第16章「揺れ始めた日常」
木曜日、朝。
目が覚めた瞬間。
(……夢じゃないよな)
天井を見ながら、琉偉は小さく息を吐いた。
昨日のこと。
蒼と彩音に――すべて話した。
あの瞬間の空気は、まだはっきり覚えている。
(……戻れないな)
もう、“普通の高校生活”には。
⸻
リビング。
「おはよう」
母親の声。
「……おはよう」
「昨日遅かったわね」
「……ちょっとな」
適当に返す。
(……この人たち、何も知らないんだよな)
目の前にいる家族。
父、母、兄、姉。
その中で、自分だけが“別の世界”を持っている。
「今日も学校?」
「……うん」
当たり前の会話。
でも。
(……嘘ばっかだな)
少しだけ、胸が重くなる。
⸻
玄関。
ドアを開ける前に――
後ろから腕を引かれる。
「……っ」
振り返る。
東雲巳波。
「……今日も」
小さく笑う。
そして――
軽くではなく、しっかりと。
唇を重ねる。
「……ん」
短く、でも確実に残る感触。
「……気をつけてね」
「……はい」
「今日は会わない日」
「……分かってます」
「えらい」
軽く頭を撫でる。
(……慣れねぇ)
でも。
嫌じゃない。
「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
⸻
教室。
「おー、来た来た」
橘颯真が手を振る。
「昨日の配信の話まだしてんの?」
「当たり前だろ!」
周囲はまだ盛り上がっている。
「切り抜きも上がってるし!」
「トレンド入ってたぞ!」
「マジで?」
「マジ」
(……影響力えぐいな)
改めて実感する。
その時。
「……琉偉」
静かな声。
蒼。
その隣に彩音。
「……何」
「ちょっといい?」
「……今?」
「今」
有無を言わせない。
⸻
廊下。
人気の少ない場所。
「……昨日のこと」
蒼が口を開く。
「……ああ」
「改めて確認」
視線が真っ直ぐ。
「本当に、あの人と結婚してるんだな」
「……してる」
「……」
数秒の沈黙。
「……やっぱり頭おかしいな」
「悪口か?」
「褒め言葉」
即答だった。
彩音が小さく笑う。
「でも」
少し真剣な顔になる。
「リスク、分かってるよね」
「……分かってる」
「じゃあいい」
短い。
でも重い。
「……守るから」
その一言。
「……頼む」
⸻
昼休み。
教室。
「なあ琉偉!」
桐生海斗が声をかけてくる。
「今度さ、みんなで撮影会とか行かね?」
「……撮影会?」
「そうそう!グラビアの!」
(……は?)
一瞬、思考が止まる。
「最近また人気出てるし!」
「巳波さんとか来たら神だよな!」
「分かる!」
周囲が盛り上がる。
(……やめろ)
内心でツッコむ。
「……興味ない」
即答。
「えー?」
「絶対楽しいって!」
「……いい」
これ以上話したくない。
だが。
(……これ、来るな)
嫌な予感。
確実に。
⸻
放課後。
帰り道。
スマホが震える。
【M】
『今日、少しだけ電話できる?』
(……珍しいな)
『できます』
すぐに返信。
⸻
夜。
部屋。
通話。
「もしもし」
『もしもし』
落ち着いた声。
少しだけ安心する。
「……どうしました?」
『今日さ』
少し間。
『撮影会の話、出てたでしょ』
(……見えてるのかよ)
「……出てました」
『やっぱり』
小さくため息。
『来る可能性あるね』
「……はい」
『その時』
声が少し低くなる。
『どうするか、考えとこ』
(……来る前提か)
現実的すぎる。
「……会場、被る可能性ありますよね」
『ある』
即答。
「……」
沈黙。
「……俺、行かないです」
『うん、それが一番安全』
でも。
少しだけ間を置いて。
『ただ』
「……はい」
『もし来ることになったら』
その言葉で、空気が変わる。
『“他人”でいて』
「……」
胸が、少しだけ締まる。
『絶対に』
強い声。
「……分かりました」
⸻
通話が終わる。
静かな部屋。
(……他人、か)
分かっている。
それが正解。
でも。
(……できるのか)
あの距離で。
あの空気で。
“何もないふり”。
「……」
答えは、まだ出ない。
⸻
その頃。
白石彩音の部屋。
机の上にはスマホ。
画面には――
『東雲巳波 撮影会 スケジュール』
「……やっぱりある」
小さく呟く。
「……琉偉」
少しだけ笑う。
「これ、絶対巻き込まれるよね」
⸻
一方。
九条蒼の部屋。
「……撮影会、か」
スマホを見ながら呟く。
「……行くか」
静かに決める。
⸻
日常は、まだ続いている。
だが。
次の舞台は、もう決まり始めていた。
――“撮影会”。
そこは。
最も“バレやすい場所”。
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