第13章「秘密の共有者」
月曜日、夜。
琉偉の部屋。
静かな空間の中で、琉偉はベッドに座り込んでいた。
(……限界だな)
今日の昼の会話。
白石彩音の視線。
九条蒼の確信。
もう“誤魔化す段階”ではない。
ドアがノックされる。
「入っていい?」
「……はい」
ドアが開く。
東雲巳波。
私服、眼鏡ありの“素”の姿。
そのまま隣に座る。
「……顔見れば分かる」
「……はい」
少しだけ間。
そして琉偉は言った。
「……話した方がいいと思います」
巳波は何も言わず、続きを待つ。
「彩音……幼馴染なんですけど、もう気づいてます」
「うん」
「蒼も……ほぼ確信してます」
「うん」
短い相槌。
でも、その目は真剣。
「……このまま隠し続けても、多分どこかでバレます」
「……」
「それなら」
一度、息を吸う。
「俺が信じてる人には、ちゃんと話したいです」
沈黙。
数秒。
「……誰まで?」
「蒼と彩音だけです」
「……理由は?」
「……幼馴染なんで」
少しだけ視線を落とす。
「嘘つきたくないです」
その一言。
巳波は、じっと琉偉を見る。
試すように。
測るように。
そして――
「……分かった」
短く頷く。
「条件付き」
「……はい」
「“公にしない”」
「……はい」
「“絶対に誰にも言わない”」
「……はい」
「これ守れないなら、その時点で終わり」
はっきりとした線引き。
「……分かりました」
「あと」
少しだけ近づく。
「ちゃんと、私からも言う」
「……え」
「責任は半分じゃないから」
その言葉が、妙に重い。
⸻
火曜日、朝。
玄関。
「……今日だね」
「……はい」
少しだけ緊張している。
それが自分でも分かる。
巳波が近づく。
「……ちゃんと呼んで」
「……はい」
「逃げないで」
「……はい」
そして――
深く、長く。
昨日よりも明らかに濃いキス。
「……っ」
息が止まりそうになる。
「これで」
少しだけ離れて。
「覚悟、決めたでしょ」
「……はい」
もう逃げられない。
「行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
⸻
学校。
昼休み。
「蒼」
「……何」
「放課後、時間あるか」
蒼が少しだけ目を細める。
「珍しいな」
「話ある」
短く。
真剣に。
数秒。
「……いいよ」
あっさり承諾。
「彩音も呼んでほしい」
その一言で、空気が変わる。
「……へぇ」
蒼が少し笑う。
「やっとか」
「……来るか?」
「行くよ」
即答だった。
⸻
放課後。
「彩音」
「……何」
「今日、来てほしいとこある」
「……どこ」
「カフェ」
「……蒼も?」
「……うん」
少しの沈黙。
「……分かった」
その一言。
覚悟は決まった。
⸻
夕方。
カフェ。
窓際の席。
そこに座る一人の女性。
帽子、眼鏡、落ち着いた私服。
だが。
(……やっぱり)
蒼は一瞬で感じる。
(“普通”じゃない)
隣の彩音も、同じだった。
(……この人)
昨日の記憶と一致する。
その時。
女性が、こちらを見て――
「こっち」
小さく手を上げる。
(……呼ばれた)
二人は顔を見合わせる。
そして、歩き出す。
席の前。
「……どうも」
蒼が軽く言う。
「こんにちは」
女性は落ち着いて返す。
彩音は、じっと観察している。
(……やっぱり)
確信が強くなる。
その時。
「ごめん、遅れた」
後ろから声。
振り返る。
琉偉。
息を少し切らしている。
「……揃ったね」
巳波が静かに言う。
空気が変わる。
⸻
「……で」
蒼が口を開く。
「何の話?」
「……ああ」
琉偉は一度深呼吸して――
「紹介する」
その言葉に、二人の視線が集中する。
「……この人」
一瞬、間。
逃げ場はない。
「……俺の妻」
沈黙。
完全な沈黙。
「……は?」
蒼が固まる。
「……え」
彩音も言葉を失う。
「……結婚してる」
「……」
理解が追いつかない。
当然だ。
「……いやいや」
蒼が笑う。
「冗談だろ」
「……本当」
「……は?」
「交際0日で結婚した」
「……」
空気が止まる。
「……」
彩音が、ゆっくりと巳波を見る。
そして。
「……やっぱり」
小さく呟く。
「……東雲巳波、ですよね」
その一言で。
完全に静止する。
蒼が一気に振り向く。
「……え?」
「……有名人」
彩音は、はっきり言う。
「グラビアアイドルで、インフルエンサー」
「……」
蒼の目が見開く。
「……マジかよ」
数秒。
沈黙。
そして。
「……いやいやいや」
頭を抱える。
「情報量多すぎるだろ」
「……」
琉偉は何も言えない。
巳波が、静かに口を開く。
「……本当です」
落ち着いた声。
「でも」
視線を二人に向ける。
「これは、公にできない関係です」
はっきりと。
「仕事の問題もあるし、立場もある」
「……」
「だから」
少しだけ頭を下げる。
「誰にも言わないでほしい」
その姿に。
蒼が一瞬、言葉を失う。
「……マジで言ってる?」
「……本気です」
「……」
彩音は、しばらく黙っていた。
そして。
「……琉偉」
「……何」
「これ、本気?」
「……本気」
即答。
迷いはない。
数秒。
そして。
「……分かった」
短く言う。
「言わない」
蒼も、ため息をついて。
「……まあ」
頭をかく。
「ここまで見せられたらな」
「……バラすメリットないし」
軽く笑う。
でも。
その目は真剣だった。
「……約束する」
「……ありがとう」
琉偉が小さく言う。
⸻
その日。
秘密は、“二人だけ”のものではなくなった。
共有された。
信頼と引き換えに。
そして――
この選択が正しかったのかどうかは。
まだ、誰にも分からない。
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