第17章「踏み込むか、逃げるか」
金曜日、朝。
教室は、昨日以上にざわついていた。
「なあ見たか!?これ!」
橘颯真がスマホを掲げる。
「何が?」
「巳波さんの撮影会スケジュール!」
「マジで!?」
一気に人が集まる。
(……来たな)
琉偉は席に座りながら、静かに息を吐く。
「来週の日曜だってよ!」
「場所、横浜じゃん!」
「行ける距離じゃね!?」
男子たちが一気に盛り上がる。
女子も混ざる。
「え、私も行きたい!」
「生で見たい!」
「絶対可愛い!」
完全に流れができている。
(……やっぱりこうなるよな)
予想通りすぎる展開。
⸻
「琉偉」
横から声。
蒼と彩音。
「……何」
「決まったな」
蒼が小さく言う。
「……ああ」
「どうする」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
本音は――
(行きたい)
でも。
「……行かない」
出た言葉はそれだった。
彩音が少しだけ目を細める。
「……本音は?」
「……」
「行きたいんでしょ」
見透かされている。
「……当たり前だろ」
小さく言う。
「……妻なんだし」
その一言に、蒼が軽く笑う。
「だよな」
「でも行けない」
「……ああ」
現実。
「じゃあ」
蒼が少しだけ前に出る。
「俺らが行く」
「……は?」
予想外だった。
「偵察」
「……」
「状況確認」
冷静な声。
「どれくらい危険か、実際に見る」
(……こいつ)
本気だ。
「……俺も」
彩音が続ける。
「行く」
「……なんで」
「見ておきたい」
短く。
でもはっきり。
「琉偉の“世界”」
「……」
言葉が出ない。
⸻
昼休み。
屋上。
三人だけ。
「……で」
蒼が口を開く。
「作戦決めるか」
「……作戦って」
「当たり前だろ」
「バレたら終わりなんだから」
正論すぎる。
「……」
「まず前提」
蒼が指を立てる。
「琉偉は行かない」
「……ああ」
「俺と彩音で確認」
「……」
「で、もし危険だったら」
少しだけ目を細める。
「今後の接触、さらに減らす」
(……そこまでか)
現実が重い。
「……分かった」
「逆に」
彩音が言う。
「安全そうなら?」
「……」
蒼が答える。
「“偶然を装って接触”も可能」
「……そんなことできるのか」
「やり方次第」
冷静。
「距離感、タイミング、周囲の視線」
完全に分析モード。
(……頼りすぎだろ)
でも。
「……頼む」
それしか言えない。
⸻
放課後。
帰り道。
三人で歩く。
「……なんかさ」
彩音がぽつりと言う。
「不思議」
「……何が」
「普通ならさ」
少し笑う。
「芸能人って“遠い存在”じゃん」
「……まあな」
「それが今」
琉偉を見る。
「こんな距離」
「……」
「しかも結婚」
蒼が横で言う。
「普通じゃないな」
「……分かってる」
「でも」
彩音が続ける。
「ちょっと楽しい」
「……は?」
「非日常って感じ」
くすっと笑う。
「……巻き込まれてるだけだろ」
「それも含めて」
軽い。
でも。
「……ちゃんと守るから」
その一言は、重かった。
⸻
夜。
琉偉の部屋。
スマホが震える。
【M】
『今日どうだった?』
『撮影会の話で盛り上がってました』
数秒。
『やっぱり』
『蒼と彩音が行くって言ってます』
既読。
少し長めの沈黙。
『……頼れるね』
「……はい」
『でも』
少しだけ文が続く。
『無理はさせないで』
(……)
『巻き込んでるのは、私たちだから』
その言葉が、少しだけ刺さる。
『……分かってます』
『ありがと』
短い一言。
でも。
それだけで十分だった。
⸻
通話に切り替える。
「もしもし」
『もしもし』
「……撮影会」
『うん』
「俺、行かないです」
『うん、それでいい』
迷いのない答え。
「……でも」
少しだけ間。
「近くには、いるかもしれないです」
沈黙。
『……危ないよ』
「……分かってます」
『それでも?』
「……見たいです」
正直に言う。
『……』
数秒。
そして。
『……ほんと、バカだね』
少しだけ笑う声。
でも。
『嫌いじゃない』
その一言で、空気が変わる。
⸻
次の舞台は決まった。
“撮影会”。
そこは――
最も近くて、最も危険な場所。
そして。
全員が、一歩踏み込もうとしている。
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