第105章「サッカーゲーム生配信⑴――“雨の日のキックオフ”と伝説配信者の休日」
日曜日の朝。
戸塚駅近くの住宅街は、朝から静かな雨に包まれていた。
窓ガラスを叩く雨粒。
屋根を打つ一定の音。
いつもなら休日の朝を楽しむ家族連れや散歩をする人の姿も、今日はほとんど見えない。
まるで街全体が、もう一度布団の中へ戻ろうとしているようだった。
リビングの大きな窓から外を眺めていた琉偉は、小さく呟く。
「結構降ってますね」
キッチンで朝食の後片付けをしていた巳波も窓の外を見る。
「うん。思ったより降ってるね」
二人が朝食に食べたのは、トーストにスクランブルエッグ、サラダ、そして温かいスープ。
忙しい日々が続いていた分、久しぶりにゆっくりとした朝だった。
食器を洗い終えた巳波は、タオルで手を拭きながらソファへ座る。
琉偉はテレビをつけた。
朝のニュース番組が流れ始める。
キャスターが天気予報を伝えている。
「神奈川県全域では本日、一日を通して雨となる見込みです。また、明日月曜日、明後日火曜日も広い範囲で雨予報となっています――」
テレビ画面には三日連続の傘マーク。
琉偉は思わず苦笑する。
「月曜日も火曜日も雨みたいですね」
巳波も画面を見ながら頷く。
「珍しいね。三日連続かぁ」
「大学行くの少し大変そうです」
「駅まで気を付けて行かないとね」
しばらく二人は雨音を聞いていた。
いつもなら買い物へ出掛けたり、少し散歩をしたりする休日。
だが今日は、二人とも外へ出る気分にはなれなかった。
琉偉はソファに座り直しながら巳波を見る。
「今日は一日どうしますか?」
すると巳波は少しだけ考える素振りを見せる。
数秒後。
何かを思いついたように笑った。
「そうだ」
「?」
「今日は配信しようかな」
「配信ですか?」
「うん」
巳波は嬉しそうに続ける。
「サッカーゲーム配信」
「久しぶりですね」
「最近ずっと忙しかったし、雨の日くらい家でゆっくりゲームしたいなって」
琉偉は自然と頷いた。
「いいと思います」
すると巳波は立ち上がり、琉偉の前まで歩いてくる。
「でも――」
「?」
「今日は、琉偉には隣の部屋で見ててほしい」
「隣の部屋ですか?」
「うん。声だけ入っちゃうかもしれないから」
「分かりました」
その返事を聞いた巳波は満足そうに笑う。
そして、そのままそっと琉偉の首に腕を回した。
「よろしくね」
次の瞬間。
二人の距離が消える。
静かな雨音だけが響く部屋の中。
長く、深いキスだった。
数十秒後。
ゆっくりと唇が離れる。
巳波は少し照れたように笑う。
「じゃあ、今日はサポーター役ね」
「分かりました」
「ちゃんと見てて?」
「もちろんです」
「感想も聞かせてね」
「はい」
巳波は嬉しそうに頷いた。
⸻
午前十時三十分。
巳波は二階にある配信部屋へ入る。
部屋の中央には、以前スポンサーから提供された最新の配信機材が並んでいた。
高性能カメラ。
大型モニター。
専用マイク。
照明。
ゲーム配信用のキャプチャーボード。
今や、この部屋は完全に「東雲巳波の配信スタジオ」になっていた。
巳波は椅子へ座る。
お気に入りの大型ゲーミングチェア。
その前にはゲーム用モニター。
画面には人気サッカーゲームが起動している。
オンライン対戦モード。
世界中のプレイヤーと対戦できるモードだった。
「よし」
小さく息を吐く。
そして配信開始ボタンを押した。
⸻
《東雲巳波 サッカーゲーム生配信》
【配信開始】
配信開始から僅か数秒。
コメント欄が一気に流れ始める。
【きたあああああ!!】
【巳波ちゃんだ!】
【久しぶりのゲーム配信!】
【待ってた!!】
【サッカーゲーム配信嬉しい!】
【通知来た瞬間飛んできた】
【雨の日に配信助かる】
【今日はゲームか!】
配信開始五分。
同時接続数。
すでに十五万人。
さらに増え続けていた。
巳波はコメント欄を見ながら笑う。
「みんな、おはよう」
【おはよう!!】
【おはようございます!】
【今日も可愛い!】
【久しぶり!】
「今日は雨だから、家でサッカーゲームやろうかなと思って」
【神企画】
【休日配信ありがとう】
【雨だから家で見る!】
【最高の日曜日】
「今日は雑談もしながら、のんびりやる予定です」
コメントはさらに加速する。
【ランクマやる?】
【どこのチーム使うの?】
【日本代表使って!】
【プレミアリーグ使って!】
巳波は少し考える。
「じゃあ最初は――」
コントローラーを操作する。
「横浜F・マリノスでいこうかな」
【地元きた!!】
【神奈川勢歓喜】
【戸塚だから!?】
【地元愛】
巳波は笑う。
「そういうこと」
⸻
一方。
隣の部屋。
琉偉はソファに座り、スマートフォンで配信を視聴していた。
イヤホン越しに聞こえる巳波の声。
楽しそうにゲームをしている姿。
仕事中とは違う、完全な素の巳波だった。
「楽しそうですね」
琉偉は小さく呟いた。
雨音。
配信の音。
静かな日曜日。
その全てが心地よかった。
⸻
そして。
雨の日のサッカーゲーム生配信は、まだ始まったばかりだった。
視聴者たちはまだ知らない。
この日の配信もまた――
後に「伝説の日曜日」と呼ばれることになることを。
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