第60章「交差する夜、そして始まる配信本番」
夕方前――
まだ陽が完全に落ちきる前の時間帯。
⸻
リビングには、すでに“配信前の空気”が出来上がっていた。
⸻
その中心にいるのは、巳波。
⸻
そして、その向かい側に座っているのは――
琉偉の母、聖樹だった。
⸻
「すごいわね……これ」
⸻
聖樹は食卓を見渡す。
⸻
そこには明らかに“普通の家庭”では見ない光景。
⸻
■配信機材(主要)
・メインカメラ(SONY α7Ⅳ)
・サブカメラ(俯瞰用)
・リングライト
・LEDパネルライト
・マイク(ブームアーム付き)
・配信PC(OBS起動状態)
⸻
そして、その隣――
⸻
山のように積まれたラーメン。
⸻
カップ麺、袋麺、冷凍ラーメン。
具材、トッピング、飲料水。
⸻
「これ……何をやるの?」
⸻
聖樹が素直に聞く。
⸻
巳波は落ち着いて答える。
⸻
「大食いの生配信です」
⸻
一切の迷いなく。
⸻
「今日の夜に」
⸻
聖樹は少し驚きながらも頷く。
⸻
「そうなのね」
⸻
そして続ける。
⸻
「琉偉は?」
⸻
巳波はすぐに答える。
⸻
「顔出しはしません」
⸻
一瞬だけ間を置き、
少し柔らかく続ける。
⸻
「声だけ、です」
⸻
その配慮に、聖樹は軽く頷く。
⸻
「それなら安心ね」
⸻
さらに巳波は続ける。
⸻
「あと、幼馴染の子も呼んでます」
⸻
「蒼くんと彩音さん」
⸻
その名前を聞いた瞬間――
⸻
聖樹の表情が少し変わる。
⸻
「……あら」
⸻
小さく笑う。
⸻
「来るのね、あの子たち」
⸻
巳波は少し驚く。
⸻
「ご存知なんですか?」
⸻
聖樹は頷く。
⸻
「ええ」
⸻
「蒼くんのお母さんの薺さんと、彩音ちゃんのお母さんの百華さん」
⸻
少し懐かしそうに目を細める。
⸻
「中学と高校、一緒だったの」
⸻
「ママ友でもあるわね」
⸻
その事実に、巳波は少し目を見開く。
⸻
「そうなんですね……」
⸻
思わぬ“繋がり”。
⸻
この家の中で、関係がさらに複雑に交差していく。
⸻
⸻
その頃――
⸻
玄関の外。
⸻
ガチャ、と鍵の音。
⸻
「ただいま」
⸻
琉偉が帰ってくる。
⸻
靴を脱ぎながら、リビングの声が聞こえる。
⸻
笑い声。
⸻
(……?)
⸻
ゆっくりと中に入る。
⸻
そして、その光景を見る。
⸻
巳波と母・聖樹が、楽しそうに会話している姿。
⸻
一瞬、時間が止まる。
⸻
「おかえり」
⸻
巳波が先に気づく。
⸻
そのまま、迷いなく近づく。
⸻
そして――
⸻
唇を重ねる。
⸻
“濃厚なキス”
⸻
聖樹の前で。
⸻
しかも、少し長めに。
⸻
「……ん」
⸻
巳波が小さく声を漏らす。
⸻
琉偉も応えるように、しっかりと唇を重ねる。
⸻
離れたあと。
⸻
一瞬の静寂。
⸻
そして――
⸻
聖樹が苦笑する。
⸻
「ラブラブなのはいいけど」
⸻
少しだけ間を置く。
⸻
「やりすぎないようにね」
⸻
琉偉は少しだけ顔を赤くする。
⸻
巳波は、軽く笑った。
⸻
⸻
それから約30分後。
⸻
インターホンが鳴る。
⸻
「来たね」
⸻
巳波が立ち上がる。
⸻
玄関を開けると――
⸻
「こんばんは」
⸻
蒼と彩音。
⸻
二人は中に入り、すぐに気づく。
⸻
「……あ」
⸻
リビングにいる人物。
⸻
聖樹。
⸻
二人は同時に姿勢を正し、お辞儀をする。
⸻
「こんばんは」
⸻
礼儀正しく。
⸻
聖樹も優しく返す。
⸻
「いらっしゃい」
⸻
⸻
少しの挨拶のあと。
⸻
巳波が蒼に向かって言う。
⸻
「そうだ」
⸻
「薺さん、最近会えてないって言ってたよ」
⸻
蒼が少し驚く。
⸻
「母さんが?」
⸻
「うん」
⸻
そして彩音の方へ。
⸻
「百華さんにも、連絡してあげて」
⸻
彩音も頷く。
⸻
「分かりました」
⸻
⸻
その時。
⸻
聖樹がふと思い出したように言う。
⸻
「そうだ、忘れてた」
⸻
琉偉の方を見る。
⸻
「これ」
⸻
食卓の上に置かれた封筒。
⸻
「結婚祝い」
⸻
琉偉は少し驚きながら受け取る。
⸻
中を見る。
⸻
「……え」
⸻
中には――
⸻
20万円。
⸻
空気が一瞬止まる。
⸻
巳波も思わず声を失う。
⸻
「……」
⸻
そしてすぐに、深く頭を下げる。
⸻
「ありがとうございます」
⸻
蒼と彩音もその金額に目を見開く。
⸻
「すご……」
⸻
小さく呟く。
⸻
聖樹は穏やかに言う。
⸻
「前祝いってことで」
⸻
それだけ言って、立ち上がる。
⸻
「じゃあ、私はこれで」
⸻
自然な流れで帰っていく。
⸻
ドアが閉まる。
⸻
⸻
静寂。
⸻
そしてすぐに、空気が切り替わる。
⸻
巳波が振り返る。
⸻
「よし」
⸻
「始める前に説明するね」
⸻
蒼と彩音が頷く。
⸻
「今日はラーメン大食い配信」
⸻
「顔出すのは私だけ」
⸻
「二人は声だけでサポートお願い」
⸻
「琉偉も同じ」
⸻
三人が揃って頷く。
⸻
⸻
そして、改めて食卓を見る。
⸻
配信機材。
⸻
そして――
⸻
ラーメンの山。
⸻
湯気を上げる準備前の麺たち。
⸻
整えられた照明。
⸻
カメラのレンズ。
⸻
すべてが“本番”を待っている。
⸻
巳波は小さく息を吐く。
⸻
「じゃあ」
⸻
「行こうか」
⸻
⸻
夜8時。
⸻
秘密と現実が交差する、
その瞬間が始まろうとしていた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——
ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!
その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。
読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。
「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!
皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。




