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第77章「帰宅――“日常に戻る場所”と、距離のない夜」


仕事が終わったのは、夕方より少し遅い時間だった。


外の空はすでにオレンジから群青へと色を変え始めていて、街全体がゆっくりと夜に沈んでいく途中だった。


その帰り道を抜けて、巳波は家の玄関を開ける。


カチリ、と鍵の音がして、いつもの空気が一気に戻ってくる。



リビングの奥にいた琉偉は、顔を上げた。


そして小さく息を吐くように笑う。


「おかえりなさい」


その一言は、仕事終わりの空気を一瞬で日常に戻した。



巳波は迷わず近づく。


そして、軽く言葉を挟む前に――


唇を重ねた。



“濃厚なキス”。


短い距離なのに、時間が止まるような感覚だけが残る。



離れたあと、巳波は少しだけ笑う。


「ただいま」



琉偉も静かに笑い返す。


「おかえりなさい」



一拍置いて、琉偉はスマホを少し持ち上げる。


「……水着の写真、どうでした?」



巳波は少しだけ首をかしげる。


「5枚とも?」



琉偉は頷く。


「全部見ました」



少しの間。


そして琉偉は素直に続ける。


「どれも綺麗でした」



その言葉に、巳波は一瞬だけ目を細める。


そして、何も言わずに琉偉の胸元に軽く抱きついた。



言葉より先に伝わる距離。


それだけで十分だった。



しばらくして、琉偉がぽつりと言う。


「……今日、風呂入りませんか」



少しだけ間。


巳波はすぐに頷く。


「いいよ」



その返事は軽いのに、どこか自然だった。



浴室に向かう前、巳波は一瞬だけ自分の髪を整える。


そしてふと、琉偉を見る。


「ちゃんと見てるよね?」



琉偉は淡々と答える。


「もう今さらです」


「隠す必要、ないと思います」



その言葉に、巳波は小さく笑った。


「そういうこと言うんだ」



そしてそのまま、二人は浴室へ向かう。



お湯が張られた浴室は、外の世界とは完全に切り離された静かな空間だった。


湯気がゆっくりと広がり、時間の輪郭を曖昧にしていく。



肩の力が抜けるような沈黙。


その中で、巳波はそっと息を吐く。


「……今日、ちょっと疲れた」



琉偉は隣で静かに頷く。


「お疲れさまです」



その一言だけで、十分だった。



少しして、巳波が小さく笑う。


「でも、帰ってきたら元気出るの不思議だね」



琉偉は目を細める。


「ここがそういう場所なんじゃないですか」



一瞬の沈黙。


湯気の中で、距離が自然に近づく。



そして――


二人はそっと唇を重ねる。



“濃厚なキス”。


でもそれは、派手さよりも静けさに近いものだった。


湯気の中に溶けていくような、ゆっくりとした時間。



離れたあと、巳波は少しだけ目を閉じる。


「……落ち着くね」



琉偉は小さく頷く。


「はい」



湯の音だけが続く中で、


外の世界の騒がしさは完全に消えていた。



この場所だけが、二人の“日常の中心”だった。   



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