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第9章「引き際と残された疑念」


木曜日、朝。


教室。


いつも通りのざわめき。


だが。


(……静かだな)


廣瀬琉偉は、違和感を感じていた。


昨日まであった“圧”がない。


視線も、いつも通りに戻っている。


「おはよー」


如月晴斗がいつも通り声をかけてくる。


「……おはよ」


「昨日帰るの早すぎだろ」


「用事って言ったろ」


「つまんねーなー」


軽口。


普通の会話。


でも。


(……あいつが来ない)


九条蒼。


その存在だけが、抜けている。



授業中。


黒板を見るふりをしながら、横目で確認する。


いる。


普通に座っている。


だが。


(……見てない)


視線が来ない。


昨日までとは明らかに違う。


(……何だこれ)


逆に不気味だった。



昼休み。


「なぁ琉偉」


黒川蓮司が声をかけてくる。


「……なんだよ」


「蒼と何かあったか?」


「……別に」


「今日、やけに静かだぞ」


確かに。


いつもなら、何かしら絡んでくる。


それがない。


「……知らない」


「ふーん」


納得はしていない顔。


その時。


「……琉偉」


低い声。


振り向く。


九条蒼。


一人で立っている。


「……ちょっといい?」


(来た)


心臓が一瞬だけ強く打つ。


「……ああ」


教室を出る。


廊下。


人気のない場所。


二人きり。


「……で」


琉偉が先に口を開く。


「何だよ」


蒼は少しだけ間を置いてから言った。


「昨日のこと」


「……」


「もういいや」


「……は?」


予想外だった。


「追うのやめる」


「……なんで」


思わず聞き返す。


すると蒼は、少しだけ笑った。


「無理だから」


「……何が」


「お前、徹底してる」


「……」


「昨日も、最後まで尻尾出さなかった」


(……いや、ギリギリだったぞ)


内心で突っ込む。


「だから」


蒼は肩をすくめる。


「これ以上やっても意味ない」


「……」


言葉の意味を測る。


本当に諦めたのか。


それとも――


「……信用したのか?」


琉偉が聞く。


蒼は、一瞬だけ黙って。


「いや?」


即答だった。


「してない」


「……」


「むしろ逆」


目が、細くなる。


「“何かある”って確信した」


(……やっぱりか)


背筋が冷える。


「でも」


蒼は続ける。


「証拠がない」


「……」


「だからやめる」


合理的。


冷静。


感情じゃない。


「その代わり」


一歩近づく。


「いつかボロ出すだろ」


「……」


「その時、全部分かる」


逃げ場のない宣告。


「……好きにしろよ」


琉偉は、あえて軽く返す。


これ以上、反応したら負けだ。


蒼は少しだけ見つめてから。


「うん」


それだけ言って、背を向けた。


「楽しみにしてる」


(……最悪だ)


追ってこない。


でも。


完全に“監視対象”にされた。



放課後。


「今日、帰るのか?」


晴斗。


「……ああ」


「最近マジで付き合い悪いなー」


「悪い」


軽く流す。


だが。


(あいつ、もう来ないんだよな)


追われない安心。


でも。


(ずっと見られてる感じがする)


それが消えない。



帰り道。


スマホが震える。


【M】


『今日は大丈夫?』


『多分』


『尾行は?』


『やめるって言われました』


数秒。


『それが一番怖い』


(……やっぱりか)


同じ認識。


『気をつけて』


『はい』


短いやり取り。


でも。


それだけで、少し落ち着く。



家。


ドアを開ける。


「おかえり」


その一言。


日常に戻る。


「……ただいま」


靴を脱ぎながら、息を吐く。


「どうだった?」


「……やめるって言われました」


「……」


巳波は少しだけ考える。


「納得してる顔だった?」


「……いや」


即答。


「完全に確信してました」


「……だよね」


小さく息を吐く。


「一番面倒なパターン」


「……ですよね」


「証拠待ち」


その一言で、全てがまとまる。


「……どうします?」


琉偉が聞く。


すると巳波は、少しだけ考えてから。


「変えよっか」


「……え」


「やり方」


視線が、まっすぐ向けられる。


「今のままだと、いつかバレる」


「……」


「だから」


一歩近づく。


「もっと徹底する」


その目は、“覚悟”の目だった。



追跡は終わった。


だが。


疑念は、消えていない。


むしろ。


静かに、確実に。


核心へと近づいている。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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