第14章「画面の中の妻と、現実の秘密」
水曜日、朝。
玄関。
靴を履く琉偉の背後から、足音。
「……今日も学校?」
「……はい」
振り返る。
東雲巳波。
眼鏡をかけた“素”の姿。
だが、その目はどこか楽しそうだった。
「ね」
一歩近づく。
「……はい?」
そのまま、迷いなく――
深く、長いキス。
「……っ」
昨日よりも、さらに濃い。
息が絡むくらい。
「……ん、ちょっと長い」
軽く笑う。
「……朝ですよ」
「だから?」
さらっと返される。
そして。
「今日の夜」
少しだけ声を落とす。
「YouTubeで生配信あるから、見に来てね」
「……はい」
自然に頷く。
「コメントしてもいい?」
「バレるからやめて」
即答だった。
「……ですよね」
「見るだけ」
「……はい」
そのやり取りが、妙に“夫婦”だった。
「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
⸻
その数時間後… X(旧Twitter)。
東雲巳波の公式垢に投稿が更新される。
✨お知らせ✨
今日の夜20時から、久しぶりにゲームの生配信やります!
最近ちょっとバタバタしてて、なかなか配信できてなかったんだけど、今日は少し時間が取れたので、ゆっくりやろうかなって思ってます
いつもみたいにガチでやるっていうよりは、のんびり雑談しながら、みんなと一緒に遊ぶ感じにしたいなって思ってるので、気軽に来てもらえたら嬉しいです
初見さんも全然大歓迎なので、「初めてでコメントしづらいな…」って思ってる人も、気にせず一言でも書いてくれたらちゃんと見てるし、できるだけ拾っていきたいなって思ってます
もちろんいつも来てくれてる人も、久しぶりに来てくれる人も、みんなそれぞれのペースで楽しんでもらえたらいいなって思ってます
ちょっとした近況の話とかもするかもだし、ゲームしながらまったり話せたら嬉しいです
夜、待ってます』
投稿直後。
いいね、リポスト、コメントが一気に伸びていく。
⸻
学校。
「おい見た!?」
如月晴斗が騒いでいる。
「何が?」
「巳波さん、生配信やるって!」
「マジで!?」
周囲が一気にざわつく。
「久しぶりじゃね!?」
「絶対見るわ!」
「今日8時だって!」
教室全体が盛り上がる。
(……そりゃそうだよな)
琉偉は、静かにその様子を見ていた。
“みんなの憧れの存在”。
それが――
(……俺の妻なんだよな)
現実とのズレが、頭を揺らす。
その時。
「……琉偉」
小さな声。
振り向く。
九条蒼と白石彩音。
二人とも、周囲に聞こえない距離まで近づいてくる。
「……あの人」
蒼が小声で言う。
「今日配信やるんだな」
「……うん」
「……マジか」
軽く天井を仰ぐ。
「これが“奥さん”って」
現実味がない。
「……衝撃だわ」
正直な感想。
その横で。
彩音が、小さく笑う。
「……だからか」
「……何が」
「バイトって言ってたの」
琉偉を見る。
「全然納得いかなかったけど」
少しだけ肩をすくめる。
「これなら、納得」
「……」
何も言い返せない。
「……ね」
彩音が少しだけ顔を近づける。
「ちゃんと見守るから」
「……え」
「変なことしたら怒るけど」
軽く笑う。
でも、その目は本気だった。
⸻
放課後。
帰宅。
玄関を開ける。
「ただいま」
その瞬間。
「おかえり」
ではなく――
「お、帰ってきたか」
父親の声。
「……え」
リビングを見る。
そこには――
父親、母親、そして。
姉と兄。
全員揃っていた。
「……なんで全員いるの」
「今日はたまたまな」
兄が笑う。
「早く終わってさ」
「たまには家族で飯でもって」
母親も笑う。
「……」
(……タイミング最悪だろ)
心の中で崩れる。
今日は。
“配信の日”。
そして。
“妻が画面に出る日”。
「……どうした?顔変だぞ」
父親が言う。
「……いや、なんでもない」
必死に平静を装う。
(……バレるなよ)
心の中で何度も繰り返す。
⸻
夜、20時。
自室。
パソコンの前。
(……始まる)
画面が切り替わる。
配信開始。
そこに映るのは――
東雲巳波。
髪を上げ、眼鏡なし。
完全に“仕事の顔”。
「こんばんは〜」
明るい声。
画面越しの笑顔。
コメント欄が一気に流れる。
『待ってた!』
『久しぶり!』
『可愛い!』
『神配信!』
視聴者数――3万人突破。
コメント数――すでに1000以上。
(……すげぇ)
改めて実感する。
この人は。
“特別な存在”だと。
「今日はね、ちょっとまったりやろうかなって」
楽しそうに話す。
その姿は――
昼間、一緒にいた人と同じなのに。
全く違って見える。
(……これが、仕事か)
⸻
同じ頃。
九条蒼の部屋。
ベッドに寝転びながら、スマホで配信を見る。
「……はぁ」
天井を見る。
「これが琉偉の奥さんかよ……」
信じられない。
でも。
「……本物なんだよな」
笑うしかない。
⸻
そして。
白石彩音の部屋。
静かな空間。
イヤホンをつけて、画面を見ている。
「……すごい」
ぽつりと呟く。
「こんな人が……」
少しだけ笑う。
「琉偉の奥さん、か」
ゲームを楽しそうにプレイする巳波。
その姿を、じっと見つめる。
「……守らないとね」
小さな声。
誰にも聞こえない誓い。
⸻
画面の中の巳波。
現実の中の巳波。
その二つは、同時に存在している。
そして。
それを知る人間は、少しずつ増えている。
だが――
まだ。
“家族”は何も知らない。
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