第58章「前日準備と、近づく本番」
金曜日前日。
朝の空気は、どこか少しだけ張り詰めていた。
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「行ってきます」
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玄関で靴を履く琉偉。
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「いってらっしゃい」
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巳波はいつも通り見送る――
が、今日は少し違う。
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一歩近づき、腕を引く。
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そのまま、唇が重なる。
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昨日よりも少し長いキス。
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「……ん」
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離れたあと、巳波は小さく笑う。
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「今日は準備の日だから」
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「帰り、ちょっと遅くなるかも」
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琉偉は頷く。
「分かりました」
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「ちゃんと帰ってきてね」
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その言葉に、琉偉は少しだけ笑う。
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「もちろんです」
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大学。
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講義は通常通り。
だが、琉偉の頭の中には別のことが浮かんでいる。
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(明日か……)
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大食い配信。
蒼と彩音も来る。
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そして――
“隣にいる人”としての自分。
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「おい琉偉」
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廉斗の声で現実に戻る。
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「今日なんかぼーっとしてない?」
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斗真も笑う。
「考え事か?」
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琉偉は短く答える。
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「少しだけ」
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冬馬が淡々と一言。
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「課題忘れるなよ」
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結衣が笑う。
「それ冬馬くん基準でしょ」
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紗良も乗る。
「廣瀬くんはちゃんとしてそう」
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美月は静かに琉偉を見る。
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「……何かあるでしょ」
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その一言に、ほんの一瞬だけ空気が止まる。
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琉偉は目を逸らさず答える。
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「普通です」
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だが、その“普通”が少しずつ崩れかけていることに、
まだ誰も気づいていない。
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夕方。
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琉偉が家に帰ると――
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「ちょうどいいとこ」
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巳波がキッチンから顔を出す。
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テーブルの上には、すでに準備された食材の山。
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カップ麺、袋麺、冷凍ラーメン、具材、飲み物。
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「すごい量ですね」
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琉偉が思わず言う。
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巳波は満足そうに頷く。
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「ラーメン10杯チャレンジ」
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「ガチでいくから」
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その後、二人で準備を始める。
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配置、カメラ位置、照明、マイク。
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「ここにカメラ」
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「コメントはこのモニターで」
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「音声チェックして」
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まるで“現場”のような空気。
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琉偉も自然と動く。
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「これで大丈夫です」
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巳波は少し驚いたように見る。
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「慣れてきたね」
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琉偉は少しだけ笑う。
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「隣にいることが多いので」
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準備が一段落する。
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ソファに座る二人。
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静かな時間。
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巳波がぽつりと呟く。
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「ねえ」
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琉偉が見る。
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「もしさ」
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少しだけ間。
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「バレたらどうする?」
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真剣な問い。
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琉偉は考える。
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数秒後。
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「その時は、その時です」
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迷いのない声。
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巳波はその言葉を聞いて、小さく笑う。
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「強いね」
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琉偉は首を横に振る。
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「巳波さんがいるので」
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その一言に、巳波は一瞬だけ黙る。
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そして――
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静かに距離を詰める。
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軽くキス。
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「ほんと、ずるい」
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夜。
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明かりを落とした部屋。
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明日は本番。
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“見られる側”としての時間。
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そして、
秘密が一番揺れる日になるかもしれない。
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それでも二人は、同じ場所にいる。
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