第九話 「恋愛監査試験」
終わった。
本当に終わった。
「恋愛監査試験ってなんだよ……」
翌朝。
Eクラス食堂で俺は机に突っ伏していた。
改良班が味噌汁を置く。
「食え」
「胃が死んでる」
柴崎が笑う。
「カップル面接とかじゃね?」
「地獄じゃねぇか」
すると松永が真顔で言った。
「焼きとうもろこし食えば勝てる」
「万能薬みたいに言うな」
⸻
一ノ瀬は静かに座っていた。
だが分かる。
かなり緊張してる。
箸の持ち方が少し硬い。
呼吸も浅い。
演技じゃない。
本当に不安なんだろう。
「……大丈夫か」
俺が聞くと、一ノ瀬は少し驚いた顔をした。
「九条くんが心配してる」
「うるさい」
「ふふ」
少し笑う。
最近、その笑顔が自然になってきている。
だから余計に怖い。
もし白鷺に見抜かれたら。
全部終わる。
⸻
午前十時。
中央管理棟特別試験室。
白い部屋。
机二つ。
監視カメラ。
完全に取り調べ室だった。
「ようこそ」
白鷺優斗が微笑む。
「恋愛監査試験へ」
帰りたい。
⸻
「試験内容は簡単です」
白鷺が端末を操作する。
《恋愛適性同期判定》
画面に説明が映る。
『恋人同士は無意識の行動同期率が高い』
『視線』
『呼吸』
『反応速度』
『心拍変化』
嫌すぎる。
「つまり」
白鷺は微笑む。
「本物の恋人か確認するだけです」
怖い。
この国怖い。
⸻
試験開始。
「では最初の質問です」
白鷺が座る。
「お二人の初デート場所は?」
沈黙。
決めてない。
終わった。
だが。
「Eクラス農地です」
一ノ瀬が即答。
白鷺が俺を見る。
「本当ですか?」
「……焼きとうもろこし食ってた」
数秒沈黙。
白鷺が端末を見る。
《同期率:89%》
「ほう」
通った。
なぜだ。
⸻
「次」
白鷺が微笑む。
「お互いの好きな食べ物は?」
一ノ瀬がこちらを見る。
知らん。
だが。
「燻製ベーコン」
「焼きとうもろこし」
同時だった。
Eクラス食文化に侵食されてる。
《同期率:92%》
「……面白いですね」
白鷺が目を細める。
⸻
数十分後。
試験はどんどんおかしくなっていった。
「恋人繋ぎしてください」
「は?」
「見つめ合ってください」
「嫌だ」
「拒否は減点です」
国家権力最悪である。
一ノ瀬が小声で言う。
「……やるしかないね」
「お前冷静だな」
「内心死にそう」
だろうな。
⸻
そして。
一番最悪の試験が始まる。
「では最後です」
白鷺が端末を置いた。
「恋人同士なら可能なはずです」
嫌な予感。
「お互いを名前で呼び合い、三十秒見つめ合ってください」
「地獄か?」
「国家試験です」
国家終わってる。
⸻
俺と一ノ瀬は向かい合う。
近い。
近すぎる。
長い黒髪。
白い肌。
整った顔。
普通に可愛い。
いや今それどころじゃない。
「……れ、蓮くん」
一ノ瀬が小さく言う。
演技だ。
分かってる。
分かってるのに。
心拍が少し上がる。
「……雪乃」
一瞬。
彼女の目が揺れた。
初めてだった。
完全に演技が崩れたのは。
呼吸。
視線。
鼓動。
全部が乱れる。
《同期率:98%》
白鷺の目が細くなる。
静かな沈黙。
やばい。
バレたか?
だが次の瞬間。
白鷺は微笑んだ。
「……なるほど」
そして。
「少なくとも、“完全な偽装”ではないようですね」
空気が止まる。
俺と一ノ瀬は顔を見合わせた。
白鷺は立ち上がる。
「ですが」
笑顔のまま言った。
「九条くん」
「……なんです」
「あなた、“恋愛感情”を理解していませんね?」
心臓が止まりかけた。
白鷺は続ける。
「人の感情を分析している」
「観察している」
「判定している」
そして。
「まるで、“恋を知らない側の人間”みたいだ」
部屋の空気が冷え切った。
この男。
俺を見抜き始めている。




