第80章「選ばれた3000人――静かに動き出す握手会準備」
握手会の企画は、すでに“イベント”というより“プロジェクト”に変わりつつあった。
都内のイベント運営会社の一室。
ホワイトボードには大きくこう書かれている。
・応募者:20,000人
・当選枠:3,000人
・開催日:2日間(午前・午後×2)
その下に、細かい動線図とセキュリティ配置。
まるでライブ会場の設計図だった。
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雷斗はスタッフと並びながら、淡々と指示を出していく。
「午前は回転速度を上げてください」
「午後は少し余裕を持たせる」
「写真撮影は時間固定で」
無駄がない。
慣れている者の動きだった。
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その横で、巳波は別室のモニターを見ていた。
画面には、当選者の抽選処理が流れている。
名前、年齢、コメント。
ひとつひとつが人間の“熱量”として並んでいる。
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【いつも救われています】
【初めてイベント行きます】
【人生で一番楽しみです】
【ラーメン配信から来ました】
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その中に、また一つだけ異質なデータが混ざっていた。
コメントが長い。
冷静で、距離が近い。
そして、どこか“観察している側”の文章。
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巳波はそれを見て、静かに笑う。
「やっぱり来るんだ」
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雷斗が横から覗く。
「当選処理、どうします?」
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巳波は少し考える。
「普通に通して」
即答だった。
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雷斗は少しだけ目を細める。
「特別枠の話は?」
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巳波は画面から目を離さずに言う。
「特別にする必要ないよ」
「その人はもう、特別だから」
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空気が一瞬だけ止まる。
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雷斗はそれ以上聞かなかった。
代わりに、淡々と処理画面へ戻る。
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一方その頃――
大学。
琉偉は講義室の最後列に座っていた。
教授の声は遠い。
ノートは開かれているが、頭の半分は別の場所にある。
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スマホには通知。
「握手会 当選結果」
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指が一瞬止まる。
そして開く。
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画面に表示されたのは――
「当選」
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それだけだった。
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静かに息を吐く。
「……当たったのか」
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周囲は何も変わっていない。
でも、自分だけが少しだけ別の時間に入ったような感覚だった。
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その日の昼。
大学の食堂。
友人が軽く話しかける。
「握手会とか応募したの?」
琉偉は少し間を置いて答える。
「した」
「当たった」
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友人は一瞬固まる。
「え、マジ?」
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琉偉はそれ以上説明しない。
ただ水を飲む。
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その頃、イベント運営本部。
雷斗の端末に最終リストが届く。
3000人。
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巳波はそれを見て、静かに言う。
「これで決まりだね」
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雷斗は頷く。
「はい。もう変更はできません」
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巳波は画面を閉じる。
そして小さく息を吐く。
「……会うんだね、ちゃんと」
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その言葉には、少しだけ温度があった。
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夜。
琉偉は帰り道を歩きながら、スマホを見ている。
握手会の案内。
時間。
場所。
注意事項。
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その中に一文。
「混雑を避けるため、完全整理券制」
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画面を閉じる。
空はもう暗い。
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そして、ふと呟く。
「普通の一日じゃなくなるな」
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その声は、少しだけ静かだった。
でも、確かに――
何かが動き始めていた。
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