第55章「朝のキスと、大学の日常」
朝。
カーテン越しの光が、ゆっくりと部屋を照らす。
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琉偉はいつも通り支度を終え、玄関へ向かう。
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「行ってきます」
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そう言おうとした、その瞬間。
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「ちょっと待って」
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巳波の声。
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振り返ると、巳波がゆっくり近づいてくる。
まだ朝の柔らかい表情のまま。
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「そのまま行くの?」
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少しだけ意地悪そうな声。
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琉偉が何か言う前に――
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引き寄せられる。
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唇が重なる。
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“濃厚なキス”
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朝とは思えないほど長く、深く。
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「……ん」
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琉偉の呼吸が少し乱れる。
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やがて、ゆっくりと離れる。
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巳波は軽く息を吐く。
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「いってらっしゃい」
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そして続ける。
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「今日の昼くらいにXでツイートするから」
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「金曜日の大食い配信の告知」
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「ちゃんと見てね?」
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琉偉は頷く。
「もちろんです」
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少しだけ見つめ合う時間。
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「じゃあ、行ってきます」
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「行ってらっしゃい」
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戸塚駅。
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朝の通勤・通学の人混みの中に、琉偉も紛れていく。
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電車に揺られ、
横浜国立大学の最寄り駅へ。
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改札を抜けた瞬間――
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「おい琉偉!」
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声をかけられる。
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振り向くと――
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廉斗と斗真。
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「また会ったな」
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さらに後ろから冬馬も来る。
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「お前、タイミング良すぎ」
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そして女子三人も合流する。
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結衣、紗良、美月。
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「おはよー」
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「一緒に行こ」
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完全に“いつもの流れ”が出来始めていた。
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琉偉は少しだけ苦笑する。
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(捕まった……)
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廉斗が肩を組んでくる。
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「逃げるなよ」
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斗真も笑う。
「もうグループだからな」
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紗良が軽く言う。
「初日で固定されるの早くない?」
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美月は静かに笑う。
「でも楽でいいかも」
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結衣が琉偉を見る。
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「廣瀬くんってさ」
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「なんか落ち着いてるよね」
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突然の話題。
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琉偉は少しだけ考える。
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「普通だと思います」
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廉斗が即ツッコミ。
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「それが普通じゃないんだよ」
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笑いが起きる。
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講義室。
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席は自然と固まりつつある。
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廉斗、斗真、冬馬。
結衣、紗良、美月。
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そして琉偉。
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教授の声が響く中、
ノートを取る者、ぼんやり聞く者、真剣に集中する者。
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それぞれの“大学の過ごし方”が見え始める。
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休み時間。
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スマホが震える。
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琉偉は画面を見る。
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巳波のX。
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『【告知】今週金曜日20時〜 大食い生配信やります!今回はちょっと特別企画。来れる人はぜひリアタイで!』
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投稿されたばかり。
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いいねとリポストが一気に増えていく。
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コメント欄もすでに加速。
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《きたあああ》
《絶対見る》
《また隣の人いる?》
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琉偉は少しだけ息を吐く。
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(もう始まってる)
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その横で、廉斗が覗き込む。
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「なに見てんの?」
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「いや、ちょっと」
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スマホを閉じる。
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紗良が笑う。
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「秘密っぽい」
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斗真が言う。
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「彼女か?」
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一瞬だけ空気が止まる。
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琉偉は短く答える。
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「違います」
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嘘ではない。
でも、本当でもない。
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その曖昧さの中で、
日常は何事もなく進んでいく。
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そして――
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誰も知らない。
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この中の誰もが見ている配信者が、
琉偉の“妻”だということを。
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