第11章「短い再会と、消えない違和感」
土曜日、午後。
みなとみらいから少し外れた、人気の少ないカフェ。
窓際の席。
帽子と眼鏡、そしてラフな私服。
東雲巳波は、静かにコーヒーを口にしていた。
その視線の先――
「……遅くなりました」
少し息を切らして入ってくる、廣瀬琉偉。
「別にいいよ」
巳波は軽く手を振る。
「ちゃんと来たし」
「……すみません」
向かいに座る。
その瞬間。
(……久しぶりだな)
たった数日。
それだけなのに、妙に長く感じる。
「……なんか変な感じ」
巳波がぽつりと呟く。
「……分かります」
「ね」
軽く笑う。
「会ってないだけで、こんなになるんだ」
その言葉が、少しだけ重い。
「……」
琉偉は何も言えない。
でも。
同じ気持ちだった。
⸻
数秒の沈黙。
そのあと。
「……触っていい?」
巳波が小さく言う。
「……え」
「手」
テーブルの上。
少しだけ差し出される指先。
「……」
周囲を見る。
客は少ない。
視線もない。
(……大丈夫か)
そっと手を重ねる。
指先が触れる。
その瞬間。
「……あったかい」
巳波が、少しだけ息を吐く。
その一言で。
距離が、一気に縮まる。
「……そっちも」
琉偉も小さく言う。
自然と、指が絡む。
(……これだけで)
満たされる感覚。
「……危ないね」
巳波が呟く。
「何がですか」
「依存しそう」
「……」
否定できない。
⸻
カフェを出る。
人の少ない裏道。
「少し歩く?」
「……はい」
並んで歩く。
前よりも、距離は近い。
でも。
触れない。
触れたら、止まれなくなる気がする。
「……学校どう?」
巳波が聞く。
「……一応、大丈夫です」
「“一応”?」
「蒼ってやつは、追ってこなくなりました」
「……でも?」
「完全に疑ってます」
「……だよね」
少し考える。
「顔、覚えられてないよね」
「多分……大丈夫だと思います」
「“多分”か」
ため息。
「一番信用できないやつ」
「……すみません」
「謝らなくていい」
即座に返す。
「私も同じ立場だったら疑うし」
現実的すぎる。
⸻
その時。
「――琉偉?」
声。
止まる。
振り返る。
(……最悪)
そこにいたのは――
白石彩音。
一人。
買い物袋を持っている。
完全に“偶然”。
「……何してんの?」
視線が、ゆっくりと巳波へ向く。
「……その人」
空気が止まる。
(終わったか?)
一瞬で、思考が走る。
どうする。
どう言う。
逃げるか。
誤魔化すか。
その時。
「こんにちは」
巳波が先に口を開いた。
自然な笑顔。
完全に“別人”。
「え……」
彩音が一瞬戸惑う。
「この子の……」
ほんの一瞬の間。
そして。
「知り合いです」
(……知り合い?)
予想外の言葉。
だが。
嘘ではない。
ギリギリのライン。
「……知り合い?」
彩音の目が細くなる。
「えっと……」
琉偉が言葉を探す。
「……バイト先で」
とっさの嘘。
「……バイト?」
「……はい」
(苦しい)
でも。
ここで崩れたら終わり。
数秒の沈黙。
「……ふーん」
彩音は、ゆっくりと頷く。
だが。
「そんな話、聞いたことないけど」
(終わる)
完全に詰められる。
その時。
「最近なんです」
巳波が自然に被せる。
「急に人手が足りなくて」
「……」
彩音の視線が、再び巳波へ。
観察している。
(……やばい)
近い。
鋭い。
「……どこで働いてるんですか?」
質問。
一歩踏み込まれる。
(どうする)
その瞬間。
「内緒です」
巳波が、少しだけ笑って言う。
「え?」
「お店のルールで」
柔らかい声。
でも、完全にシャットアウト。
「……」
彩音は、数秒黙る。
その後。
「……そう」
納得はしていない。
でも。
これ以上は踏み込まない。
「じゃあ」
軽く手を振る。
「またね、琉偉」
「……ああ」
そのまま去っていく。
⸻
沈黙。
完全に人がいなくなる。
「……危なかったですね」
琉偉が小さく言う。
「うん」
巳波は短く答える。
「……顔、覚えられたかも」
「……ですよね」
「でも」
少しだけ視線を向ける。
「バレてはない」
「……はい」
ギリギリ。
本当にギリギリ。
「……ね」
巳波が小さく言う。
「さっきの“知り合い”」
「……はい」
「間違ってないよね」
少しだけ笑う。
「……そうですね」
それ以上でも、それ以下でもない。
でも。
「……それだけじゃないです」
小さく言う。
巳波が、少しだけ目を細める。
「……分かってる」
短い一言。
それで十分だった。
⸻
短い再会。
だが。
その中で、確実に何かが変わった。
そして――
疑念は、また一人に広がった。
今度は。
逃げ切れる保証は、どこにもない。
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