第二十五話 「九条と一ノ瀬」
Eクラスは、今日もうるさかった。
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「キス! キス! キス!」
「やめろぉぉぉ!!」
旧校舎食堂。
柴崎が机を叩きながら騒いでいる。
朝霧は顔を真っ赤にしていた。
「なんで私まで巻き込むの!?」
「だって俺たちはもうしたし!」
「堂々と言うな!!」
松永は真顔で焼きとうもろこしを食べていた。
「恋愛進行速度に差がある」
「分析するな」
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一方。
一ノ瀬雪乃は静かに味噌汁を飲んでいた。
だが耳が少し赤い。
「……九条くん」
「なんだ」
「Eクラスって、距離感おかしくない?」
「今さらだろ」
すると。
藤堂が真顔で言った。
「恋愛感情は勢いが重要だ」
「お前数日前まで燻製しか考えてなかっただろ」
「恋は人を変える」
「名言っぽく言うな」
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その時。
監視ドローンが食堂へ入ってきた。
《感情共鳴観測中》
「また来た」
《九条蓮・一ノ瀬雪乃》
《恋愛進展停滞確認》
食堂沈黙。
そして。
「AIに言われてるぞ!!」
Eクラス大爆笑。
「国家公認進展不足!!」
「もっと頑張れ監査官!!」
「うるせぇぇぇ!!」
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一ノ瀬は顔を押さえていた。
「……もう嫌」
「同感だ」
だが。
彼女は少し笑っている。
完全にEクラス汚染されていた。
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夕方。
農地。
祭り後の静かな時間。
風がとうもろこし畑を揺らしている。
珍しく、周囲に誰もいなかった。
「……静かだな」
「みんな片付けしてるから」
一ノ瀬が畑を見る。
「ここ、最初来た時びっくりした」
「泥だらけだったしな」
「ううん」
少し笑う。
「みんな、ちゃんと笑ってたから」
沈黙。
夕陽が差し込む。
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「九条くん」
「なんだ」
「前、言ってたよね」
静かな声。
「“恋愛なんて演技ばっかり”って」
「……言ったな」
「今は?」
答えに少し詰まる。
最初は、本当にそう思っていた。
でも。
柴崎を見た。
松永を見た。
Eクラスを見た。
そして。
一ノ瀬雪乃を見てきた。
「……全部じゃない」
ぽつりと言う。
「ちゃんと本物もある」
一ノ瀬は少しだけ目を見開いた。
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風が吹く。
静かな畑。
彼女は小さく笑った。
「……そっか」
そして。
一歩、近づく。
距離が近い。
監視ドローンもいない。
誰も騒がない。
ただ静かな夕方。
「ねえ」
「……なんだ」
「今なら、“演技じゃない”って分かる?」
心拍が少し上がる。
分かる。
今の彼女は、本気で緊張してる。
本気で、不安がってる。
だから。
俺も少しだけ緊張した。
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一ノ瀬は、ゆっくり目を閉じた。
その意味くらいは分かる。
恋愛初心者でも。
多分。
これは、ちゃんと本物だった。
だから。
俺も静かに近づく。
夕陽。
風。
とうもろこし畑の音。
そして。
二人の距離が、重なった。
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数秒後。
一ノ瀬がゆっくり目を開ける。
顔が真っ赤だった。
「……ほんとにした」
「したな」
「なんか今、心臓すごい」
「俺もだ」
沈黙。
そして。
二人同時に少し笑った。
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その瞬間。
農地奥から絶叫が響く。
「うおおおおおおおおおお!!」
「バレたぁぁぁ!!」
柴崎だった。
朝霧もいた。
松永も。
瀬名も。
藤堂も。
獅子原も。
Eクラス全員いた。
「お前ら見てたのかよ!!」
「だって気になるだろ!!」
「最悪だ!!」
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すると。
監視ドローンがどこからともなく飛来。
《重大感情同期確認》
「来るなぁぁぁ!!」
モニターが点灯する。
《九条蓮・一ノ瀬雪乃》
《感情共鳴指数 過去最高更新》
校内全域へ通知。
数秒後。
学園中がざわめき始めた。
「マジでキスした!?」
「監査官カップル進展したぞ!!」
国家レベル速報みたいになっていた。
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遠く。
中央管理棟屋上。
白鷺優斗は静かにその通知を見ていた。
そして。
「……興味深い」
小さく笑う。
「“偽装恋愛”から始まった関係が」
夕陽を見つめる。
「最も自然な恋愛へ変化している」




