第12章「もう一人の観察者」
土曜日、夜。
鎌倉の家。
リビングの明かりは落とされ、間接照明だけが部屋を照らしている。
「……あの子」
東雲巳波が、静かに口を開く。
ソファに座り、足を組んだまま。
「白石彩音って言ったよね」
「……はい」
向かいに座る琉偉は、少し背筋を伸ばす。
「どういう子?」
「……幼馴染です」
「それは聞いた」
「……」
「性格」
少し間。
「……鋭いです」
即答だった。
「直感が強いというか……嘘を見抜くタイプで」
「……なるほど」
巳波は小さく頷く。
「一番面倒」
「……はい」
否定できない。
「蒼より?」
「……違うタイプで厄介です」
「どう違うの」
「蒼は“証拠”を見るタイプですけど……」
一度言葉を切る。
「彩音は“違和感”で動きます」
沈黙。
数秒。
「……最悪じゃん」
小さく笑う。
だが、その目は笑っていない。
⸻
同じ頃。
自室。
白石彩音はベッドの上でスマホを見ていた。
画面には――
検索履歴。
『東雲巳波 年齢』
『東雲巳波 私服』
『東雲巳波 身長』
(……似てる)
昼間に見た女性。
あの雰囲気。
あの立ち方。
あの“空気”。
ただの“知り合い”ではない。
「……まさかね」
小さく呟く。
でも。
否定しきれない。
(琉偉が……?)
ありえない。
普通なら。
でも。
「……最近、変わった」
明らかに。
(大人っぽくなった)
その理由。
繋がる線。
「……」
スマホを伏せる。
「……まだ、決めつけない」
そう呟く。
だが。
その目はすでに――
“観察者”の目だった。
⸻
日曜日、朝。
「……今日は?」
琉偉が聞く。
「会わない日」
巳波が即答する。
「……はい」
少しだけ落ちる。
「顔に出てる」
「……出してないです」
「出てる」
くすっと笑う。
その空気が、少しだけ柔らかい。
だが。
「でも」
巳波は続ける。
「しばらく、さらに減らす」
「……え」
「接触回数」
「……どのくらい」
「週1」
「……」
一気に減る。
「理由、分かるでしょ」
「……はい」
彩音。
そして蒼。
リスクが増えた。
「……」
言葉が出ない。
だが。
「……やります」
出た答えは同じ。
巳波は、少しだけ目を細めた。
「ちゃんと優先順位分かってるね」
「……」
それが正しいことも分かっている。
でも。
感情は、別だ。
⸻
月曜日、昼休み。
教室。
「琉偉」
声。
白石彩音。
「……何」
「ちょっといい?」
「……」
拒否できない。
廊下へ。
人気の少ない場所。
「……あの人」
いきなり核心。
「……誰」
「昨日一緒にいた人」
「……」
逃げられない。
「……バイトの人って言ったろ」
「……ほんとに?」
視線が鋭い。
「……ほんとだよ」
嘘。
完全な嘘。
だが。
彩音は、すぐには返さない。
数秒。
沈黙。
「……ね」
「……何」
「私、あの人見たことある気がする」
(……来た)
心臓が強く打つ。
「……気のせいだろ」
「……そうかな」
一歩近づく。
距離が近い。
「テレビとか、ネットとか」
(やめろ)
「……知らない」
即答。
だが。
「……ふーん」
完全に納得していない。
「……ね、琉偉」
声が少しだけ低くなる。
「危ないことしてないよね」
「……は?」
「トラブルとか」
「……してない」
「……ほんとに?」
「……ほんとに」
沈黙。
長い数秒。
そして。
「……ならいい」
一歩引く。
「でも」
最後に。
「嘘だったら、怒るから」
(……怖)
背筋が冷える。
⸻
放課後。
帰り道。
(……増えたな)
敵が。
九条蒼。
白石彩音。
どちらも、タイプが違う。
だが。
確実に近づいている。
スマホを見る。
【M】
『今日は会わない』
(……分かってる)
それでも。
『はい』
短く返す。
⸻
夜。
部屋。
一人。
静か。
(……これでいいのか)
ふと、思う。
距離を取って。
嘘を重ねて。
隠し続けて。
(……普通じゃないな)
でも。
それでも。
(……やめる気はない)
それだけは、はっきりしていた。
⸻
一方。
都内。
車内。
「……増えましたね」
筒香雷斗が呟く。
「うん」
巳波は短く答える。
「“観察者”が二人」
「……対処しますか」
「まだいい」
窓の外を見る。
夜景が流れていく。
「むしろ」
少しだけ笑う。
「面白くなってきた」
その言葉は。
危うさと、覚悟の両方を含んでいた。
⸻
秘密は、二重に監視され始めた。
一人は“証拠”を追い。
一人は“違和感”を掴む。
そして。
そのどちらもが――
正解に近づいている。
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