第23話 お父様、私を売った値段はおいくらですか
アルヴィナ公爵家の帳簿に違和感を覚えたのは、ずっと前からだった。
けれど、私はそれを口にしなかった。
父に言えば、余計なことをするなと言われる気がした。
継母に言えば、家の金に口を出すなんて可愛げがないと笑われる気がした。
セレーネに言えば、難しい顔をするお姉様は怖いと泣かれる気がした。
だから私は、王宮で覚えたように、ただ控えを作った。
おかしいと思った数字を写す。
同じ商会の名前が何度も出るところに印をつける。
支出の時期と、王宮行事の時期を照らし合わせる。
贈答品が増えた月と、父の態度が妙に柔らかくなった時期を比べる。
その時は、ただの家政上の不備だと思っていた。
今思えば、私は見ないふりをしていただけなのかもしれない。
「エリシア様」
マルタが、いつものように茶を置いた。
今日の茶は香りが薄い。私が香りの強すぎる茶を苦手だと言ってから、マルタはすぐに種類を変えてくれた。
こういう細かい変化に、まだ少し落ち着かなくなる。
ありがたい。
けれど、慣れない。
私は礼を言い、カップを持った。
「ありがとうございます」
「本日は香りを抑えた茶葉にしております」
「分かります。飲みやすいです」
「厨房と茶葉係に伝えます」
「茶葉係もいるのですね」
「はい。旦那様は茶葉の違いをほぼ気にされませんが」
「公爵閣下らしいです」
「ですので、茶葉係はエリシア様の反応を大変ありがたがっております」
私は少し笑った。
「私、屋敷のいろいろな方に食べ物や飲み物の感想を求められるようになっていませんか」
「良い傾向です」
「そうでしょうか」
「はい。人間は、噂よりも食べる姿を見た相手に親しみを覚えるものです」
マルタは淡々と言った。
なるほど、と思う。
王都では私は魔女になっている。
毒婦で、悪女で、冷血公爵を惑わせた女。
けれど、この屋敷の人たちにとって私は、スープを半分食べた人、白薔薇菓子が苦手な人、蜂蜜と胡桃の焼き菓子をおいしいと言った人になりつつある。
それは、小さいけれど強い。
その時、扉が叩かれた。
今日は返事を待つ間がある。
「どうぞ」
私が答えると、オスカーが入ってきた。
いつもの軽い笑みはある。
けれど、目の奥が笑っていない。
彼が持っている書類の束を見て、私の背筋が自然と伸びた。
マルタがすかさず言う。
「姿勢はよろしいですが、伸ばしすぎです」
「すみません」
「必要のある謝罪ではありません」
「……はい」
オスカーが少し口元を緩める。
「クラウゼル家式の矯正、順調ですね」
「報告を」
後ろから低い声がした。
レオンハルト公爵だった。
いつの間にか入ってきている。
いや、扉は開いたままだった。オスカーの後ろにいたのだろう。
それにしても存在感が強い。
「公爵閣下」
「顔色は悪くない」
「挨拶が戻っています」
「おはよう」
「もう午後です」
「そうか」
マルタが深々と息を吐いた。
「旦那様、本日は四十二点です」
「低いな」
「午後におはようは減点でございます」
私は笑いそうになり、けれどオスカーの書類を見て笑いきれなかった。
レオンハルト公爵は向かいに座る。
オスカーは机の上に書類を広げた。
「アルヴィナ公爵家の財務に関する報告です」
胸の奥が、きゅっと縮んだ。
父の家。
私が戻らないと決めた家。
私を処刑同意書に署名した父の家。
それでも、そこは長く私の世界だった。
「聞けるか」
レオンハルト公爵が言った。
私は頷いた。
「聞きます」
マルタが静かに確認する。
「怖さは?」
「あります」
「聞ける程度ですか」
「はい。……いいえ、少し強いです」
「では、合図を決めましょう」
「手袋を外す、ですか?」
「本日は手袋をなさっていませんので、カップを皿に置いてくださいませ」
