第91章「握手会後の静寂――“3000人の余韻”と、突然こぼれた本音」
会場の撤収がほぼ終わった頃だった。
さっきまで3000人の列が続いていた空間は、もう別の場所のように静かになっている。
照明は一部だけ残され、床にはテープの跡と、かすかな足音の残響だけがあった。
“あの熱”が本当にあったのか疑うほど、現実は急速に冷えていく。
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控室の一角。
巳波と琉偉、そしてマネージャーの筒香雷斗が並んで座っていた。
テーブルにはまだ未整理の資料と、今日の動線表。
だが誰もそれに手を伸ばしていない。
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最初に口を開いたのは琉偉だった。
「……今日の握手会、正直きつかったと思います」
雷斗が少しだけ視線を上げる。
巳波も静かに聞いている。
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琉偉は続ける。
「横で見ていて、3000人って……想像よりずっと重かったです」
少し間を置く。
「同じことをずっと続けるのもそうですけど、“崩れないように維持する”のが一番きついと思いました」
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雷斗はゆっくり頷く。
「その通りだよ。あれは普通のイベントじゃない」
巳波は小さく息を吐く。
「でも、ちゃんと終わったよ」
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琉偉はその言葉に少しだけ目を細める。
「終わりましたね」
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しばらく、沈黙が落ちる。
外からは片付けの音がまだ微かに聞こえる。
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雷斗が資料を閉じながら言う。
「数字だけ見れば成功どころじゃない。完全に想定超えてる」
「でも次やるなら……かなり調整が必要だな」
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巳波は軽く笑う。
「もう一回はさすがにしんどいかも」
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その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。
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だが――
その柔らかさを壊すように、琉偉がぽつりと言った。
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「……もうそろそろ、巳波さんとの子供が欲しいです」
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一瞬、時間が止まる。
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雷斗の手が止まる。
巳波のまばたきも一拍遅れる。
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「……は?」
雷斗が思わず声を出す。
完全に素の反応だった。
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巳波も一瞬固まる。
「え……今ここで?」
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琉偉は変わらない表情のまま、少しだけ首を傾げる。
「タイミング的には、今かなって思いました」
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雷斗が額を押さえる。
「いやいやいや……今の流れでその話になるのか?」
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巳波は少しだけ顔を赤くしながら、笑いをこらえる。
「ちょっと待って、急すぎるって」
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琉偉は真面目なまま続ける。
「今日の握手会見てて思ったんです」
「3000人って……すごいですけど、ずっと一人一人と向き合うのって、人生みたいで」
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雷斗は目を細める。
「急に哲学っぽくするな」
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琉偉は構わず続ける。
「だから、次の形として……家族の形も考えていいと思ってます」
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沈黙。
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巳波はしばらく琉偉を見つめて、それからふっと笑う。
「ほんと、そういうとこ変わらないね」
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雷斗は完全に呆れたように息を吐く。
「お前ら、握手会の後にする会話じゃないだろ普通」
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琉偉は少しだけ首を傾ける。
「でも、今しか言えない気がしました」
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巳波はゆっくり立ち上がる。
そして琉偉の前に立つ。
雷斗の存在を一瞬だけ無視するように、静かに言う。
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「……そういう話は、もう少し場所選んで」
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でも、その声は怒っていない。
むしろ、少しだけ柔らかい。
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琉偉は小さく頷く。
「すみません」
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雷斗がすかさず言う。
「いや謝るのそこじゃないからな」
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空気が一瞬だけ緩む。
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巳波は軽く息を吐く。
「でもまぁ……」
少し間を置いてから、続ける。
「考えないわけじゃないよ」
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その一言で、琉偉の表情がほんの少しだけ変わる。
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雷斗は天井を見上げる。
「……このチーム、ほんとに普通じゃないな」
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誰かが笑う。
誰かがため息をつく。
でも、空気は悪くない。
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3000人の握手会の後。
まだ熱が残っている部屋の中で、
それぞれの“次”だけが静かに形を持ち始めていた。
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