第96章「沈黙の決断――“戻れない夜の入口”」
言葉が止まったあと、部屋には完全な静けさが落ちた。
エアコンの小さな風音すら、やけに大きく感じる。
さっきまで会話で保たれていた距離が、今はもう意味を失っていた。
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巳波は琉偉を見上げたまま、動かない。
視線は逸らさない。
でも、急かすこともしない。
ただ、その場に“いる”という事実だけが、静かに積み重なっていく。
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琉偉は一度だけ目を伏せる。
そして、もう一度だけ巳波を見る。
その目には迷いがない。
ただ、確認だけが残っている。
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「……本当に、いいんですね」
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その言葉は最後の確認だった。
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巳波は少しだけ眉を動かす。
そして、ため息のように笑う。
「まだ聞くの?」
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琉偉は首を横に振る。
「大事なことなので」
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その真面目さに、巳波は少しだけ視線を落とす。
そして、静かに言う。
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「……いいよ」
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今度は迷いがない。
短い言葉。
でも、確かな許可。
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その瞬間、空気が変わる。
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“許された”というより、
“選ばれた”に近い静けさ。
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琉偉は小さく息を吐く。
そして、一歩近づく。
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もう距離はない。
それでも、その一歩だけで世界が変わる。
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巳波は目を閉じない。
むしろ、まっすぐに見ている。
逃げないまま、その瞬間を受け止めている。
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琉偉は低い声で言う。
「後悔、しませんか」
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巳波は即答しない。
ほんの一瞬だけ間が空く。
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そして、少しだけ笑う。
「今さら?」
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その言葉で、すべてがほどける。
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琉偉は静かに頷く。
「……そうですね」
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沈黙。
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その沈黙は、もう“待ち”ではなかった。
“決まったあと”の静けさだった。
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巳波はゆっくりと一歩近づく。
もう逃げ道はない距離。
でも、不思議と怖さはない。
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「ねえ」
巳波が小さく言う。
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琉偉は反応する。
「はい」
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巳波は視線を逸らさずに続ける。
「ちゃんと、覚えててね」
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琉偉は一瞬だけ目を細める。
そして、はっきり答える。
「忘れません」
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その一言で、夜が完全に変わる。
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二人の間にあった“最後の境界”が消える。
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どちらが先でもなく、
どちらが強いわけでもなく、
ただ自然に。
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世界がひとつの静かな点に収束していく。
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そして――
その夜は、もう後戻りできない場所へと進んでいく。
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