第53章「重なる世界と、揺れる距離」
夕方の光は、どこか中途半端だった。
昼でもなく、夜でもない。
その曖昧な時間帯に、琉偉は大学からの帰り道を歩いていた。
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講義は二限まで。
そのあと、廉斗や斗真たちと少しだけ話し、
軽く食堂で時間を潰してから帰ってきた。
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「お前さ、バイトやらないの?」
廉斗の言葉が頭に残っている。
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「やる予定です」
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そう答えたものの、まだ具体的には決めていない。
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(時間、どう使うか考えないとな……)
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そんなことを考えながら、家の前に立つ。
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鍵を開ける音がやけに静かに響く。
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「ただいま」
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返事はない。
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分かっている。
今日は巳波の帰りが遅い日だ。
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リビングに入ると、朝と変わらない整った空間。
テーブルの上には、巳波が用意してくれていた食事。
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(ちゃんと用意してある……)
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そのまま椅子に座り、静かに食べ始める。
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テレビはつけない。
スマホも見ない。
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ただ、食べる音だけが部屋に響く。
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(……一人で食べるの、久しぶりだな)
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一緒に住み始めてからは、ほとんどなかった時間。
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食べ終わり、軽く片付ける。
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そのままソファに座ると、自然とスマホに手が伸びる。
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巳波のSNS。
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今日の投稿。
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『今日はアイドルの現場。久しぶりに歌って踊ります。』
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写真はまだ上がっていない。
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コメント欄にはファンの言葉が並ぶ。
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“楽しみ!”
“現場行きたい”
“今日も綺麗だろうな”
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琉偉は画面を見つめる。
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(これが、巳波さんの世界)
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自分の知らない場所。
知らない空気。
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その時。
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インターホンが鳴る。
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「……?」
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玄関へ向かう。
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ドアを開けると――
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「よ」
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蒼。
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その後ろに彩音。
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「ちょっと寄った」
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琉偉は少し驚く。
「どうしたの急に」
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蒼は肩をすくめる。
「近く通ったから」
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彩音は中を覗く。
「入っていい?」
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「どうぞ」
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三人でリビングへ。
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彩音が周囲を見渡す。
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「ここが新居か……」
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蒼も軽く頷く。
「思ったより普通だな」
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琉偉は少しだけ笑う。
「普通です」
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少しの沈黙。
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蒼がソファに座りながら言う。
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「で」
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「最近どうなんだよ」
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琉偉は少しだけ間を置く。
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「普通です」
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彩音がすぐに突っ込む。
「普通じゃないでしょ」
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蒼も続く。
「グラビアアイドルと同居してて普通は無理ある」
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琉偉は苦笑する。
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「でも、普通に生活してます」
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その言葉に、二人は少しだけ黙る。
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彩音が小さく言う。
「……なんか」
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「ちゃんとしてるね」
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蒼も頷く。
「思ったより現実的だな」
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その時。
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玄関の音。
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三人が同時に顔を向ける。
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「ただいま」
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巳波の声。
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リビングに入ってくる。
髪は少し乱れ、仕事終わりの顔。
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そして、蒼と彩音を見る。
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一瞬の沈黙。
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「こんばんは」
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自然に挨拶する巳波。
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蒼と彩音も慌てて立ち上がる。
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「こんばんは……」
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彩音が少し緊張した声で言う。
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巳波は軽く頷く。
「来てたんだ」
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そのままバッグを置く。
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琉偉が言う。
「さっき来ました」
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巳波は軽く息を吐く。
「タイミングいいね」
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蒼が少し笑う。
「ちょうど話してたとこです」
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「どんな?」
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その一言に、少し空気が止まる。
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彩音がごまかすように笑う。
「普通の話です」
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巳波はそれ以上追及しない。
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そして自然に琉偉の隣に座る。
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その距離が、もう“当たり前”になっている。
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蒼と彩音はその様子を見て、何も言わない。
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ただ理解する。
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(これが、この二人の関係なんだ)
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言葉じゃなく、空気で。
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しばらく四人で他愛もない会話が続く。
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そして帰る時間。
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「じゃあまたな」
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蒼が軽く手を上げる。
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「今度はもう少しゆっくり来るね」
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彩音も笑う。
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二人が帰ったあと。
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玄関のドアが閉まる。
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静寂。
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巳波が小さく息を吐く。
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「疲れた」
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琉偉は少しだけ笑う。
「仕事ですか」
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「それもあるけど」
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少し間。
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「こういうのも、ね」
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琉偉は何も言わない。
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その代わりに、少しだけ距離を詰める。
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そして――
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軽くキス。
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「お疲れさまです」
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巳波は目を細める。
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「ほんと、ずるい」
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でも、その声はどこか安心していた。
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二つの世界が、少しずつ重なり始めている。
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そしてその中心には、
変わらない距離があった。
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