べばいいだけです」


「知識は、これから少しずつ覚えられます」


 ラフィアは少女へ向き直る。


「分からないことが、分かるようになる楽しさも知ってほしいです」


「そして、最後は自分で選べるようになりましょう」


「私も、そのお手伝いをします」


「……そうか」


 俺にはない考え方だった。


 だからこそ、この女に任せる価値がある。


「でしたら、まずは焦らないことから始めましょう」


「焦らない?」


「はい」


「分からないことを責められると、勉強は怖いものになってしまいます」


「だから最初は、覚えることより『学ぶのは楽しい』と思えることの方が大切なんです」


 ラフィアは少女へ視線を向け、穏やかに微笑んだ。


「一つずつ、一緒に覚えていけば大丈夫ですよ」


「今は知らなくても大丈夫」


「これから覚えればいい」


 少女は少しだけ目を丸くした。


 そんな言葉を掛けられたことが、今までなかったのかもしれない。


 怒られるのではなく、教えてもらえる。


 そんな未来を、考えたこともなかったのだろう。


「……はい」


 小さな返事だった。


 けれど、その声はさっきより少しだけ力がこもっていた。


「それでは、依頼内容をまとめますね」


 受付の女は帳簿から一枚の依頼書を取り出し、羽根ペンを手に取る。


「依頼内容は、文字や計算、一般常識の指導」


「それと、自分で考え、自分で選べるようになるための生活支援、という内容でよろしいでしょうか?」


「ああ」


「期間は決めなくて構いませんか?」


「こいつ次第だ。必要がなくなった時点で終わりにする」


「承知しました」


「では、継続依頼として登録いたします」


「終了の際は組合へご連絡いただければ、その日をもって依頼完了となります」


 羽根ペンを走らせながら、受付の女が続ける。


「報酬ですが、ラフィアさんは生活支援依頼の第一推薦者ですので、一日銀貨二枚になります」


「組合でも、その金額が適正と判断しています」


 銀貨二枚。


 三十日分なら銀貨六十枚か。


「なお、継続依頼は前払いでお預かりしております」


「理由は?」


「長期間の依頼では、途中で依頼主と連絡が取れなくなったり、報酬が支払われなくなることがあるためです」


「組合としても、受注者を守る決まりになっています」


「構わない」


 俺は収納袋へ手を入れる。


「少し待ってくれ」


 収納袋の奥へ手を伸ばす。


 上には日用品や道具、食料などが収められている。


 金は滅多に使わない。


 だから、一番奥へ押し込んだままになっている。


 魔物の素材を売ることはあっても、金を使う機会はほとんどなかった。


 いくら入っているのか、正直把握もしていない。


 ……財布でも用意した方がよさそうだ。


「あっ……」


 受付の女が、小さく声を漏らした。


「その収納袋、お持ちだったんですね」


「問題あるのか?」


「い、いえ。収納袋は便利な魔道具ですが、それなりに高価ですので……」


「いいなぁ……」


 ラフィアが収納袋を羨ましそうに見つめる。


「私も欲しいんですよね。荷物が全部入るなんて便利ですし」


「でも、高くてなかなか手が出なくて……」


「そうらしいな」


 俺は短く頷く。


「最上級のものは容量に制限がないらしい」


「値段も桁違いだと聞いた」


「…………」


 ラフィアが固まった。


 受付の女も目を瞬かせる。


「えっと……その収納袋も、十分すごい品なんですけどね……」


「必要だったから買っただけだ。値段は気にしたことがない」


 俺の使っているものも、城一つ分は入る。


 容量で困ったことは一度もない。


 だから、最上級との違いが俺にはよく分からなかった。


 やがて目当ての銀貨を見つけ、一枚ずつカウンターへ並べていく。


 十枚。


 二十枚。


 三十枚。


 受付の女が思わず息をのむ。


 四十枚。


 五十枚。


 俺の手は止まらない。


 ――六十枚。


「……確かに、お預かりいたします」


 受付の女は銀貨を数え終え、小さく息を吐いた。


「失礼しました。収納袋をお持ちでしたし、私の取り越し苦労でしたね」


「気にするな」


 その様子を見ていた少女は、積み上げられた銀貨をじっと見つめていた。


 お金の価値は分からないのだろう。


 それでも、受付の女やラフィアが驚いていたことだけは伝わったらしい。


 それほど大きなお金なのだ。


 それを、自分のために払わせてしまった。


 そんな戸惑いが、小さな表情に滲んでいるように見えた。


「……あの」


 少女は遠慮がちに俺の袖をつまむ。


「そんなに、お金を使って……大丈夫なんですか?」


「問題ない」


 短く答える。


 少女はまだ少し不安そうな表情を浮かべていた。


 それ以上は何も言わず、小さく頷いた。


 受付の女は依頼書を書き終えると、羽根ペンを置いた。


「これで手続きは完了です」


 帳簿を閉じ、小さく一礼する。


「ラフィアさん、明日からお願いできますか?」


「はい! もちろんです!」


 ラフィアは元気よく返事をした。


「では、明日の朝はこちらの組合で待ち合わせにしましょう」


「承知しました!」


 ラフィアは笑顔で頷くと、少女へ向き直る。


「明日からよろしくお願いします」


「最初は難しいことはしません」


「街を歩いたり、お話ししたりしながら、少しずつ覚えていきましょうね」


 少女は少し戸惑いながらも、小さく頭を下げた。


「……よろしく、お願いします」


 ラフィアは嬉しそうに微笑み返す。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 受付の女も穏やかな笑みを浮かべた。


「それでは、お待ちしております」


「ああ」


 俺は踵を返した。


「行くぞ」


「……はい」


 少女も後を追う。


 扉を押し開けると、昼の日差しが差し込んできた。


 石畳の通りは朝よりも人通りが増え、露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。


 時刻はもう昼を過ぎていた。


 朝から歩き回っていたせいか、腹も減っている。


「昼飯にするか」


「……はい」


 少女は素直に頷いた。


 辺りを見回す。


 焼きたてのパンにチーズや卵を挟んで売る店。


 香ばしい煙を上げながら肉や野菜を焼く串焼き屋。


 そして、昼時とあって多くの客で賑わう食堂。


 開け放たれた扉からは、湯気と料理の香りが通りまで流れてきていた。


「ここに入る」


 俺は食堂の扉を押し開ける。


 少女は少し緊張した様子で店内を見回しながら、静かにその後へ続いた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


家庭教師になるラフィアは、ドジっぽい子ですね。

だけど、教育方針は相手に寄り添う真面目さがキャラクター性を引き出せていたら幸いです。 





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。