「分かりました」
私はカップを見る。
置いたら、止めてもらえる。
それだけで、少しだけ息がしやすくなった。
オスカーは待ってくれていた。
軽口はない。
彼はこういう時、意外なほど空気を読む。
「まず、アルヴィナ公爵家は表向きには裕福です。領地収入もあり、王宮との関係も強い。ただし、ここ数年で支出がかなり増えています」
「セレーネの社交費ですか」
私が言うと、オスカーは少し目を細めた。
「一部は」
「やはり」
「ドレス、宝飾、茶会費用、王宮出入りの贈答品。セレーネ嬢関係の支出は増えています。ただ、それだけでは説明できない」
オスカーは一枚の紙を指で押さえた。
「モルガン商会からの借入があります」
モルガン商会。
また、その名前。
白い花の香油。
リディア嬢への贈り物。
王妃宮への納品。
そして、アルヴィナ公爵家への借入。
点が、嫌な形で繋がっていく。
「借入額は?」
レオンハルト公爵が問う。
「三年前に小口。二年前に中口。昨年末に大口。さらに今年、春告げの茶会の直前に、返済猶予の書き換えがあります」
茶会の直前。
私は手の中のカップを見た。
まだ置かない。
聞ける。
「返済猶予とは、条件変更ですか」
私が尋ねると、オスカーは頷いた。
「はい。利息の一部停止、返済期限の延長。ただし担保が追加されています」
「担保……」
「アルヴィナ家所有の南の葡萄畑。それと、王宮慈善事業に関わる納品推薦状」
私は眉を寄せた。
「納品推薦状?」
「モルガン商会が王宮関係の物資納入を受けやすくなるよう、アルヴィナ公爵家が推薦する書類です」
「父が?」
「署名はアルヴィナ公爵のものです」
胸が重くなる。
父は、商会に借りを作っていた。
それも、王宮関係の納品に関わる推薦状まで出して。
「白百合慈善基金にも、モルガン商会の名前がありました」
私は言った。
「薬草、包帯、保存食、香油。慈善事業に必要な物資として」
「ええ」
オスカーが頷く。
「つまり、アルヴィナ公爵家はモルガン商会に借金があり、モルガン商会は王妃宮管理の慈善基金へ納品している。公爵家の推薦があるから、商会は入りやすい」
レオンハルト公爵が低く言う。
「王妃宮、モルガン商会、アルヴィナ公爵家」
その三つが並んだ瞬間、部屋の空気が冷えた。
私はゆっくりカップを皿に置いた。
かちゃり、と小さな音がした。
全員が、私を見る。
「止めるか」
レオンハルト公爵が言った。
私は首を振った。
「少しだけ、時間をください」
「分かった」
誰も話さない。
マルタが、私の前に白湯を置く。
私はそれを一口飲んだ。
味がない。
その味のなさが、逆にありがたかった。
父は、私を守らなかった。
それだけではないのかもしれない。
父は、自分の家を守るために、モルガン商会や王妃宮と繋がっていた。
その繋がりの中で、私は邪魔になったのかもしれない。
白百合慈善基金の不自然な数字に気づいた私。
王宮控室の書類棚に、控えを作っていた私。
王太子妃候補として、表向きは王宮の中枢に近い私。
そして、毒殺未遂の冤罪。
私は、静かに息を吐いた。
「続けてください」
オスカーが頷く。
「春告げの茶会の三日前、モルガン商会からアルヴィナ公爵家へ、香油と布地が届けられています。名目はセレーネ嬢への祝い品」
「祝い品?」
「王太子殿下との距離が近くなったことへの、先走った贈答でしょうね。正式な婚約でもないのに」
オスカーの声には、少し呆れが混じっていた。
「その中に、白い花の香油も?」
「はい」
やはり。
私は手を握った。
「セレーネは、王妃殿下からいただいたと言っていました」
「商会からアルヴィナ家へ届いたものとは別に、王妃宮からも同じ香油が下賜されています」
