第23章「決定と、日常の温度差」
月曜日、昼。
学食はいつもより少し騒がしかった。
「なあ見たか?巳波さんの新しいやつ!」
「マジ!?また写真集出すの!?」
「今度は水着らしいぞ」
「やば……絶対売れるだろ」
ざわつきが一気に広がる。
(……またか)
琉偉は定食を食べながら、静かに耳を傾けていた。
当然ながら、誰も知らない。
その“新しい写真集”の決定が――今まさに起きていることを。
⸻
その頃。
事務所。
東雲巳波は、マネージャー筒香雷斗と向かい合っていた。
「次の水着写真集、正式にオファー来てます」
「……うん」
資料がテーブルに置かれる。
「かなり反響見込めます」
「……そう」
雷斗は少しだけ様子を見る。
「出しますか?」
その問いに、巳波は一瞬だけ沈黙する。
⸻
「……私だけでは決められない」
小さな声。
雷斗が目を細める。
「例の?」
「うん」
すぐに察する。
⸻
巳波はスマホを取り出す。
少しだけ迷ってから――
通話を押す。
⸻
数コール。
『もしもし』
琉偉の声。
(今は昼か)
「今、大丈夫?」
『食堂です』
少しだけ周りの音。
「……ごめん」
『いや、大丈夫です』
⸻
巳波は一呼吸置く。
「新しい写真集の話、来た」
その瞬間。
琉偉の動きが止まる。
⸻
『……写真集?』
「うん」
『水着の?』
「うん」
短く返事。
⸻
『……出るんですか?』
「まだ決めてない」
少しだけ間。
「どうするか迷ってる」
⸻
琉偉は一瞬だけ黙る。
そして。
『……出た方がいいと思います』
即答だった。
⸻
「……いいの?」
『はい』
少しも迷いがない。
『買いますし』
「……」
巳波が少しだけ笑う。
⸻
『いや、本気で』
『ちゃんと見ます』
「それは見なくていいの」
軽く突っ込む。
⸻
『でも』
少しだけ声が落ちる。
『巳波さんの仕事なら、応援したいです』
⸻
その一言で、空気が変わる。
巳波はスマホを握る手を少しだけ強くする。
「……分かった」
短く答える。
「出す」
⸻
通話終了。
⸻
食堂。
琉偉がスマホを置く。
その隣。
「なあ」
蒼がすぐに身を乗り出す。
「今の何?」
「……電話」
「誰と?」
彩音もじっと見ている。
⸻
琉偉は一瞬だけ間を置く。
そして――
「……妻」
「は?」
同時に固まる二人。
⸻
「いやいやいや」
蒼が笑う。
「今の会話でそれ?」
「普通に出たな」
彩音も目を丸くする。
⸻
「水着の写真集が決まったって」
淡々と続ける。
「で、出していいか聞かれた」
⸻
沈黙。
⸻
「……マジで?」
蒼が頭を抱える。
「情報量が日常すぎるだろ」
「それが怖いんだけど」
彩音も呆れたように笑う。
⸻
「で、お前」
蒼が聞く。
「どう答えたんだよ」
⸻
「買いますって言った」
一拍。
⸻
「バカか」
即ツッコミ。
「いや真面目に」
彩音が笑いながら言う。
「それ、もう夫の返答だよね」
⸻
琉偉は少しだけ目を逸らす。
「……そうかもな」
⸻
外はいつも通りの学校。
中ではいつも通りの秘密。
そしてその中心で、また一つ“現実”が動き始めていた。
⸻
その夜。
また新しい仕事の連絡が、静かに届くことになる。
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