第52章「朝の静けさと、すれ違う日常」
夜が明けるのは、いつも通りのはずなのに少しだけ違って見えた。
カーテンの隙間から差し込む光が、昨日よりも柔らかい。
東戸塚の一軒家は、もう“慣れた場所”になりつつあるのに、どこかまだ新しい。
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キッチンから小さな音がする。
コップが置かれる音。
湯が沸く音。
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巳波が先に起きていた。
髪を軽くまとめ、昨日とは違う“仕事前の顔”になっている。
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「おはよう」
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琉偉がリビングに出ると、自然に声がかかる。
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「おはようございます」
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昨日の夜の余韻は残っているのに、朝はそれを一度リセットするように静かだった。
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巳波はコーヒーを差し出す。
「今日は撮影のリハーサル」
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琉偉は頷く。
「忙しいですね」
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巳波は軽く笑う。
「いつも通り」
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少しの沈黙。
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その後、巳波がふと琉偉を見る。
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「ねえ」
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琉偉が顔を上げる。
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「今日は帰り遅いかも」
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琉偉は少しだけ間を置いて頷く。
「分かりました」
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巳波は続ける。
「ご飯は用意してあるから」
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そして少しだけ近づく。
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軽くキス。
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短いけれど、朝の合図みたいなもの。
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「行ってくる」
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「行ってらっしゃい」
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巳波が家を出たあと。
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部屋は一気に静かになる。
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琉偉はテーブルに座り、コーヒーを見つめる。
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(朝はいつもこうなのに)
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少しだけ違う。
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一人じゃない朝なのに、一瞬だけ静かすぎる。
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大学。
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すでに講義が本格的に始まりつつあった。
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廊下は人であふれている。
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「おはよー琉偉」
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廉斗が軽く手を振る。
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「今日1限きつくない?」
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斗真が笑う。
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冬馬は無言で資料を見ている。
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「昨日の課題やった?」
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そんな会話が自然に飛び交う。
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琉偉も短く返す。
「一応やりました」
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そのやりとりの中で、少しずつ“大学の距離感”ができていく。
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その時。
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少し離れたところで、数人の女子が小声で話している。
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「ねえ、あの人……」
「昨日も一緒にいたよね?」
「彼女いるのかな?」
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視線の先は琉偉。
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だが、本人は気づかない。
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その頃。
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撮影スタジオへ向かう車の中。
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巳波は窓の外を見ていた。
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マネージャーが横で言う。
「今日、少し押します」
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巳波は頷く。
「大丈夫です」
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スマホが震える。
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琉偉からの短いメッセージ。
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『今日も頑張ってください』
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巳波は少しだけ笑う。
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そして短く返す。
『そっちもね』
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画面を閉じる。
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外の景色が流れていく。
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(ちゃんと進んでる)
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誰にも見えない場所で、
それぞれの“日常”が少しずつ形を変えていく。
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大学と、仕事と、秘密と。
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その全部が重なり始めていた。
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