マルタが眉をひそめる。
「同じ品が二方向から?」
「はい。記録上は」
記録上は。
私はその言葉に引っかかった。
「実物は一つだった可能性がありますか」
オスカーがこちらを見る。
「あります。アルヴィナ家へ届いたことにして、実際には王妃宮経由でセレーネ嬢へ渡った。あるいは逆。記録を二重にして、数を曖昧にした可能性も」
「香油の本数が曖昧になれば、毒瓶の口に残った香りの出どころも曖昧になりますね」
「その通りです」
私は目を閉じた。
白い花の香り。
あの香りが、急に気持ち悪く思えた。
セレーネの袖。
王妃宮の侍女ミレイユ。
毒瓶の口。
リディア嬢の新作香油。
モルガン商会の贈答。
美しい花の香りの下に、何が隠されているのだろう。
「父は、その香油のことを知っていたのでしょうか」
「贈答記録には、公爵家執事の確認印があります。公爵本人が見ていたかは不明です」
「父は、家の贈答記録を細かく見ません」
私は言った。
「そのあたりは、以前は私が確認していました。でも、セレーネへの贈答品に関しては継母が見ていたはずです。父は最終的な金額と相手先だけ」
「それでも、モルガン商会との借入は把握している」
レオンハルト公爵が言う。
「はい。父は数字に弱い人ではありません。家の体面に関わる金の流れだけは、必ず見ます」
父の顔が浮かぶ。
厳格で、冷たくて、家名を何より重んじる人。
娘の心には鈍かった。
でも、家の借金には鈍くない。
「エリシア」
レオンハルト公爵が静かに呼んだ。
「はい」
「アルヴィナ公爵は、君が白百合慈善基金の数字に気づいていたことを知っていたか」
私はしばらく考えた。
父に直接話したことはない。
でも、一度だけ。
屋敷の執務室で、私は父に帳簿の一部を持っていったことがある。
『お父様、王妃宮の慈善基金に関する支出ですが、少し確認したい点がございます』
父はその時、忙しそうだった。
『王妃宮のことに、お前が口を出す必要はない』
『ですが、王太子妃教育の一環として』
『エリシア』
低い声。
『家の立場を考えなさい。王妃殿下の管理される基金に疑問を呈するなど、軽々しくするものではない』
私は黙った。
父は続けた。
『お前は正しさを振りかざしすぎる。王宮では、正しいだけでは生きていけない』
その言葉に、私は傷ついた。
でも、反論しなかった。
その時、父は気づいたはずだ。
私が何かを見つけたことに。
「……知っていた可能性があります」
私は答えた。
「少なくとも、私が疑問を持っていたことは」
レオンハルト公爵の目が静かに細くなる。
「なら、君は邪魔だった」
その言葉は冷たかった。
でも、優しく言い換えられるより良かった。
私は、自分でも驚くほど落ち着いていた。
「そうですね」
認めると、胸が痛んだ。
「父にとって私は、便利であるうちは娘だったのかもしれません。でも、家の借金や王妃宮との関係に触れそうになった時点で、危険な娘になった」
「エリシア様」
マルタが心配そうに呼んだ。
私は首を振る。
「大丈夫です。……いえ、痛いです。でも聞けます」
マルタは小さく頷いた。
「よろしいです」
オスカーは、次の紙を出した。
「さらに、これはかなり嫌な話です」
「聞きます」
「アルヴィナ公爵家は、茶会前にモルガン商会への返済猶予を得ました。その直後、アルヴィナ公爵は王妃宮へ二度出入りしています」
「父が王妃宮へ?」
「はい。表向きは、セレーネ嬢の王宮出入りに関する相談です」
「実際は」
「分かりません。ただ、その二日後に茶会。さらに毒殺未遂事件の後、アルヴィナ公爵は非常に早く処刑同意書に署名しています」
早く。
その言葉が、胸を刺した。
父は迷わなかったのだろうか。
娘を処刑する書類に署名する時。
