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第74章「静かな生活と、少しだけ広がる世界」



朝の空気は、昨日と同じように穏やかだった。


けれどその“同じ”が、もう以前とは少し違っている。


何も起きていないようでいて、確かに何かが動いたあとの静けさだった。



リビングでは、テレビのニュースが低い音量で流れている。


蒼はソファに寝転がりながらスマホを見ている。


「なあ、まだ伸びてるんだけど」


その声は少しだけ呆れ混じりだった。



彩音がキッチンから顔を出す。


「何が?」



蒼は画面を見せる。


そこには、まだ続いている切り抜き動画の再生数。


そして関連トレンド。



【ラーメン12杯配信まとめ】

【声だけ3人組の正体考察】

【未公開水着写真の真相】



彩音は一瞬だけ固まる。


「……ほんとに終わってないじゃんこれ」



蒼はため息をつく。


「むしろ今から本番みたいになってる」



その頃、琉偉はキッチンでコーヒーを淹れていた。


落ち着いた動き。


昨日も今日も変わらないリズム。



「流れは落ち着きませんね」


ぽつりと呟く。


それは否定でも肯定でもなく、ただの事実だった。




その時、スマホが震える。


巳波からのメッセージ。


短い一文。


「今日も撮影、少し長引きそう」



琉偉はそれを見て、小さく頷く。


「了解です」



その様子を見て、蒼がぼそっと言う。


「もう完全に“仕事の報告ライン”じゃん」



彩音も苦笑する。


「生活と仕事の境界なくなってるよね」



琉偉は淡々と返す。


「それでも問題はありません」




午前中。


家の中はゆっくりと動いていた。


洗濯物を干す音。


窓から入る風。


誰かが焦っているわけでも、騒いでいるわけでもない。



ただ、静かに“変化した日常”が続いている。



蒼はテレビを見ながら言う。


「でもさ、昨日のあれ見たあとだと普通のニュース薄く感じるな」



彩音が笑う。


「刺激が強すぎたんだよ」



琉偉がコップを置く。


「戻るには時間が必要です」



その言葉に、二人は妙に納得してしまう。




昼前。


再びスマホが震える。


今度は別の通知。


・切り抜き動画ランキング更新

・海外リアクション追加

・関連ハッシュタグ上昇



蒼がスマホを伏せる。


「見なかったことにしよう」


彩音が頷く。


「それが正解かも」



だが完全には無視できない。


どこかで“自分たちが関わったもの”が動き続けている感覚。




午後。


琉偉が玄関の郵便物を確認する。


そこには小さな封筒。


中には、配信関連の簡単な案内資料。



蒼が後ろから覗く。


「もう完全に仕事だなこれ」


彩音も呟く。


「趣味の領域終わってる」



琉偉は封筒をテーブルに置く。


「選択肢が増えただけです」



その言葉は静かだったが、妙に現実的だった。




夕方。


巳波からまたメッセージ。


「今日の撮影終わったら少し早く帰れるかも」



それを見て、空気が少しだけ軽くなる。



蒼が伸びをする。


「やっと普通の時間っぽくなるな」


彩音も笑う。


「普通っていいね」



琉偉は小さく頷く。


「戻ってきますよ」




外では、夕焼けが街を染めていた。


昨日の熱狂とは無関係に、世界はいつも通り進んでいる。


けれどこの家だけは――


確かに“少しだけ違う方向”へ進み始めていた。



それでも今はまだ、


静かな日常の中にいた。  



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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