第20章「熱狂と静かな夜」
月曜日、朝。
教室に入った瞬間から、空気が違っていた。
「なあ見た!?昨日の撮影会!」
「マジで行ってたんだけど!」
「巳波さんやばすぎない!?」
一気にざわつく。
(……やっぱりな)
琉偉は静かに席に座る。
机にカバンを置いた瞬間――
「廣瀬!」
橘颯真が勢いよく振り返る。
「お前行ってないの?」
「……行ってない」
即答。
「もったいねぇ!」
「人生損してるぞ!」
周囲が一気に笑う。
⸻
だが、ただの盛り上がりでは終わらない。
「俺さ、前列だったんだけど!」
「えぐかったよなあの距離!」
「実物あれ反則だろ!」
さらに別の男子グループ。
・神崎蓮
・一ノ瀬悠斗
・桐生海斗
・瀬名蒼真
「写真より全然綺麗だった」
「オーラやばかった」
「プロだわ完全に」
興奮が止まらない。
⸻
女子側も同じだった。
「ほんとに可愛かった!」
「肌とか透明感やばくない?」
・月城美羽
・白雪凛
・小日向葵
・七瀬結衣
「距離近すぎて死ぬかと思った」
「目合ったんだけど!」
「やばすぎるってあれ」
完全に“学校の中心話題”になっている。
⸻
(……これが現実か)
琉偉はペンを回しながら考える。
昨日、あの場所には行った。
でも。
“同じ空間にいたのに会っていない”。
その差が、少しだけ胸に残る。
⸻
昼休み。
「なあ琉偉」
蒼が隣に座る。
その後ろに彩音。
「……何」
「やっぱりすごかったぞ」
「……見たのか」
「見た」
短く頷く。
「距離近いし、空気やばいし」
「プロすぎる」
彩音も静かに言う。
「でもね」
少しだけ視線を落とす。
「昨日、お前いなかったのちょっと分かった」
「……え」
「空気が違う」
その言葉が、少しだけ刺さる。
⸻
放課後。
帰宅。
玄関を開けると――
「おかえり」
東雲巳波。
いつもの姿。
眼鏡あり。
髪を下ろした“家の顔”。
「……ただいま」
カバンを置く。
「学校どうだった?」
「いつも通り」
「そっか」
軽く笑う。
でもその目は、少しだけ観察している。
⸻
夜。
琉偉の部屋。
ベッドの上。
スマホを握る。
通話。
『もしもし』
巳波の声。
「……お疲れさまです」
『そっちもね』
少しだけ沈黙。
「今日」
言い出す。
「学校、ずっと撮影会の話でした」
『やっぱり』
淡々とした声。
「かなり行ってた人多くて」
『うん』
「すごかったって」
『だろうね』
仕事の声。
でも少しだけ柔らかい。
⸻
「あと」
一番大事な部分。
「……俺、行かなかったけど」
『うん』
「でも」
少しだけ息を吸う。
「事務所での最後の水着」
一瞬、空気が変わる。
『……ああ』
「見れて良かったです」
正直に言う。
沈黙。
数秒。
『……そう』
短い返事。
でも、責める感じではない。
⸻
「ちゃんと、乳首綺麗でした」
言ってから少しだけ恥ずかしくなる。
『……ばか』
小さく笑う声。
『そういうの、真面目に言わないで』
「すみません」
『でも』
少し間。
『ありがとう』
その一言。
⸻
「あと」
少しだけ声を落とす。
「……あれ」
『ん?』
「最後の時」
言葉を選ぶ。
「本当に… 胸と乳首を見れてよかったです」
沈黙。
『……忘れて』
「無理です」
即答。
『ほんとにさ』
少しだけ呆れたような笑い。
でも。
優しい。
⸻
「今度は」
巳波が言う。
『ちゃんと“仕事”として見なさい』
「……はい」
『変に思い出すな』
「……無理かもです」
『ダメ』
軽く笑う。
⸻
通話が終わる。
静かな部屋。
⸻
数分後。
ドアが少し開く。
巳波が顔を出す。
「……寝るよ」
「……はい」
ベッドに入る。
隣に座る。
⸻
「今日さ」
小さく言う。
「ちょっとだけ」
「……はい」
「嬉しかった」
その言葉に、琉偉は少し驚く。
「……何がですか」
「ちゃんと見たこと」
少しだけ視線を逸らす。
「仕事としてでも」
⸻
沈黙。
そして。
琉偉はそっと近づく。
唇を重ねる。
今夜は短くない。
でも激しすぎもしない。
ただ“深い”。
「……ん」
離れて。
「おやすみ」
「……おやすみ」
⸻
電気が消える。
静かな夜。
⸻
学校では熱狂が続いている。
でもこの部屋だけは。
誰にも触れられない静けさがあった。
そして――
秘密はまだ、壊れていない。
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