少しでも、手は止まらなかったのだろうか。
「処刑同意書に署名した後、アルヴィナ公爵家には何か動きが?」
私が尋ねると、オスカーは一瞬だけ躊躇した。
その躊躇だけで、嫌な予感がした。
「あります」
「言ってください」
「モルガン商会からの督促が止まっています」
部屋が静まり返った。
私は、しばらく呼吸を忘れた。
督促が、止まった。
私が毒殺未遂で捕まり、父が処刑同意書に署名した後に。
モルガン商会からの借金の催促が止まった。
「偶然の可能性は」
私は尋ねた。
声が、自分のものではないみたいに聞こえた。
オスカーは答えづらそうにした。
「あります。ただし、同時期にアルヴィナ公爵家へ新しい返済計画書が送られています。内容はまだ確認中ですが、かなり有利な条件になったようです」
私は笑った。
笑ったつもりはなかったのに、喉の奥から乾いた息が漏れた。
「そうですか」
マルタが一歩近づく。
「エリシア様」
「私は」
言葉が出る。
止められなかった。
「私は、いくらだったのでしょう」
誰も答えなかった。
「父が私を見捨てる値段です。処刑同意書に署名する値段。娘を黙らせる値段。王妃宮に逆らわない値段。モルガン商会の督促を止める値段」
胸が痛い。
痛くて、息が苦しい。
でも、涙は出なかった。
今は、涙より怒りの方が強かった。
「お父様、私を売った値段はおいくらですか」
部屋に、私の声が落ちた。
静かだった。
けれど、震えてはいなかった。
レオンハルト公爵が、低く言った。
「まだ、売ったと断定はできない」
「分かっています」
「だが、調べる」
「はい」
「値段も、条件も、署名した理由も」
私は彼を見た。
その目は冷たい。
でも、私に向けられた冷たさではない。
「必ず調べる」
短い言葉だった。
それだけで、私は少しだけ息ができた。
「……ありがとうございます」
「ああ」
オスカーが静かに言った。
「アルヴィナ公爵へ直接確認しますか」
私は少し黙った。
父に会う。
今すぐ会えば、私は何を言うだろう。
責めるだろうか。
泣くだろうか。
また、父の顔色を見て言葉を飲み込むだろうか。
分からない。
まだ、早い。
「今は会いません」
私は言った。
「父は、直接問えば家のためと言うでしょう。娘のためだったと言うかもしれません。私が冷静ではないと言うかもしれない」
「言いそうですね」
オスカーが小さく言った。
「だから、先に数字を集めます。借入額、返済猶予の条件、王妃宮への出入り記録、モルガン商会との書簡。父の言葉ではなく、父が署名した紙を見ます」
レオンハルト公爵が頷いた。
「いい」
「父は言葉で逃げます。でも、帳簿は逃げにくい」
「君らしい」
私は少しだけ笑った。
「褒めていますか」
「褒めている」
「今のは分かりやすいです」
「そうか」
マルタが静かに言う。
「旦那様、九十点です」
「上がった」
「はい。余計な一言がございませんでした」
「今後も努力する」
「お願いいたします」
そのやり取りで、少しだけ部屋の空気が戻る。
ありがたかった。
怒りだけでは、息が続かない。
オスカーは書類をまとめながら言った。
「では、アルヴィナ家とモルガン商会の金銭記録をさらに追います。あと、南の葡萄畑についても確認を。担保に入れられたなら、契約書があるはずです」
「お願いします」
「ただ、エリシア様」
「はい」
「ここから先は、家族の嫌な部分をかなり見ることになります」
オスカーの声は軽くなかった。
私は彼を見る。
「もう、見ています」
「ええ。ですが、もっとです」
「……でしょうね」
父が私を愛していなかったのか。
その答えを、私はまだ出せない。
もしかすると、父なりに愛していたのかもしれない。
ただ、家名や借金や王宮の圧力の方を選んだだけで。
でも。
