第44章「画面の向こうと、隣の現実」
大学入学まで、あとわずか。
新しい家の空気にも、少しずつ慣れてきた頃だった。
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その日の昼。
巳波はスマホを操作しながら、Xに短く投稿する。
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「今日の夜、配信します。久しぶりのゲーム配信です。見てね。」
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それだけのシンプルな文章。
しかし数分後には、コメントと引用が一気に増えていく。
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“久しぶり来た!”
“ついに復活!?”
“待ってた!”
“今日絶対見る”
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静かな昼の時間が、一気に“夜の予告”へ変わっていく。
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その数時間後。
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リビングから少し離れた配信部屋。
LEDリングライトが点灯する。
モニターが起動する。
PCのファンが静かに回る。
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巳波は椅子に座り、軽くマイクを調整する。
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その後ろに、琉偉が立っている。
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巳波は振り返らずに言う。
「ねえ」
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琉偉が答える。
「はい」
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「今日の配信」
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少し間。
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「顔出しなし。声だけ」
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琉偉は小さく頷く。
「分かってます」
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巳波は立ち上がる。
そして一歩近づく。
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「じゃあ、お願い」
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そのまま唇が触れる。
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軽く、確認するように。
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「……ん」
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離れたあと、琉偉は一瞬黙る。
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そして次の瞬間。
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そのまま巳波を抱き寄せる。
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強くはない。
でも離さない距離。
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「……?」
巳波が小さく声を漏らす。
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琉偉は何も言わない。
ただ抱きしめ続ける。
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5分。
6分。
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時間が止まったように、二人だけがそこにいる。
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巳波は抵抗しない。
むしろ少しだけ目を閉じる。
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そしてようやく琉偉が離れる。
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「……すみません」
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巳波は軽く息を吐く。
「急に静かになるの、やめて」
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少しだけ笑う。
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そして椅子に座る。
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「じゃあ始めるね」
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配信開始ボタン。
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“ON AIR”
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画面にコメントが一気に流れ込む。
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《来た!!》
《巳波だ!》
《久しぶり!!》
《声変わってない!?》
《今日神回確定》
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巳波は軽く挨拶する。
「こんばんは、東雲巳波です」
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落ち着いた声。
でも以前より少し柔らかい。
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「今日は久しぶりのゲーム配信です」
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ゲーム起動。
タイトル画面。
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・アクションサバイバル系オンラインゲーム
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巳波は手慣れた動きでログインする。
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「今日はソロじゃなくて、少しだけ横に人がいます」
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コメントが一気に加速する。
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《誰!?》
《男!?》
《まさか彼氏!?》
《情報出して!!》
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巳波は少しだけ笑う。
「声だけです」
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「顔は出ません」
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琉偉は画面の外で静かに立っている。
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巳波がゲーム内に入る。
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序盤は探索エリア。
森のマップ。
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巳波の操作は安定している。
敵の回避。
アイテム回収。
ルート選択。
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コメント欄は次第に落ち着き始める。
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《普通に上手い》
《ブランク感じない》
《安定感すごい》
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その時。
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巳波が言う。
「ねえ、そっちどう思う?」
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琉偉が少しだけ前に出る。
「右のルートの方が安全だと思います」
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その声がマイクに乗る。
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コメントが一瞬止まる。
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そして爆発する。
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《誰!?声若い!?》
《彼氏確定!?》
《落ち着いた声やばい》
《何者!?》
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巳波は少しだけ笑う。
「今のはアドバイス役です」
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琉偉はそれ以上喋らない。
ただ隣にいる。
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ゲームは中盤へ。
ボス戦。
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巳波の集中力が上がる。
画面が激しく動く。
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「ここ、いける」
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琉偉が短く言う。
「回避一回入れて」
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巳波が即反応する。
「了解」
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連携。
完璧なタイミング。
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ボス撃破。
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画面に「CLEAR」
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コメント欄が一気に沸く。
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《連携えぐい》
《誰だよこの声の人》
《初見でこれはヤバい》
《実質ペア配信》
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巳波は少し息を吐く。
「久しぶりにちゃんとやった気がする」
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琉偉は静かに言う。
「お疲れさまです」
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そして終盤。
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巳波が画面を閉じる準備をする。
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コメント欄はまだ流れている。
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《もう終わり!?》
《もっと見たい》
《声の人また出して》
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巳波は少しだけ笑う。
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そしてカメラに向かって言う。
「今日はここまでです」
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「見てくれてありがとう」
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そして。
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椅子から立ち上がる。
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琉偉の方へ振り返る。
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「ありがとう」
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そのまま――
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唇を重ねる。
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“濃いめのキス”
配信の余韻を全部まとめるように。
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「……んっ」
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離れたあと、巳波は小さく笑う。
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「今日は隣にいてくれてありがとう」
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琉偉は静かに頷く。
「はい」
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画面はすでにオフ。
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でも二人の世界だけは、まだ続いていた。
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