第八話 「特別恋愛監査」
恋愛省。
この国で最も嫌われ、最も恐れられている国家機関。
Lスコア制度を運営し、人間の恋愛を数値化した組織。
そして、その中でも。
《特別監察官》は別格だった。
⸻
翌朝。
学園全体が異様な空気に包まれていた。
教師たちは直立。
生徒会は総動員。
校門前には黒塗り車両。
「国家監査とかマジかよ……」
Eクラス寮食堂で、柴崎が青ざめる。
「俺らなんかした?」
「とうもろこし」
「とうもろこし国家案件なの!?」
松永が真顔で言った。
「俺は信じてた」
「何をだよ」
「焼きとうもろこしは国を動かすと」
「動いてるの監査だよ!」
⸻
その時。
校内スピーカーが鳴った。
《全校生徒は第一講堂へ集合してください》
《特別恋愛監査を開始します》
空気が重くなる。
Eクラスの連中も黙った。
⸻
第一講堂。
全校生徒が集められていた。
A組。
一般クラス。
Eクラス。
全員が同じ空間にいる。
異様だった。
そして壇上へ、一人の男が現れる。
白髪混じりの黒髪。
整ったスーツ。
穏やかな笑顔。
だが目だけが冷たい。
「初めまして」
男は微笑む。
「恋愛省特別監察官、白鷺優斗です」
静かすぎる声だった。
「本日より三日間、この学園へ《特別恋愛監査》を実施します」
ざわめき。
白鷺は続ける。
「監査内容は単純です」
モニターが点灯する。
《偽装恋愛》
《感情操作》
《恋愛指数不正》
「これらの排除です」
その瞬間。
A組の空気が凍った。
生徒会も。
教師も。
皆、何かを隠している顔だった。
⸻
「なお」
白鷺が笑う。
「監査対象には、生徒会だけでなく」
モニターが切り替わる。
《公認恋人関係》
俺と一ノ瀬の顔写真。
嫌な予感。
「特に話題のこのお二人には、重点監査を行います」
講堂が爆発した。
「はぁ!?」
「九条終わった!」
「国家監査対象!?」
一ノ瀬は静かだった。
だが分かる。
今かなり緊張してる。
白鷺は壇上からこちらを見る。
そして。
「恋愛とは、美しいものです」
優しく言う。
「だからこそ、“偽物”は排除しなければならない」
怖い。
この男。
笑顔のまま人を処分するタイプだ。
⸻
放課後。
監査局臨時室。
空気は最悪だった。
「面倒な奴が来たわね」
黒崎が珍しく苛立っている。
「そんなヤバいのか?」
「白鷺優斗は“粛清官”よ」
粛清って言った?
「恋愛省内でも極端な管理主義者」
一ノ瀬が静かに言う。
「不正恋愛摘発率、過去最高」
「監査対象の人生破壊率も最高だけどね」
黒崎が吐き捨てる。
怖すぎる。
「で?」
俺は腕を組む。
「なんで俺たち重点監査なんだ」
黒崎は数秒黙った。
そして。
「……あなたたちの“恋愛”が、不自然だから」
沈黙。
「一ノ瀬雪乃」
黒崎がヒロインを見る。
「学園最高Lスコア」
「……」
「なのに恋愛履歴が異常に少ない」
次に俺を見る。
「九条蓮」
「……」
「最低スコアだったのに、一夜で急上昇」
黒崎は深く息を吐く。
「白鷺は疑ってる」
そして。
「あなたたちが“偽装恋人”だと」
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夜。
Eクラス寮屋上。
俺と一ノ瀬は並んで座っていた。
静かな夜風。
遠くの街明かり。
「……バレると思う?」
一ノ瀬が聞く。
「どうだろうな」
「もしバレたら」
彼女は小さく笑った。
「私、多分終わる」
演技じゃない声だった。
「国家恋愛モデル失格」
「広告塔としての価値消失」
「Lスコア暴落」
そして。
「恋愛省矯正施設送り」
重い沈黙。
俺は空を見る。
「なあ」
「うん?」
「お前、なんでそこまでして演技してんだ」
一ノ瀬は答えなかった。
代わりに。
「九条くん」
少しだけ寂しそうに笑う。
「……本物の恋って、どういう感じなのかな」
その時。
屋上扉が開いた。
「見つけましたよ」
白鷺優斗。
笑顔。
静かな足音。
そして彼は、俺たちへ一枚の端末を差し出した。
《特別恋愛適性試験》
「明日、お二人には恋愛監査試験を受けてもらいます」
終わった。
本気で終わったかもしれない。