愛していたとしても、守らなかった。
レオンハルト公爵が言った言葉を思い出す。
それは事実だ。
「見ます」
私は言った。
「怖いです。腹も立っています。でも、見ます」
マルタが静かに頷いた。
「その前に、少し甘いものを」
「今ですか」
「今です」
私は思わず笑った。
「マルタさんは、本当にぶれませんね」
「怒りは体力を使います」
「経験則ですか」
「はい」
差し出されたのは、焼き林檎に少しだけ蜂蜜をかけたものだった。
今朝、好きだと言ったばかりのもの。
私は皿を見て、胸が詰まった。
「もう用意してくださったのですか」
「料理長が試作したがっておりました」
「早すぎませんか」
「厨房は現在、エリシア様の好みを探ることに少し熱心です」
「なぜそんなことに」
「旦那様が珍しく具体的な注文をされたからでしょう」
レオンハルト公爵が視線を逸らした。
私はそれを見逃さなかった。
「公爵閣下」
「何だ」
「また何か注文されたのですか」
「焼き林檎に蜂蜜を少し、と言った」
「それだけですか」
「蜂蜜は少しだ。多すぎると甘すぎる」
「……よく覚えておいでですね」
「重要だからな」
「食べるものだから?」
「ああ」
その返事に、胸の痛みが少し和らいだ。
父が私をいくらで売ったかもしれない話をしている。
モルガン商会や王妃宮の黒い繋がりが見え始めている。
なのに目の前には、私が好きだと言った焼き林檎がある。
世界は嫌なものだけでできているわけではない。
それを思い出させるために、この人たちは食べ物を出してくるのかもしれない。
私は焼き林檎を一口食べた。
温かい。
林檎の酸味と、蜂蜜の甘さ。
甘すぎない。
おいしい。
ちゃんと、おいしいと思えた。
「おいしいです」
私が言うと、マルタは満足そうに頷いた。
「料理長に伝えます」
「鍋を磨きますか」
「今日は鍋ではなく、林檎用の小鍋でしょう」
「細かいですね」
「はい」
私は少し笑った。
そして、涙が一粒だけ落ちた。
焼き林檎の皿に落ちる前に、慌てて拭う。
「すみません」
「必要のない謝罪です」
マルタが即座に言った。
レオンハルト公爵は何も言わず、ハンカチを差し出した。
私はそれを受け取る。
「ありがとうございます」
「ああ」
「私、怒っているのに、泣くのですね」
「人間だからな」
「便利な言葉です」
「事実だ」
「そうですね」
私は涙を拭った。
父を憎みたい。
でも、憎みきれない。
愛されたかった。
でも、もう戻りたくない。
売られたのかもしれない。
けれど、それでも父と呼んできた人だ。
心は、簡単には切れない。
だから痛い。
「公爵閣下」
「何だ」
「私は、父に会った時、うまく言えるでしょうか」
「分からない」
「そこは励ますところでは?」
「分からないことを、できるとは言わない」
「正直ですね」
「だが」
彼は私をまっすぐ見た。
「言えなくなったら、私が止める。君が言いたいなら、待つ。泣いても、怒っても、沈黙してもいい」
胸が、また熱くなる。
「それは、かなり励ましです」
「成功か」
「はい」
「そうか」
彼は、真面目に頷いた。
私は小さく笑った。
父のことを思うと、まだ胸が痛い。
でも、私はもう一人で向き合わなくていい。
父の言葉に飲み込まれそうになったら、止めてくれる人がいる。
私の痛みを見逃さない人がいる。
焼き林檎の蜂蜜を少なめにしてくれる人がいる。
それは、たぶん、とても大きい。
私は皿の上の焼き林檎を、もう一口食べた。
甘すぎない味がした。
その味を覚えながら、私は心の中で父に問いかける。
お父様。
私を売った値段は、おいくらですか。
その答えを、私は必ず数字で見つけます。
そしてその時、私はもう、あなたの都合のいい娘ではありません。




