第19章「すれ違う視線」
日曜日、朝。
空は少し曇っていた。
琉偉は駅前で立ち止まる。
(……行くか)
行かないと決めたはずだった。
でも。
足は自然と、会場の方向へ向いていた。
⸻
一方その頃。
撮影会会場。
人の列はすでにできていた。
「すごい人数だな……」
九条蒼が小さく呟く。
「ほんと」
白石彩音も周囲を見渡す。
カメラ、スタッフ、ファン。
(……これが現実か)
二人とも、どこか緊張していた。
⸻
「次の方どうぞー」
スタッフの声。
列が進む。
その奥に――
東雲巳波がいた。
水着姿。
でも表情は完全にプロのそれ。
(……やっぱり)
蒼は息を飲む。
“別世界の人間”。
その言葉がしっくりくる。
⸻
「こんにちは」
彩音が軽く頭を下げる。
「来てくれてありがとう」
巳波は自然に微笑む。
「琉偉の……」
一瞬だけ言いかける。
だがすぐに止める。
(ここでは“それ”を出さない)
すぐに切り替える。
「友達、だよね」
「はい」
蒼が答える。
「うん、分かった」
軽く頷く。
それだけ。
必要以上の会話はない。
プロとしての距離。
⸻
「じゃあ、ありがとう」
ほんの数秒。
それだけで次へ進む。
(……短い)
蒼は内心で思う。
でも当然だ。
これは仕事。
⸻
列の外側。
少し離れた場所。
琉偉は立っていた。
人混みの端。
会場の全体が見える位置。
(……いるな)
遠くに見える巳波。
でも。
目は合わない。
会話もしない。
ただ、そこに“いるだけ”。
(……それでいい)
自分に言い聞かせる。
⸻
撮影は進む。
笑顔。
ポーズ。
シャッター音。
時間は淡々と流れる。
⸻
やがて。
終了の合図。
「ありがとうございましたー!」
スタッフの声。
拍手。
⸻
会場の外。
蒼と彩音が出てくる。
「すごかったな」
蒼が息を吐く。
「うん」
彩音も小さく頷く。
「……あの人」
少しだけ言いかけて止める。
「ほんとに“別格”」
⸻
その時。
遠くから見ていた琉偉に気づく。
「……琉偉」
蒼が小さく手を上げる。
「来てたのか」
「……まあ」
短く答える。
彩音が少しだけ笑う。
「会えなかったね」
「……いい」
「いいの?」
「……見れただけで」
そう言うしかなかった。
⸻
少しの沈黙。
三人で歩き出す。
駅へ向かう道。
「……なあ」
蒼がぽつりと言う。
「お前、ほんとにそれでいいのか」
「……何が」
「距離」
横目で見る。
「ちゃんと会ってないだろ、今日は」
「……仕事だから」
「それでもだよ」
少しだけ強い声。
「俺らは見たけど、お前は“見てない”」
(……)
言い返せない。
⸻
彩音が続ける。
「でもね」
少しだけ優しく言う。
「それでいいんじゃない?」
「……え」
「近すぎると壊れることもあるし」
「……」
「今日みたいな距離も、必要かも」
その言葉に、少しだけ救われる。
⸻
駅。
「じゃあな」
蒼が手を振る。
「また明日」
彩音も小さく手を振る。
「……おう」
琉偉は短く答える。
⸻
帰り道。
一人。
電車の窓から外を見る。
(……会わなかったな)
でも。
(……それでいい)
そう思うしかない。
⸻
その夜。
巳波の部屋。
「お疲れさま」
雷斗が声をかける。
「うん」
短く答える。
「今日も問題なし」
「……そう」
スマホを見る。
通知は多い。
でも。
どこか違和感。
(……今日)
何かが足りない気がする。
⸻
琉偉の部屋。
ベッドに倒れ込む。
「……」
目を閉じる。
(会わなかった日なのに)
なぜか。
一番近くに感じる。
⸻
すれ違ったまま終わる一日。
でもそれは。
次に会うための“間”でもあった。
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